『騎士で武士な僕と皇女様004』(13)
小さい人間
「……失敗したか」
『白銀の戦姫』、カトリーヌは天幕の中でポツリと呟いた。
「皇女誘拐は失敗に終わりましたが、時間は稼げました」
そう言ってカトリーヌに現状を説明するのは、ここ数週間で驚くべき出世をしたアレキサンダー中佐であった。彼は使えるという単純な理由で、低い身分にも関わらずカトリーヌの副官になっていた。
「周辺の村や町を従わせることに成功しましたし、周辺からの徴発で兵士たちの腹は満ちています。 我々はふた月ほどマーシア内で戦えます」
「代わりに、民の支持を失ったがな……」
ヨーク軍はアングリアが皇女救出に時間を費やしている間に、周辺の都市を脅迫。服従を誓わせた。 逆らった都市や村は焼き払い、略奪し、傭兵たちの腹と懐と性欲を満足させたのだ。
「しかし……それでも軍団を維持できるのが二ヶ月間ほど。 早めに決着をつけねばならん!」
「それでしたら……」
アレキサンダーは卓上の地図に刺された針を指さした。
「ココ……公都に攻撃をかけましょう。 そうすれば敵はわが軍を阻止すべく会戦となります」
「フム……」
カトリーヌは指を口にあてた。
……確かに、マーシアの元公都が落ちればアングリア軍のマーシア支配は事実上終わることになる。元々、戦力上ではこちらが有利な以上、会戦に持ち込めば……勝てる。
「『黒髪』の戦略はマーシアを先に落し、我が軍をおびき寄せ疲弊させたところで撃破するというものでした……」
アレキサンダーは全幕僚にこれまでの分析でわかった事をまとめ説明した。
周りの同僚たちは、この急に出世した隻眼の男に苦々しい視線を浴びせていた。
「……ところが、予想外に我らが兵站を整え、時間のかかるため不可能であった都市攻略戦をしようとしている。 敵は腹の満たされた三万の兵と戦わなければならなくなる……」
一通り説明したところでカトリーヌは口を挟む。
「実際の戦闘での『黒髪』の指揮能力は?」
「……未知数です」
アレキサンダーは片眼の瞳を閉じながら答えた。
「バノックカーンでは、野戦での飛び具を生かした戦法が見受けられました……しかし、実際の会戦となると……」
「『猛将』ロビンにジェオフリーもいるからな……」
そう呟く……。アングリアは人材がカバーできない苦手分野を他の人間がサポート出来る体制を作っていた。それは、貴族が幅を利かせるヨークでは不可能なことであった。
「……決戦戦力の重歩兵は我が軍が二倍あります。 まともに正面からぶつかれば我が軍が有利でしょう」
アレキサンダーはそう結論付けた。
カトリーヌはそれから一考し、他に意見を求めた後、時間を惜しむかのように進軍を決定した。
「目標は旧マーシア公都! 全軍進撃」
各部隊へと速馬が出された。
もう幾日しないうちに……決戦だった。
………。
……………。
……。
「あいたかったぞ〜!」
そう言って、アングリアの皇女クリステーナは僕に抱きつき……もとい、タックルを食らわした。
「グホァ!」
腰から上への見事なタックルに面を食らった僕の口からは悲鳴が上がった。
「ちょ、ちょっと……皇女様!?」
僕は立場上、皇女様の締上げ……じゃなく、やさしい抱擁を拒否できない。
仕方なく、久々に漂う皇女様のやんわりとした匂いに身を任せる。
「も〜放さぬ! いいか、お主は余の騎士なのだ! 常に傍にいろ!」
「ちょっと! クリス様!」
見かねたエリザが皇女様を引き離す。
「片瀬さん、困ってますよ! それに、いちゃつくなら人目のないところでやってください!」
それを聞いて、皇女様は渋々僕から離れた。
「とりあえず、ここは危険なので旧マーシア公都へ向かいましょう」
僕がそう提案すると、皇女様が肯いたので、皇女様を中心とした一団は一路旧マーシア公都へと向かった。
「公都に着いたら……お主、覚悟しておけ……」
道すがら、ポツリと皇女様の口から洩れる。
僕は苦笑しながら、馬上でそれを聞いていた。
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