皇国の姫君に忍び寄る陵辱の影(1)1

kinshisho


 一万年もの歴史に彩られた最古の歴史を誇る王室を擁する東洋の終点に位置する島国、日本皇国。
 資源に恵まれず、その上他の諸国と違い魔法が使えない、本来ならば弱小国に甘んじる運命にあったこの小さな島国が強大国として生きるために選択した道。それは、魔法に代わる力、
科学力と技術力、機械文明と近代産業を持つことであった。
 近代国家への脱皮はやがて実を結び、遂には魔法を主体とする周辺国をも圧倒するほどの力を持つようになった。そして、小さいながらも力あるこの島国を世界は認めないわけには
いかなくなった。魔法が使えなくてもそれは大したハンデではない。そのことを証明した意味は大きかった。
 そして皇国は誰にも脅かされることのない超大国としての地位を確固たるものとした。しかし、それはまた新たなる対立の始まりでもあった。
 魔法が使えず、或いは魔力の弱さから科学と技術を身に着けることを選んだ国は皇国だけではなかった。強大な魔力を誇る東アセア地域や中央地域、それに東オイローパ地域(お姫様倶楽部に
登場するオランやグランディア、パンパリアなどをそのように解釈し、位置付けております)に対抗するため西オイローパ地域や北オイローパ地域がこぞって近代国家へと脱皮していった。
また、大勢の食い詰者が新たに発見された西の新大陸へと脱出し、再出発を誓った。近代化を選択した国の多くが白人国家である中、有色人種国家で近代化を選択した皇国は
かなり特殊な存在であった。そして魔法を主体としたこれまでの国々を旧世界、近代機械文明を主体とした新たな国々を新世界と呼ぶ。
 そして皇国と同じように近代国家へと脱皮していった西オイローパ及び北オイローパ諸国を脅かす者は誰もいなくなった。そんな中、北オイローパの雄、帝政ルスランと極東の近代国家、日本皇国は次第に対立関係に陥っていった。
 原因は、不凍港を得るため南下政策を採り極東シーレーンを確保したいルスランと、アセア諸国との交易関係を維持する意味からもルスランの南下政策を脅威と感じ、安全保障上
日本海通過は認められないと主張する日本皇国との対立である。
 詳しい経緯は省略するが、遂に帝政ルスランと日本皇国旭陽帝国連合軍が激突した。第一次極東戦争の勃発である。
 当初こそ戦いを優位に進めるルスランであったが、やがて補給線が延びきったところで連合軍は反撃に転じ、補給もままならないルスラン軍は各個撃破されていった。そして日本海海戦で戦いはクライマックスを迎える。
戦艦『長門』を旗艦に10隻の戦艦を主力とし多数の大艦隊を従える連合艦隊と20隻の戦艦を中心に多数の艦艇を従える当時世界最強の艦隊と謳われ恐れられたバルチック艦隊との激突である。
 結果は連合艦隊の圧倒的勝利に終わった。旗艦長門ほか数隻が軽微な損害を被った以外に沈没艦はなく、一方バルチック艦隊は8隻の戦艦を含む全艦艇の6割をこの戦いで失った。陸軍と違い、
海軍は一度大ダメージを被ると再建は人材育成も含め困難である。バルチック艦隊は事実上の壊滅状態といってよく、それは同時にロシア海軍の壊滅を意味していた。
 こうして二年間に及んだ激しい戦いの末、互いが講和条約を締結して第一次極東戦争は終結する。同時にこの戦いはその後の戦争観をも変えた。
 特に画期的だったのは無線通信と航空機の登場である。魔法が使える国では魔力を使っての遠距離通信が可能であったが無線通信はそれと同等の能力をもたらすものであった。
世界に先んじて無線を導入したルスラン陸軍はその特性をフル活用した連携プレーで連合軍を幾度も苦しめた。
 また、旭陽帝国は飛行船を使った小さな空軍を誕生させ、ルスラン陸軍に対して空から世界初の爆撃を敢行した。その成果は予想以上で、やがて皇国が航空機の開発に力を入れる契機となった。
加えて無線通信に苦しめられた教訓から、今後の戦いを制するのは航空機とエレクトロニクスだ、と考えられるようになり、それは数十年後に数千キロ離れた戦場と京都にある
大本営がまるで隣り合っているような感覚でリアルタイムでの指揮を可能とする一大通信ネットワークと戦略爆撃機の一つの到達点、『富嶽』として結実することになる。
 激しい戦いの末、講和条約締結とともに平和が訪れた極東情勢であったが、この戦いでルスランは甚大な損害を被り、壊滅状態となったルスラン軍再建のため度重なる増税に加え、
僅か10年後には近代国家同士による最初の大激突である第一次新世界大戦が勃発。再び再建したばかりのルスラン軍を動員してまたも甚大な損害を被り、また再建のために増税。そして
民衆の怒りはここにきて頂点に達し、10月革命とともに300年余りの栄華を極めたロムノフ王朝は滅亡し、それとともにルスラン社会主義共和国連邦が樹立して講和条約継承手続が
行なわれなかったことからここに講和条約は失効した。
 しかし、最高指導部は誕生から日の浅い社会主義体制の安定を第一優先にしたこと、二度に渡って甚大な損害を被った現在再び極東に侵攻する力はなかったことから
極東情勢は比較的平穏であった。しかし、皇国は警戒を緩めていなかった。何故なら各国の反対のなか逸早く承認し、その代わりに失効した講和条約の再発効を要求したのだが、最高指導部は応じようとしない。
 一連のスターリンの態度から、帝政ロシア時代から続く南下政策を継承している疑いは濃厚であった。つまり、国家運営が安定してきたら社会主義体制に姿を変えて再び牙を剥いてくるに
違いない。皇国はそう判断していた。
 そして皇国にとって対立の種はそれだけではなかった。遠く太平洋を隔ててもう一つの超大国との対立が深まっていたのだ。そう、アスメイラ合衆国の台頭である。いずれも皇国が望んだものではない。
しかし、相手はどちらも皇国を目の上のこぶのように見ていた。
 不凍港の獲得と極東シーレーン構築を諦めてはいないルスラン、太平洋から東洋の覇権を狙うアスメイラ。この両大国の板挟みでニ正面戦略を練ることを余儀なくされる日本皇国。
 そして第一次極東戦争終結から35年後……遠く離れたオイローパにてグレーシャー第三帝国がフォーランドに侵攻したことから第二次世界大戦が勃発。東の大国の一つであったフォーランドは
新戦術である電撃戦の前に僅か二週間で陥落し、世界中に衝撃を与えた。その後東の脅威を取り除いたグレーシャーはその矛先を西に向けてきた。次なる犠牲となったのはネメルラント、
ボルギー、ロクセンブルクといったジェネルクス諸国、そしてナポルレオン以来の伝統を誇るオイローパ最強の陸軍国と言われたフランルージュは、グレーシャー軍が練り上げた奇策の前に僅か
1ヶ月で陥落してしまった。だが、グレーシャーの侵略はそれで終わりではなかった。ブルムテンにて後にバトルオブブルムテンと呼ばれることになる大航空戦が展開された。この戦いもまた世界に衝撃を
与えた。世界初のジェット戦闘機『ハインケルHs280』、高度10000mを飛行する大型爆撃機『ハインケルHe377』が投入され、ブルムテン王国は奥地まで爆撃に晒された。 
 ブルムテン空軍の誇るスピットファイアはジェット戦闘機の前に歯が立たず、高高度を飛行してくる大型爆撃機には通常の戦闘機では迎撃高度に到達することすら困難であった。
このためブルムテン側には現時点で高射砲による攻撃以外に効果的な迎撃手段はなかった。
 更にグレーシャー軍の牙はブルムテン海軍にも容赦なく向けられた。
 ブルムテン海軍本国艦隊最大の基地であるスカパフローに空軍と海軍が協同で奇襲攻撃を仕掛け、こちらも少なからぬ損害を出したものの本国艦隊に壊滅的な打撃を与えることに成功した。
 最早ブルムテンは裸も同然。後は上陸作戦である『ツェーレーヴェ(シーライオン)作戦』の発動を待つばかりとなったが、ここでヒュドラー総統は作戦の無期延期を決定し、バトルオブブルムテンは
事実上終了した。というのも、グレーシャー最大の弱点は海軍力の不足であり、上陸作戦を行なうだけの海上輸送力が不足していたこと、また艦艇も作戦の実行には数が足りないということを
海軍もヒュドラーも認識していたため、海軍力の充実を待ってから行なわねば意味がないとし、その上何よりもドーバー海峡を隔てて僅か50kmしか離れていないとはいえ海を隔てているということは
補給線の確保が陸路に比べて難しくなるという問題を孕んでいた。いくらグレーシャーでもブルムテンを占領することに成功しても補給を維持するだけの国力はまだなかった。
 そして、このバトルオブブルムテンの真の目的は別のところにあった。そう、既に次なる大作戦、ルスラン侵攻が控えていたのである。安心してルスランに全力を傾けるためにも
西側の安全確保は絶対条件であり、そのためにはブルムテンを無力化しなければならない。そしてもう一つ、いずれも投入した航空機はルスラン侵攻の際の主力兵器であり、言わば
実戦テストの意味があった。結果はヒュドラーを満足させるもので、その成果によってルスラン侵攻の時期を決定したとも言われている。
 そして2月、冬将軍が終わり始めるのを見計らってグレーシャー軍は遂にルスランに侵攻した。『バルバロッサ作戦』発動である。450万を超える精鋭は三軍集団に分かれて侵攻していった。
無論、この作戦は唐突なものではなく極めて入念に計画されたものであり、この作戦までに気候、道路状態、工業生産力などルスランそのものの情報収集に全力は挙げていたのだ。
 この時期、ルスランでは軍に対する大粛清が行なわれ、この結果将官の90%以上、大佐の80%が命を落とした。そんな状況下でルスランは隣の小国フィンゲランドに侵攻した。
 鎧袖一触で蹴散らせると考えていたルスランの目論見ははずれ、最終的には占領に成功するも思わぬ損失を被った。この戦いは世界の軍人や軍事専門家に注目された。
 やはり大粛清の影響は大きく、加えてその惨憺たる戦い振りにルスラン軍には近代戦を遂行する能力なしと結論付けられ『粘土の脚の巨人』とか、『見掛け倒しの腐った家』で、
ドアを蹴倒せば崩れ落ちる見掛け倒しの大国などと周辺国に侮られるようになる。そんな中、ヒュドラーの判断は違っていた。
 先の戦争による失態は戦術ミスに過ぎず(これは参謀本部も同様の見解だった)、また意外にも強力な戦車を擁していることにも注目していた。このためヒュドラーは戦局分析をもとに
新型戦車の開発を急がせるよう命じ、また航空機の増産とパイロット養成の強化、空軍関連予算の増強を指示した。
 ヴィルヘルム・フォン・ヒュドラーはルスラン人に対する人種的軽侮こそあったもののその国力を過小評価してはいなかった。それどころか極めて冷静な認識のもとに構想を練っていた。
 バルバロッサ作戦は二段階に分かれていた。第一段階での最終目標はレリングラード包囲網完成、スモレンスクに至る白ルスラン包囲網形成、キエフを始めとしたウクライナ地区占領であった。
第一段階は補給に全力を傾けたこともあり予定よりも一ヶ月早く完了し、そして第二段階、『タイフーン作戦』が発動。その最終目標は北方軍集団の一部と中央軍集団がエスクワを陥落させること。
南方軍集団は再編成、増強の上でスヴァーリングラードからクイビシェフに至るヴォルガ河に沿いにエスクワへの補給を遮断しエスクワ陥落を確実なものとすることとされた。
 グレーシャー軍の侵攻スピードはスヴァーリンの予想した以上に早く、かねてから予定していた後退戦術を取る暇もなく多くの部隊が包囲殲滅された。現に、第一段階だけでも中央軍集団により
エスクワからスモレンスクに至る自動車道路を遮断されて退路を失った西方方面軍70万が殲滅されたほか、ウクライナでは包囲網の中で80万が失われた。この他、第二段階ではスヴァーリングラードに立て籠もる部隊30万が
逆に包囲無力化されてその多くが餓死するという悲惨な事態となった。その他諸々を含めるとこのバルバロッサ作戦だけで300万人を超える兵士が失われているばかりか有能な将官もその殆どが捕虜となるか戦死してしまった。
 しかし、エスクワへの侵攻はグレーシャーでもそう簡単なことではなかった。何故ならモジャイスク防衛線と呼ばれる四重の要塞が築かれ、これを否応なくしらみつぶしにせねばならなかった。
加えてここにはこれまで以上の有力な部隊が集結していただけではなく新型兵器が登場したことも大きかった。
 新型戦車『T-34』、『KV-1』が出現したのである。これまではT-26やT-60などの軽戦車で、これらは三号戦車や四号戦車でも比較的簡単に撃破できた。しかし、T-34はグラシス型と呼ばれる
斜めにした装甲を採用して防御力を高め、加えてルスランの劣悪な泥濘をも平気で走ることができる走破性能を有していた。その上スピードも速い。更にグレーシャー側にとって悪いことに、この戦車は
先のルフィン(ルスランVSフィンゲランド)戦争に投入されてその結果をもとに改良が加えられており、グレーシャーと対峙する頃には76.2mm砲から高射砲を改造した85mm砲となり、乗員も
グレーシャー軍に倣って砲手が追加されて5人乗りとなり、死角がほぼ解消していた。弱点があるとすればグレーシャー軍と比べて戦車兵の錬度が低いことか。
 グレーシャー軍も補給線が延びていたこともあってこれまでのように素早い侵攻は難しくなっていた。こうした悪条件が重なり、エスクワまでの進撃は大幅に鈍ることになった。
 しかし、勢いは今もってグレーシャー側にあり、頼みの冬将軍の到来はまだ4ヶ月も先だ。加えてスヴァーリンとって計算外だったのは、速すぎる侵攻のためにあまりにも多くの兵力を
失いすぎてしまったことだった。いくら無尽蔵に近い人的資源という強味を持つとはいえ僅か4ヶ月で300万人もの兵士を失ったのは痛手である。これは真正面からグレーシャー軍に
ぶつける単純な人海戦術にも原因があるのだが、徴兵されてロクに訓練も施さないまま前線に投入していることにも問題があった。
 エスクワを目前にしてのグレーシャー軍の侵攻速度の鈍化はスヴァーリンにとある誘惑をもたらした。
 グレーシャー軍もさすがにここに来て息切れがしたと見え、一時的とはいえ侵攻もストップし、また情報部からの報告によるとエスクワを攻めあぐねているいるのを見てヒュドラーは部隊の
再編成を命じているという。これはこちらにとっても部隊を再編成し、増強して反撃に転じるためのチャンスではないのか。
 そう考えたスヴァーリンは、ある作戦を命じた。何と、旭陽帝国に侵攻するというものである。理由はこの侵攻が停滞している時期をチャンスとし、旭陽帝国を攻略してその豊かな
財力と資源を我が物としてグレーシャー軍に対抗するというものであった。
 さすがにこの意見には軍最高司令部らも自殺行為だと猛反対した。それも当然であろう。今はとにかくグレーシャー軍を完全に追い出すのは無理だとしても最低でもエスクワからは遠ざける必要があった。何よりもニ正面作戦が禁じ手であることは戦術上、戦略上の常識である。
 しかし、スヴァーリンの命令は絶対である上、モジャイスク防衛線が予想以上に善戦していることに気をよくしたこともあり、有能な指揮官と有力な部隊が次々と引き抜かれ、
ジベリア鉄道で旭陽帝国へと差向けられた。だが、この命令はルスランにとって致命傷となった。部隊が再編成のために進撃を停止したのはエスクワ攻略のために新兵器を装備した
部隊が錬成を完了したからであり、決して兵力消耗のためではなかった。例え進撃が一時的にストップさせられたとしても、部隊の再編成はヒュドラーの綿密な計算の内であった。
 バルバロッサ作戦の後方で新兵器を受領していた新部隊こそが東部戦線における本戦力であり、それまでの部隊はただの先発隊でしかなかったのだ。
 しかもヒュドラーはスヴァーリン以上にしたたかな男だった。情報部からの報告でスヴァーリンが旭陽帝国侵攻のため有力な部隊を次々と引き抜いていることを知ると部隊の侵攻開始日を
遅らせることにし、部隊が集結して旭陽帝国に侵攻したその時、待っていたかのように怒涛の進撃を開始したのだ。
 ジェット戦闘機を大量に投入し、更にT-34やKV-1に痛い目に遭わされたことからかねてより開発中だったところを急がせて完成させたティーガーT、そしてパンターというこれまでよりも
強力な戦車を投入してきたのである。また、主力の大型爆撃機He377も大幅に増強されてエスクワ後方やウラル地方に疎開した工場群を徹底して叩いた。
 この事態にスヴァーリンは大慌てとなった。いくらモジャイスク防衛線が強力とはいえあんなにも新兵器を投入されてはいずれ陥落するのは時間の問題である。このため老若男女問わず
根こそぎ動員をかけ徴兵し、即席の要塞線を各所に作らせるというありさまであった。しかも呼び戻そうにも1万キロも離れた場所では通信が届くのにも時間がかかる。更に悪いことに、
ハインケル爆撃機はジベリアにまで侵攻し、何とジベリア鉄道の要衝となる鉄橋やトンネル、更に通信施設を空爆して有力な部隊が戻ってこれないようにしていた。
 最早ルスランの運命はここに決した。スヴァーリンは致命的な戦略ミスを犯してしまったのである。ルスラン軍が弱体化したことを知ったグレーシャー軍は各所で猛攻をかけた。いくら
200万を超える人間を動員して火炎瓶を投げて抵抗しても所詮は蟷螂の斧。空からは機銃掃射と焼夷弾、陸からはティーガーとパンターの88mm砲の猛攻に晒されるという悲惨な運命が待ち受けていた。
 そして、エスクワは熟した果実が落ちるようにタイフーン作戦発動から4ヵ月後、ついに陥落した。何よりも南方軍集団が後方に回りこんでクイビシェフを陥落させたのが致命傷と
なった。あそこはヴォルガ水運の要衝である上万が一スクワが陥落したときに備えて政府機能を分散疎開させていたのである。ヴォルガからの補給が止まった上に、非常時の
政府機能まで奪われたとなっては最早これまでだ。しかもエスクワは前後から挟み撃ちにされた状態である。
 エスクワ陥落から一週間後、ルスランは正式に降伏した。スヴァーリンを始めとした最高指導部とルスラン軍最高司令部は亡命した。このため降伏文書に署名したのはスヴァーリンの
腹心の部下でNKVD長官のベリヤカであったが、いとも簡単にスヴァーリンを裏切りヒュドラーへの恭順を誓った。だが、ヒュドラーはそんなベリヤカを無慈悲にも処刑した。というのも
主人を簡単に裏切るような部下は信用などできないという理由からである(まあ尤もだ)。
 こうして遂にルスランまでがグレーシャーの軍門に下ることになり、グレーシャーのオイローパ大陸における作戦行動の第一段階は予定通り10月までに完了した。
 一方、旭陽帝国では突如侵攻してきたルスラン軍の前に国境守備隊は成す術もなく壊滅し、ここに第二次極東戦争が勃発した。
 奇襲の報を受け旭陽帝国軍及び日本皇国軍にも大急ぎで動員がかけられる。そしてスヴァーリンの野望に立塞がるのは可憐なる姫君たち。
 戦いは奇襲効果もあり当初こそ優位に進めていたルスラン軍であったが、やがて綾奈姫の張り巡らせた巧みな罠に引っ掛かる。各所で偽の戦車や大砲を撃破して無駄弾を使わされて
挙句の果てに気が付けば包囲されて袋のネズミとなってしまった。しかも後方のジベリア地域には有璃紗姫率いる日本空軍が猛爆撃を繰り返してジベリア鉄道や補給物資を満載した
部隊を徹底して破壊していた。このためやがて燃料弾薬も尽きてしまい、最早身動きすることすらできない。
 丸裸も同然の敵軍を潰すなど簡単なことである。だが、敢えて敵が降参するのを待ち続ける。作戦の目的はあくまでルスラン軍を追い返すことであり、殲滅ではない。というのも
そこには綾奈姫の深慮遠謀があった。
 ルスランは現在グレーシャー軍と交戦中の身である。侵略されているのに侵攻しているという奇妙な立場にあった。つまり、一刻も早く降伏させてルスランに送り返しグレーシャー軍と
対峙させるべきだというわけである。ルスランが陥落すると、もしジベリア鉄道を利用してグレーシャー軍が侵攻してきたら旭陽帝国はおろか日本皇国までもが危険に晒されてしまう。
 現在日本皇国はアスメイラ合衆国と対立状態にあり、戦争の可能性を真剣に検討せねばならないところまで関係は悪化していた。
 もし仮にグレーシャー軍が侵攻してきてまともに対峙せねばならなくなり、そんな最中にアスメイラと戦争状態になったら……二正面作戦という最悪の事態である。そんな可能性は
現状では限りなく低いが、ゼロではない以上、何としてもそうなることだけは避けなくてはならない。
 だが、決め手を欠いたまま3ヶ月が過ぎた。包囲されたまま一向に動きがない。もうそろそろ食糧も底を突いているはず。しかし、降伏などしたことがスヴァーリンに知られたら
兵士たちの家族がどうなるか知れたものではない。兵士を動かしているのは国を守りたい一心からではない。恐怖のみが兵士を突き動かしているのである。
 そんな状況下では降伏もできない……スヴァーリンに怒りを覚えつつ愛璃姫と綾奈姫もさすがに焦りを感じ始めていた。そんな折、降伏した数少ない部隊の指揮官がたまりかねて
言った。もしかしたら、エスクワのNKVD本部を爆撃して政治委員の機能を停止させれば降伏も可能かもしれないという。
 その可能性に賭けるしかない。選択の余地はなかった。しかし、そんなことが可能なのか。ここからエスクワまでは実に1万キロも離れている。そこまで飛べる航空機などあるのか?
だが、日本側には切札があったのだ。
 そう、空軍に世界初の六発の超重爆撃機『富嶽』が実戦配備されていたのである。錬成も完了し今や戦力十分、後は下命あるのを待つのみという報告が有璃紗姫から入っていた。
 そして、海南島にいる有璃紗姫と富嶽に出動要請が下った。
 90機の富嶽は途中二手に分かれ、有璃紗姫率いる15機はエスクワへ、残り75機は大戦車部隊が集結しているジベリアの集結基地に向かった。
 目標上空に到達した富嶽部隊。エスクワ上空は雲海のために目標が見えないが、有璃紗姫は特に慌てる様子もない。高度16000m。はるか下ではリスラン軍の戦闘機が迎撃に
上がっているがここまでは到達できない。迎撃してきた戦闘機を無視するかのように爆弾倉扉が開かれ、投下準備に入る。最終コースに進入したことを確認した有璃紗姫は操縦桿から
手を放し、後は先端に位置する爆撃手に全てを委ねる。目標が見えないにも関らず爆撃手も慌てる様子はない。何故なら富嶽はレーダー照準のため天候に左右されないためである。
余談だが、高度4000mを超えると酸素マスクや電熱装備が必要となるが、富嶽は完全与圧式のためいずれも必要ない。さすがに戦闘時は被弾の影響を最小限に抑えるために与圧が
下がるが、それでもマイナス5度程度。これなら特別な装備がなくても特に問題はない。このため搭乗員はワンピースの飛行服に救命ジャケットを羽織っただけの軽装である。
 爆撃手による爆弾投下のカウントダウンが始まる。目標を照準器に映してセットしたら後は目標が常に真ん中のダイヤモンドに入るように照準器を動かせばいい。機首先端の
レーダーからは目標に向けて電波が照射されていた。そして、爆弾が投下されて目標に向かった。その爆弾は世界初の誘導爆弾であった。
 1機辺り6発の誘導爆弾が目標に向け投下された。有璃紗姫が搭乗する富嶽から投下された誘導爆弾は6発ともNKVD本部を直撃し、木端微塵に破壊された。その他の富嶽も影響が
大きいと目される政治目標を完膚なきまでに破壊した。目標を達成した部隊は悠々と引き揚げていった。その際、グレーシャー空軍とニアミスして銀色に輝き日の丸を入れた巨大な怪鳥は
写真に撮られてすぐさまルベリンに送られグレーシャー空軍に衝撃を与えた。ヒュドラーはその写真を見て黄色い猿のクセに粋なものを作りおってと言ったという。
 ジベリアの戦車基地爆撃に向かった75機は25機ずつ3波に分かれて襲い掛かった。5機1小隊で雁行隊形を組み、爆弾を広範囲にばら蒔くように投下する。高度は14000mである。
第一波はクラスター爆弾を搭載しており、集結している戦車を破壊する。偵察情報では1000輌以上と目される戦車が集結しているという。第二波はナパーム弾を搭載していて、
基地全体にばら蒔いて焼き払い基地機能を麻痺させる。第三波はクラスター爆弾か500kg通常爆弾を搭載していて二波に及ぶ爆撃でも破壊しきれなかった残存物を完全に破壊することを
目標にしていた。投下された爆弾の合計は僅か75機にも関らず実に3000t以上。因みにこの頃ブルムテン空軍が実施していた1000機爆撃作戦で一都市に投下されていた平均が1500t前後なので
基地が如何に阿鼻叫喚の地獄絵図であるか想像がつくだろう。その後戦果確認のために行なわれた調査では、基地は完全に破壊された上に戦車は黒焦げ状態。また死者は2万人以上と
推定された。生き残った数少ない兵士の証言によると、容赦ない爆撃から逃げる術はなく、周囲は燃え盛り逃げ惑う兵士の泣叫ぶ声が今も耳から離れないという。そのほかに奇跡的に
生き延びた兵士のなかには精神症を患った者も少なくなかった。
 この爆撃によってNKVDはその機能を停止したばかりでなく切札をも失って旭陽帝国侵略の継戦能力は失われ、戦争続行は不可能となった。しかも皮肉にもこの爆撃はルスラン
そのものの継戦能力をも失わせ、グレーシャー側の勝利を決定的にした。
 かくして、NKVD壊滅の報を知った部隊は次々と投降し、第二次極東戦争は半年足らずで終結した。しかし、ルスランは遂にグレーシャーの猛攻の前に屈服を余儀なくされ、旭陽帝国侵略に
関ったルスラン軍は亡命してきた最高司令部とともにルスラン解放軍を結成することとなった。亡命したスヴァーリンは逃亡の際の心労が祟って病に斃れ、旭陽帝国で客死した。
 戦争終結から4ヵ月後、先帝崩御により日本皇国第300代皇帝、今上 将臣が即位。もとより病弱だった先帝は在位10年を機に将臣陛下に皇位を譲り退位することになっていた。
しかし、病弱な上平和主義者であった彼は戦争により心労が祟って身体を壊し、そして還らぬ人になってしまった。本来なら即位の礼にいるはずの先帝はそこにはいない。
 だが即位の礼は予定通り執り行われた。世界最古の最も権威あるそれも王室ではなく皇室の皇帝の即位とあって世界中から国家元首やその他VIPが参列した。無論このなかには
オーロラ姫やファミーユ姫、ロゼッタ姫やギネビア姫なども含まれる。
 まだ若輩にも関らず皇帝としての威厳溢れる姿を見せつける将臣陛下に誰もが圧倒されていた。だが、中性的ながらも端整な顔立ちと鋭くも優しさを同居させた蒼き瞳からは
女性らしさも見え隠れしていた。
 何よりも人々を驚かせたのは、通常女帝なら十二単姿で即位の礼に臨むところを慣例を破ってマントを羽織った大元帥の軍服姿に勲章を煌かせての登場であった。しかも大綬が
右肩掛けではなく禁じ手とされている左肩掛け。これは如何なる困難にも立ち向かうという彼女の皇帝としての覚悟の表れであった。それを見たとある国王は言った。「彼女は
皇国の歴史始まって以来の傑物かもしれぬ。だが、この若さで一国を、それも最も権威ある国を背負われるとは、何と言う宿命であろうか」
 そして図らずも将臣陛下は皇国始まって以来の危機に直面することになる。
 京都御所における即位の礼の後のパーティーは西洋で行なわれる宮廷舞踏会に優るとも劣らぬものであった。各国の国家元首や王子、姫君、政財界の要人、高級軍人、大貴族など、
世界のトップに君臨する者たちが集まっている。皇国を率いる姫君たちも軍や大臣の正装に身を包みとりどりの勲章を煌かせる。今回の戦いで大勲位功一級に叙せられた愛璃姫、
綾奈姫、有璃紗姫、飛鳥姫の閑令徳院宮四姉妹の輝き振りは特に際立っていた。
 そして、皇国の姫君も他国の姫君の例に漏れず、既に将来を誓い合った婚約者がいる。案の定、婚約者と語り合う姫君が二人。イトレア王国のストラトス・ル・アンノンシャード王太子と
有璃紗姫。有璃紗姫は彼を『フィア様』と呼んで慕う。一方はオルストレア帝国第116代皇帝、フェルディナンド・フォン・エスターライヒ二世陛下と飛鳥姫である。
 なかでもフェルディナンド陛下はグランディア王国のオルフェ王子(後国王)と並び称されるオイローパでも一、二を争う美男子として知られ、金色の瞳は女性を魅了せずには
いられない。白と赤のコントラストでその美しさに定評あるオルストレア陸軍の正装に身を包み、マントを羽織った姿は歴代の皇帝で最もこの姿が似合うという声もある。
 彼の叔母(父親の妹)は旭陽帝国に嫁いで後に末っ子の静瑠が皇帝に即位している。つまり、フェルディナンド陛下と静瑠陛下は従兄妹ということになる。
 久々の再会で熱っぽく歓談していた飛鳥姫とフェルディナンド陛下であったが、幼少期と比べ格段に健康体となったはいえ生来の病弱は完全に克服しているわけではなく、日ごろの大臣としての
激務も重なって少し体調を崩したのか、飛鳥姫は席を外して裏庭で涼むことにした。
「ふう。フェルディナンド様と再会できたのは嬉しいのですが、やはりこういう場は疲れますわ……」
 と、涼んでいた飛鳥姫は突然視界が暗転して意識を失ってしまった。


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