『騎士でオタクなボクと王女様』(2)

小さい人間


カッタ、カッタと複数の馬の蹄の音が闇夜に響いた。

中央には気品を感じられる装飾が施された馬車が一台。周りを取り囲むように石弓や槍を携えた甲冑を着込んだ騎乗兵がいた。

人数は、騎馬だけでも二百ほど、周りを一千人近い兵隊が取り囲んでいた。兵たちは誇らしげに赤字に白鳳の旗を掲げ、一路南へ向かっていた。

馬車の中には人影のようなものが二つ映っていた。

「アリス姫様……大丈夫でございます、きっとカトリーヌ様はご無事でいらっしゃいます」

「……そうだと良いのですが」

馬車のなか、まだ幼さを微妙に残し、流れるような奇麗な銀の髪を侍女に手入れしてもらいながら、やわらかい声音を少し落ち込ませながらアリスと呼ばれた少女は星を見ようと馬車の窓を見る。

窓には鉄格子がはめ込まれ、自分が囚われの身であることを感じさせた。

「ねえ……マリア、アングリアの皇は、私たちをどうする御積りなのでしょう、お姉様は……ルーアンにいらっしゃるという事でしたが」

「……アリス様」

マリアと呼ばれたメイド服の侍女は主の美しい銀の髪を整える手を止めた。
肩を震わせ、幼いころから苦楽を共にしてきた主のこれからを考え……悲愴な面持ちを隠せなかった。

「だ……大丈夫でございます、きっと天にいらっしゃる神々は姫様を見捨てたりは……」

「ありがとうマリア……でも、神々はお父様を見捨てたわ」

姉、カトリーヌの軍の大敗の知らせ。続く貴族たちの反乱……。
伝統ある王朝ヨークはアングリア皇国との戦争に敗れ、滅んだ。

その後、王朝を乗っ取った貴族たちとアングリアとの間に和平が結ばれ、父王は戦争の全ての責任を問われて処刑された……。

「せめてお姉様だけは、無事だと良いのですが……」

敗戦から二年、安否のわからない姉がアングリアの捕虜になっていたことが解りホッとしたのもつかの間、ヨークの王都に囚われていたヨークの元第二王女をアングリアに移すことになった。

住み慣れたお城、住み慣れた町、同情的でいろいろ良くしてくれた人たちを置いて見知らぬ国に送られる王女の胸の内は、マリアにも解らなかった。



「……じゃあ、ここはメルカトルっていう世界で、アレキサンダーさんはヨークっていう国の兵隊さんなんだ」

「……そうだ、元、がつくがな」

ボクはゲームや小説の登場人物にでもなったかの様な気分だった。
どうやら、知らない世界に何の理由からか迷い込んだようだ。

周りの態度も、最初は違和感があったけど、僕の出自を話したら何故かガラリと変わった。

「で……君の出自は元幕臣……つまりサムライだったのは間違いないのだな?」

「ええ……まあ、徳川の殿様が新政府に静岡に移された時に付いていった家みたいで……その、あまり詳しいことは解らないんですが」

「いや……この世界ではそれだけ解ればいいんだ」

「はい?」

ボクはアレキサンダーさんの問いかけに素直に答えた。彼もそれに気を良くしてくれたようで、段々周りも好意的になっていくのが解った。

「で、達也殿は何か武器等を扱えますかな?」

隣の、アレキサンダーさんの副官と名乗った白ひげのオジサンが僕になぜか殿をつけて尋ねてきた。

「え……と、一応高校では和弓をちょっと……」

そう言いつつ、大会のために持って帰る最中だった弓を取り出して見せた。

「ほう……弓矢が使えるのか……いいぞ」

アレキサンダーさんが何かつぶやくのが聞こえた。

「いや……、この世界ではどういった血筋なのかが最重要視されているんだ。サムライの子孫ならこの世界ではたとえ平民であっても一応"騎士"の血を持つことになる。 要するに貴族扱いされるんだよ」

ああ、なるほど。ようやく周りの態度の変化にボクは合点がいった。
どうやら、ボクはこの世界では特別な生まれならしい。

「……元の世界に帰る方法は解らないんですか?」

「残念ながら……ないな」

すまなそうに喋るアレキサンダーさんにこれ以上喰ってかかる訳にも行かないし、とりあえずボクはこれからどうやってこの世界で過ごすのか考えなくてはならなそうだった。

「ま……なんだ、達也がうそついてるようには見えないし、血筋は本当にサムライなんだろう。弓もあることだし、しばらく行けば人里もあるからそこでどうするか考えればいい」

そう言ってくれるアレキサンダーさんの声はどこか親近感が持てた。

「そう言えば、アレキサンダーさんたちはここで何をしていたんですか?」

ボクがそう尋ねると、一瞬周りの空気が固くなったのが解った。

「俺たちは……カトリーヌ様との約束を果たさなきゃならないからな……」

そう言う、アレキサンダーさんの表情は……どこか覚悟を決めたような、人生経験の薄いボクはよくわからなかったけど、彼らとこのままではもう会えなくなるのでは? 

そんな気がした。

ボクみたいな明らかにこの場にそぐわない人間を囲んで朗らかに談笑している彼らの表情からも、そんな気配を感じた。

「あの……すみません、五十人程の兵隊で……その」

「なあに……気にする事はない。人里まで行くには旅要の食料や着いてからの路銀が必要だ……武器も矢のない弓一本じゃ心もとないだろ? 俺たちのを分けてやる」

「……え? いいんですか?」

アレキサンダーさんのありがたい申し出に、ボクははっと顔を上げた。

「その代わり……といっちゃなんだが、こいつ等の手紙を届けてやってほしいんだ。何……人のいるところに着いたなら郵便ギルドに行けば送ってもらえるようにしてある。俺はこっちの世界で家族はいないが、部下達はな……」

「……はい」

ボクは彼らの決意とも思える表情を見ながら首を縦に振った。

「ありがとう……旅路の幸運を祈る」

「アレキサンダーさん達こそ……ご武運を」


……そう言ってボクは彼等と別れた。
何か罪悪感の様な……そう言うものをボクは感じていた。
ボクは本当に彼等と別れてよかったんだろうか?

足取りは重かった。


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