鞭と髑髏
Peitsche und Totenkopf /隷姫姦禁指令

Female Trouble


第6章・暗黒の隘路(下) Der schmale Weg der Schwaerzung(2)



 どれくらい気を失っていたのか、先に気づいたのはラナだった。自分が死ななかったの
が信じられないほどだった。振り向くと、クラリスはまだ失神したままだった。自分が先
に目覚めたのも、クラリスが抱きかかえて護ってくれていたからに違いない、とラナは思
った。

「…姫さま」
 そっと呼びかけた少女の声に、公女はわずかに顔をしかめ、
そっと目を開けた。

「…ラナちゃん、だいじょうぶ?」
 呟いたクラリスに、ラナは思わず抱きついていた。
「姫さま…!」

「…助かったのね、私たち。あなたの勇気のおかげよ、ありがとう、よくやってくれまし
た」

「姫さま、ごめんなさい、わたしのせいで、こんなおそろしい
目にあわせてしまって…!」

 燃料を全て使い切っていたことがかえって幸いした。あの着陸の衝撃と破壊では、もし
燃料が残っていたら、確実に引火し大爆発を引き起こしていたはずだった。そうであれば、
二人とも今ごろは地獄の業火に焼かれて命を落としていただろう。
 頭を風防に打っていたが、せいぜい頭にこぶをつくり、身体のあちこちに打ち身があっ
たくらいで、幸運にも骨折もしていないようだった。
 自分たちが生き残ったことに少しばかり現実感を喪失しながらも、ラナがキャノピーを
開けると、ひんやりとした森の空気が一気に少女たちを包んだ。クラリスはラナを抱え上
げるようにして先に下におろしてから、自分も降機した。

 外に出てみると、機体の惨状がはっきりわかった。プロペラが巻き込んだ小枝が散乱す
る中、頑丈そうに思えた機体は大きくひしゃげ、三本の車輪は完全に潰れていて、脚が機
体を串刺しにするように突き立っていたのを見た時には、二人とも思わず冷たいものが背
筋を駆け抜けた。

 刀身のようなプロペラを恐る恐る避けながら、クラリスとラナは身を屈めて機体から離
れた。すでに陽が傾き、空は鈍い茜色に染まっている。
 ラナの目論見では、このあと町に身を潜めるつもりだったが、それはすでに不可能だっ
た。ここは町とは正反対側の湖畔であり、山脈の寒冷樹林帯に続く森が果てしなく続いて
いる。人里もない。
 二人の少女は、一糸も纏わぬ生まれた姿のまま、この苛酷な大自然の真っ直中に放り出
されてしまったのだった。ラナがもう一度コクピットに戻って覗き込み、外気を遮るため
の布なりとわずかでも無いかどうか確かめたが、命を救ってくれた神様ももうこれ以上の
幸運を二人に与えてはくれなかった。

「しかたありません。とにかくここを一刻も離れましょう。飛行機の落ちた場所は占領軍
にも見えたはずです。きっとすぐに追っ手が来るでしょう」
 クラリスが言った。

「はい」
 ラナが答え、二人は道もわからない森の中に踏み込んでいった。

 町に行くには湖畔沿いに行くべきだろうが、あいにく人の通れそうな道もなく、何より
も湖畔から町に向かえば、自分たちを追ってくる部隊に丸見えになってしまう。夜の帳が
迫る夕暮れに、森の中を移動するのは危険この上なかったが、二人は逃げるしかなかった。

 ゆくあても定かならぬ黒き森の中を、非力な少女たちはそれでも手をつなぎ、ひたすら
進み続けた。

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