テッサリアの女王 2
女王蜂の魔殿
ムーンライズ
レイディアの居城に一台の馬車が到着した。中にはテッサリア王国の首都にいる筈の
リネアがレイディアの部下たちと共に乗っていた。
前女王暗殺の容疑をかけられたリネアが、身の潔白を証明するため、テッサリア王国
の首都に出向いたのだが、首都に到着する前にレイディアの部下たちに拉致されてしま
ったのである。
首都に出向いたのは極秘だったはずなのに、なぜかレイディアの部下たちはリネアが
首都に向かう日時まで知っていたのだ。
何者かが手引きしたのは間違いないが、誰なのかはわからない・・釈然としないまま
、レイディアの部下たちに促され馬車を降りるリネア。
馬車から降りたリネアの容姿は、天使の様な顔立ちに、肩まで伸びた長く艶やかなブ
ロンドの髪、息を呑むほどの美しい姿は、まさに神が創りたもうた美の象徴とも言えた
。彼女の微笑があれば、冥府の王ですら心を許したであろうが・・
いまのリネアには、微笑を浮かべる心境など微塵も無かった。なにしろ、これから相
対する人物は、悪魔ですら恐れる(毒蜂の女王)だからである。
「これはどういうことか、あなた達の主人は説明してくれるのでしょうね。」
「えぇ、レイディア様は事の次第を全てあなたに打ち明けるとの事です。非礼のほど
は十分わきまえておりますゆえ、今しばらくのご辛抱を。」
問い詰めるリネアに、レイディアの部下は丁重に答えた。だが、言葉とは裏腹にリネ
アに対する扱いは粗暴を極めた。まるで囚人を扱うかのように、リネアを城の中へ連れ
ていった。そして城の中でも、その扱いが変わることは無かった。
「エルクスのリネア様だ。お連れしろ。」
レイディアの部下は、城の中に控えていた2人の護衛に命令した。護衛達は無言のま
まうなずくと、リネアの両脇に立ち、腕を鷲掴みにした。
「離しなさい!!このような無礼が許されるとでも思っているのですか!?」
2人の護衛たちは、リネアの声には耳を貸さず、両腕をつかんだまま無言で城の中へと
入っていった。2人の護衛の前に少女の細腕では逆らう術もなく、リネアは引きずられ
るようにして城の奥へと連れて行かれた。
迷路のような廊下を抜け、城の最も奥まった場所まで進むと、そこには重厚な鋼鉄製
の扉があった。護衛たちが扉をノックすると、
「よろしい、入りなさい。」
声とともに、巨大な扉がゆっくりと開いた。そして護衛たちは、リネアをつかんだまま
部屋へと入っていった。
部屋の中は、極めて豪華な調度品で一面に飾り付けされており、部屋の中央のソファ
ーには、この城の主であるレイディアが、足を組みながらたたずんでいた。
レイディアの容姿は部屋の豪勢な調度品がかすむほどの優雅さである。彫りの深い顔
に濃いアイシャドーを瞼に塗った大きな瞳、白銀に染められたロングヘアー、そして血
のように鮮やかなルージュに彩られた唇。どれをとっても完璧過ぎるほどの美形であっ
た。
「これは、これは、誰かと思えばエルクスのリネア殿。遠路はるばる良くぞ参られま
したねェ。」
足を組みなおしながら、リネアを見るレイディア。
「白々しいことを言わないでください、ライバのレイディア。私に対するこのような
仕打ち、元老院議員の方々にどう申し開きするおつもりですか?」
「フフッ、私の心配より、ご自分の心配でもなさった方がよろしくてよ。ねェ?」
レイディアは口元に薄笑いを浮かべながら、ソファーの端に座る人物に目を向けた。
リネアはその人物に見覚えがあった。
「あ、あなたは、レジウス卿!!」
彼は元老院議員の1人であり、リネアの父が亡くなった後、彼女の後ろ盾となってい
た人物であった。リネアにとっては最も信頼していた後援者であり、首都の大法廷で前
女王暗殺の容疑を晴らすため、リネアの弁護人として立ち会ってくれるはずだったのだ
が・・
「大法廷に出頭しているはずのあなたがなぜここに・・はっ!?それは・・」
レジウス卿の手に、金貨を詰めた皮袋が握られているのだ。
「レジウス卿・・その金貨は・・」
握られた金貨を見た途端、なぜ自分がここに拉致されたか、リネアは全て理解した。
レジウス卿はレイディアに買収されていたのだ。レイディアの部下を手引きしたのも彼
であろう。
「ご苦労でした、レジウス卿。他の元老院議員は金で押さえています。後は大法廷での
、あなたの証言によって、前女王暗殺の真相が明らかになるでしょう。」
「はい、おまかせを。」
金貨を懐に収めたレジウス卿は、きまずそうに横目でリネアを見た。
「裏切り者!!私を、エルクスを金で売りましたね!?あなたを信じていたのに・・」
「許されよ、リネア殿。全ては金の力によって動くのです。あなたは女王として君臨
するには非力過ぎたのです。」
レジウス卿は静かにそう言うと、ソファーから立ちあがった。
「では・・私はこれにて。」
「まちなさい!!私は女王になりたい訳ではありませんっ、全てはエルクスのためを
思って・・レジウス卿!!」
リネアを無視したレジウス卿は、足早に部屋を出ていった。重厚な扉が音を立てて閉
じられた。
「そんな・・」
扉がしまり、1人残されたリネアの心の中は、怒りから激しい不安に変わった。
レジウス卿が女王暗殺容疑を弁護しなければ、リネア自身のみならず、エルクスの領
民全体が危機的状況に陥ることになる。そうなれば、すべてレイディアの思うままになり
、エルクス領は崩壊するだろう。
レイディアはリネアの前に立つと、呆然とするリネアの顔を見て笑った。
「そう言う訳ですわ、リネア殿。力あるものが世界を制する、これは万物の理ですもの
、ウフフ・・」
嘲るようなレイディアの笑いを聞いたリネアの脳裏に、悪い憶測が過った。
「判りましたわ。、先の女王候補の2人にかけられた元老院議員の買収疑惑はあなたの
仕業だったのね!?それも、あなたの行った買収行為の全ての濡れ衣を着せられた2人
は全てを失って失脚した。そして、私にも女王暗殺の容疑をかけて失脚させれば、後は
あなたが女王に収まる。そう言うシナリオだったのですね!!」
「フッ、中々の推測ねェ。あの2人には私の野望の生贄になってもらったわ。」
リネアの唇がわなわなと震える。
「もしかして・・前女王を暗殺したのも、あなたの仕業ではないでしょうね・・」
リネアの問いに、レイディアの眉がピクッと引きつった。
「だとしたら・・どうだとおっしゃるの?」
護衛に腕を捕まれたまま、キッとレイディアを睨むリネア。
「全ての事実を、公の場で明らかにします。レジウス卿の手を借りるまでもないわ。
あなたのような外道に女王を名乗る資格はありません!!あなたを待っているのは破滅
ですっ!!」
リネアの声に、レイディアの顔が鬼女の形相に一変した。
「おなめでないよッ、小娘!!」
口調を荒げたレイディアは、リネアのブラウスを掴んで引き破った。胸元がはだけ、
豊満な乳房が露になった。
「きゃっ!!なッ、何を・・うっ・・く」
悲鳴を上げそうになったリネアの口元を掴み、憎々しげに見据えるレイディア。
「女王の資格はない・・ですって?・・お前は何か勘違いしているようね。いいこと
、今のお前は捕らわれの身なのよ。私を外道呼ばわりできる立場ではないこともわから
ないのかしら。なめた口をきけないようにしてあげようか。」
「あ、う・・う・・」
口を押さえられ、声を出すことが出来ないリネアの目の前に、レイディアの狂喜に満
ちた顔が近づけられた。
「あなたを待っているのは破滅・・そういったわね。その言葉、そっくりお前に返し
てあげるわ。この城に足を踏み入れてから、いや、女王選出にのこのこ顔を出してから
お前の破滅が始まっていたのよ。そう・・破滅するのはお前の方よ。この私に盾突いた罪
、地獄で悔やむことね。」
そう言い放つとリネアの口元から手を離した。
「この者を宴の間へ連れて行け。」
「ハイ・・」
今まで口を聞かず、無表情のままだった衛兵が始めて口を開いた。それも、不気味な
薄笑いを浮かべて。
「宴の間って、私をどうするつもっ、きゃあぁっ!!」
ふいにリネアの体が宙に浮いた。両方の靴が脱げて床に落ちる。衛兵が空いた方の腕
でリネアの素足を掴み抱え上げたのだ。
「はっ、はなしてっ、・・いやぁ!!」
必死になって衛兵たちの手から逃れようとあがくリネア。だが、リネアの叫びは空し
く響くのみであり、誰も彼女を助けようとするものなどいなかった。
泣き叫ぶリネアは、抵抗も空しく衛兵たちの手で宴の間へと連れて行かれた。
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