『騎士でオタクなボクと王女様』(3)
小さい人間
「かかれ」
夜の闇のなか、森の細い道を長蛇でゆく一団の中央に五十余名の武装した集団が一斉に襲い掛かった。
悲鳴と喚声が、静かな森に響いた。
「明かりだ! 明かりを消せ!」
長槍を体の一部のように扱い、バッタバッタとアングリア兵をなぎ倒しながらアレキサンダーは部下たちに支持を出した。
松明を持った赤字の白鳳の門を鎧の上に付けた兵に次々と青地の垂を鎧の上に付けたヨーク兵が襲いかかった。
現場は暗闇のなかの乱戦になった。
ヒタヒタと……トレンチコートに弓を携え、大きな荷物を持った青年が一人。
大きな叫び声が聞こえる方向とは逆の方向に歩を進めていた。
「いいのかな……これで」
ボクは何か罪悪感の様な……何とも言えない気分になっていた。
仮に残って、アレキサンダーさん達に加勢したとしても、現代日本のただのオタクのガキが役に立てたとは思えない。
だから、これで良かったはず……うん。
「ん?」
ボクは歩を止めた。
目の前に道が見えたから、というのもある。
恐らく、声のする方に続いている道なのだろう。
赤字に白鳳の紋をつけた兵隊が数え切れないほど、声のする方角へ走って行くのが見えた。
恐らく、アレキサンダーさん達が襲撃している場所へ援軍として向かっているのだろう。
その時……ボクは自分でもどうしてそうしたのかは解らなかった。
崖の上に伏せるように腹ばいになり、弓矢を取り出した。
「あれが、増援部隊の指揮官……かな?」
何故だかわからないけど、馬上にまたがった旗を持たした兵を側に付けている指揮官らしい人物を、ボクははっきりと目に出来た。
正直……動いている人物に、それも三十メートル近く離れている相手に弓をあてる自信はなかった。
でも、何かせずにはいられなかった。
ボクは弓を番えながら大きく息を吸った。
明らかな人殺しを……ボクはしようとしている……でも、このまま何もしないで、初見のボクにさえあんなによくしてくれた人たちを見殺しにしたくない気持ちが、この時は優っていた。
「動くな!!」
ボクは出来るだけ大きな声で叫び、アングリア兵の動きが止まった隙に矢を放った。
「ぐわ!」
瞬間、悲鳴が上がったのが解った。
どうやら矢は指揮官の喉付近に当たったようで、敵の指揮官が落馬するのを確認できた。
ボクは同時に火を付けた第二の矢を、道の向かい側の森の出来るだけ遠くにはなった。
火はたちまち大きくなり、増援に向かっている最中の兵たちに襲いかかった。
「敵襲だ! みんな、町の方に逃げろ!!」
ボクは声を張り上げ続けた。我ながら、古典的な手だと思った。
「退却だ!」
「て……撤退! 隊長を町までお運びしろ!!」
指揮官を欠いた集団に、この手は意外なほど有効だったらしく、アングリア兵は引き上げていった。
隊列を一切崩さず撤退していく集団からは、相当の錬度の高さを感じた。
彼らが応援に駆けつけていたら。アレキサンダーさん達は危なかっただろう。
ボクは一人逃げ遅れたアングリア兵を捕まえ、気絶させた。
「馬車を守れ! もうすぐ援軍が来る! それまで頑張るんだ!!」
アングリア軍のヨーク第二姫護衛部隊の指揮官は焦っていた。
千二百もの兵をつけての作戦は完璧だったはずだった……。
部隊を三隊に分け、斥候役の先発隊、馬車を守る中央、後発隊は中央が奇襲された際即応する役割を担っており、八百人近い兵を割り当てていた。
「畜生! 折角残党どもが餌に食いついて来たのに……後発隊ののろまどもは一体なにをやってるんだ!?」
明らかに自分たちより少ないヨーク軍残党部隊……しかし、細い道で横やりを突かれ、味方の部隊は分隊単位でバラバラにされていた。
決死の覚悟の彼らとの士気の違いもあった。
馬車の周りだけかろうじて百名ほどの隊が守っていた。
「伝令! 伝令〜!」
そう言って叫びつつ、小柄な兵隊が一人、馬車を取り囲む集団に飛び込んできた。
兵士たちは、自分たちと同じ赤字に白鳳の紋の垂れ幕を付けた兵士をスッと指揮官まで通した。
「どうした! 後発隊はまだこんのか!?」
「はあ……はあ……。こ……後発隊は、ぜ、全滅で……あります」
「なに!?」
声を張り上げる指揮官に、小柄な兵は続けた。
「ヨークの残党部隊の襲撃で……すごい数でした……こちらに向かって来ております……」
そう言って小柄な兵士はパタリと倒れた。
周りでかろうじて交戦していた兵士たちは一様に顔を見合わせ、一目散に森に向かって駆け出したのだ。
「いった……かな?」
周りにいた兵隊が一人もいなくなるのを確認すると、ボクはむくりと起き上り、重たい鎧を脱いで元のトレンチコートを着込んだ。
「さてと……この馬車……だよね」
ボクは気品のある装飾の施された馬車に近づく。
「どなた……ですか?」
中から、女の人の声が聞こえた。きっとこの中にアレキサンダーさん達が助けようとしていたお姫様がいるのだろう。
「ボクは……通りすがりのただのオタクです」
そう言って、ドアに付けられた錠を剣で断ち切る。
ゆっくりと……扉が開いた。
「私は、アリス・ヨーク……元ヨーク朝第二王女です」
やわらかく……それでいて品位を感じる声。
ボクは片膝を地面に付いて青いドレスを着こんだ目の前の少女を見つめた。
これが……僕とアリス姫との初めての出会いだった。
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