大和古伝、桜花姫ヨシノの物語

ムーンライズ


(10) 怒りの闘神、悪を討つ。滅ぶべし悪党ども!!

 怯えるオニマガツの胸ぐらを掴んだスサノオは、怒濤の怒りを叩きつけた!!
 「てめえに苦しめられた娘達の痛みと悲しみ・・・たっぷり思い知れーっ!!」
 岩を砕く鉄拳は、卑劣漢の顔面を容赦なく叩き潰し、五臓六腑を破裂させる。凄まじい鉄拳制裁によって、オニマガツは徹底的に痛めつけられた。
 「おヴっ、あぎょっ、あんぎゃっ!?や、やめ・・・ててらぎゃわを・・・わ、わわっ・・・ふんぎゃおええ〜っ!!」
 情け無い悲鳴を上げ、血反吐を吐いて昏倒する。
 そして倒れたオニマガツに馬乗りになったスサノオは、高笑いながら鉄拳の雨あられを浴びせたのだった。
 「うわ〜っはっはっは!!オラオラオラ〜ッ、どーしたどーしたっ!!ネンネするにゃ早いぜ〜っ!!」
 凶悪に笑いながら鉄拳制裁を加えるその姿・・・地獄の鬼神も、魔界の悪神も皆、泣きながら許しを乞うだろう。激怒した闘神を止める術はない。悪党どもが一匹残らず滅ぶまで・・・闘神はその双眸に怒りの炎を燃え上がらせ、荒れすさぶのだ。
 やがてオニマガツの悲鳴が完全に消え果て、制裁は終了した。
 声も失って萎縮している禍神達の前に、グチャグチャになった(肉塊)が転がされる。その(肉塊)からは、哀れなうめき声が響いていた。
 「・・・ほげ、はげ・・・ふぇええ・・・だ、だずげで・・・もう、ゆるぢでぇぇぇ・・・」
 それを見た禍神達は、恐怖の絶叫をあげたのだった。
 「ひぃえええ〜っ!?たっ、た、大将どの〜っ!?」
 (肉塊)はオニマガツの成れの果てだった・・・
 顔面は原型を止めぬほど潰されており、全身の骨は残らず砕かれ、ハラワタは挽き肉状態にされている。卑屈な声と醜悪な外見で、辛うじてオニマガツである事がわかるのだ。
 余りにも無残な姿・・・それが姫君を辱め、数多くの乙女の純潔を汚した悪党の末路だったのだ・・・
 自分達の大将がボロクズのようにされたのを見た禍神達は、顔面蒼白で震えている。
 「た、大将どのがやられた・・・つ、次は俺たちが・・・あわわ〜っ。」
 怯える禍神達の前で、(肉塊)と化したオニマガツを踏みつけたスサノオが、世にも恐ろしい形相で睨む。
 「やいクソどもっ、てめえらの命運もこれまでだ。この俺様を怒らせた罪、存分に思い知って地獄に行くがいいっ!!」
 問答無用の怒声に、禍神達は悲鳴を上げて平伏した。
 「あひぃ〜んっ、おおお、お許しくださいませ〜っ。じ、じ、地獄行きだけは勘弁してくださぁああい〜っ。」
 懸命に頭を下げる禍神達であったが、怒れる闘神は(肉塊)をグリグリ踏みにじりながらなおも凄む。
 「許してくれだとお〜?散々ふざけた真似しやがったンだ、頭下げたくらいですむと思ってンのか〜っ!?」
 怒鳴るスサノオの足の下では、無様なオニマガツがピクピク痙攣しており、ヘタすれば自分達が肉塊にされる番だと思った禍神達は、なんとかスサノオの怒りを静めようと交渉する。
 「なんでもしますから〜、どうかご容赦くださいよスサノオさ〜ま〜。」
 卑屈にも懇願する禍神達へ、容赦ない命令を下すスサノオ。
 「それじゃあ、連れ去った女達をここへ連れて来いっ、速攻でだっ!!」
 「へ、へ〜いっ。」
 大慌てで走り出した禍神達は、枯れた巨木に吊り下げられた侍女達と、そしてヨシノ姫を連れて戻ってきた。
 ヨシノ姫も侍女達も気を失っている。悲壮な姿で横たわるヨシノ姫の傍らに歩み寄ったスサノオは、雄々しき手でそっと、ヨシノ姫の頬を撫でた。すると、堅く閉じられていたヨシノ姫の目が静かに開いたのだった。
 「・・・う・・・うん・・・あなたは・・・あなたは、きゅうせいしゅさまですね・・・」
 その可憐な瞳に映ったのは、猛々しくも優しき闘神の笑顔であった・・・
 陵辱された姫君の姿を見た闘神は、瞳に涙を浮かべて呟く。
 「こんな酷ぇ事されちまって・・・すまねえ、俺がもう少し早く来てたら・・・すまねえっ・・・」
 猛々しき闘神は、遅参した事を心痛な思いで謝罪した。
 闘神の優しき心遣いに、ヨシノ姫も侍女達も皆、安堵の笑顔を浮かべる。
 「・・・ありがとう・・・私達の身を案じてくれて・・・悪者から助けてくれて・・・ありがとうございます・・・」
 その応えに、スサノオは喜び頷く。
 スサノオとヨシノ姫達の想いに気付かぬ禍神達は、ヘラヘラ笑いながら声をかけてきた。
 「あの〜、スサノオさま〜。女どもは返しましたし、これで勘弁してもらえますよね?そにょ・・・ちょっと汚しちゃいましたけど、よろしかったら存分に楽しんでくださいませ〜。」
 その耳障りな声に、スサノオは凄まじい怒りを沸き上がらせて呟く。
 「・・・謝りやがれっ・・・」
 爆発寸前の声に、恐る恐る尋ねる禍神達。
 「へ?今なんと仰いました?」
 「謝れって言ったンだよクソどもがっ!!悪さしたら謝る、ガキでも知ってる事だろっ。ヨシノ姫達に心込めて謝るンだっ、すみませんでしたってなっ!!」
 大地を揺るがす怒声に、禍神達は悲鳴を上げる。
 そして頭を地面に擦りつけ、土下座してヨシノ姫達に謝った。
 「すんませ〜ん、イジメてゴメンなさぁ〜いっ。(泣)」
 その後ろで、イモムシのよーに這いずりながら逃げようとするオニマガツの姿があった。(肉塊)にされてもなお、己の罪に背を向けようとしているのだ。
 それを見つけたスサノオは、オニマガツの首根っこを掴んでヨシノ姫の前に引き出す。
 「逃げようったってそうはいくかっ。てめえも謝るンだよっ!!」
 「ひょええ〜、ゆ、ゆるしてぇぇ・・・ごめんにゃしゃああ〜い。」
 情け無い声で謝るオニマガツと手下どもを見て、虚しい表情を浮かべるヨシノ姫達。
 「・・・いまさら謝ってもらったって・・・もういいですわ・・・あなた達の事、許します・・・」
 怒りの闘神に叩きのめされた禍神達に、恨む気も無くしたヨシノ姫は、禍神達を許したのだった。それは侍女や巫女達も同じ気持ちである。
 本当に優しき心を持つ者でなければできぬ事だ、自分達を辱めた卑劣漢を許す事など・・・
 スサノオはヨシノ姫達の優しい心に笑顔を浮かべる。
 「それでいい。恨みは晴らすもンじゃねえ、忘れる事が肝心だ。このクソどもの事は一切忘れちまえ。」
 頷くヨシノ姫達の頭を撫でたスサノオは、スッと立ち上がって呪文を唱えた。
 「天之鳥船、来臨急々如律令っ。我が命に応え、この地に来れ!!」
 その声と共に、遥か天空より巨大な(空飛ぶ船)が出現したのだった。
 神々しき巨大な船が・・・大海を疾走するが如く、帆をはためかせ空を飛んでいる。
 ゆっくりと舞い降りてきた(空飛ぶ船)は、スサノオの傍らに係留された。
 天空より来た鳥船に目を向けたスサノオは、軽く手を振った。すると・・・一陣の荒々しい風が吹き荒れた。
 その吹きすさぶ風が、まるで壊れ物を扱うが如くヨシノ姫達を巻き上げて鳥船の中へと運んだ。それを見届けたスサノオも地面を蹴ってヒラリと鳥船に乗り込む。
 ゆっくりと舞い上がる鳥船を惚けた顔で見ていた禍神達は、ホッと溜息をついてへたり込む。
 「はあ〜、助かったああ〜。挽き肉にされちゃうかと思ったよお〜。」
 だが、今まで散々悪行を重ねた禍神達が、そう簡単に許されるはずもない。
 船の舳先に立ったスサノオが叫ぶ。
 「おい、てめえら。なに勘違いしてやがンだ?このまま助かるとでも思ったのか。」
 その言葉にギョッとした禍神達は、うろたえて尋ねた。
 「あ、あのお〜。ヨシノちゃんが許してくれるって言ったはずじゃ・・・」
 「アホか。ヨシノ姫が許しても、この俺様が許さねぇンだよっ。てめえら全員、地獄行き決定だっ!!」
 「ええぇっ!?そ、そ、そんなああ〜っ。」
 非情な怒声を浴びせられ、禍神達は真っ青となる。
 制裁は終わっていなかったのだ・・・悪しき者がそう簡単に許される筈はなかったのだっ。
 スサノオが指をパチンと鳴らすと、暗い闇の果てから、ドドド・・・と轟音が響き始めた。
 オロオロする禍神達の目に、恐ろしい光景が映る。
 轟音の正体・・・それは闇の世界を覆い尽くす大津波だったのだ!!
 木々を薙ぎ倒し、岩山をも突き崩すとてつもない津波が、禍神達を飲み込もうと迫って来る。
 悲鳴をあげた禍神達は、オニマガツを置いて遁走した。
 「んわ〜っ!!つ、つ、津波だああ〜っ!!てゆーかっ、なんで闇の世界に津波があ〜っ!?」
 海も川もない闇の世界に出現した大津波・・・逃げまどう禍神達に、スサノオは高笑いで言い放った。
 「わっはっは、俺が海の神だってのを忘れたか。俺は闇の世界だろうと何処だろうと、大津波を起こす事ができるンだよっ。地獄の果てまで吹っ飛びやがれ〜っ!!」
 闘神スサノオは、父イザナギより海原の統治を命ぜられた海の神でもある。大津波を起こす事など朝飯前なのだ。
 古今東西の伝承において、不浄を排する大災害は洪水と大津波になっている。
 ありとあらゆる物を飲み尽くし、全てを滅する大津波・・・それは悪しきを滅ぼし、汚れを払う力と言えよう。
 手下に見捨てられたオニマガツが、津波から逃げようとジタバタ足掻いている。
 「あひあへ〜っ、水コワ〜イ。わ、わしってカナヅチなのね〜ん、見捨てないでええ〜。(泣)」
 だが、凄まじい勢いで迫る大津波によって、オニマガツは呆気なく飲み込まれてしまった。
 オニマガツを飲み込んだ津波は、逃げまどう禍神達をも餌食にした。
 「どぅわあああ〜っ、助けて許してっ、あ〜れ〜っ!!」
 大津波は、闇の更に奥深くへと流れて行った。闇の世界に蔓延った不浄の全てが・・・怒濤の濁流によって押し流される。
 禍神達は以前、暴虐を働いた罪でアマテラスによって闇の世界に追放されていた。
 慈悲深いアマテラスの情けで地獄行きだけは免れていた禍神達であったが、今度ばかりは情状酌量の余地はなかった。性懲りもなく神々に楯突き、姫君を辱め・・・そして闘神を怒らせてしまったのだから・・・
 大量の洪水は、やがて闇の最端で大滝となり、禍神達を飲み込んだまま奈落の底へと流れ堕ちて行く。
 そして禍神達の行き着く先は・・・二度とは戻れぬ地獄の果てであった。
 彼らが悪事を行う事は決してないであろう。地獄にて贖罪の日々を送る事になる、それが悪しき者の定めだ・・・



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