黄金の日輪*白銀の月
第2話.姉妹Female Trouble
壊れた甲冑を脱ぎ捨て、典礼服に着替えた姫将軍の勳しを言祝ぎ、「屠竜」の称号を 新たに加える、壮麗ながらも堅苦しい儀典が終わったころには、すっかり夜も更けてい た。アンヌは再び質素な亜麻の平服に着替え、王女の間のベッドに腰を下ろした。天蓋 から下がる幔幕を閉め、クレアもまた姉の隣りに座った。窮屈なコルセットの盛装から 解放されて、今は純白なシルクの寝着を纏い、王女は姉と久しぶりに二人だけの時間を 味わうことができた。いつもは夜通し王女の安眠を守る忠実な侍女たちも、今夜は王女 の意を察して引き下がっていた。 サイドテーブルに置かれた真っ赤なワインをグラスに注ぎ、二人は改めて祝福の杯を 触れあわせた。涼しいクリスタルの響きが寝室内に残る。 「…将軍、お怪我はなかったの?」 お姉さま、と呼びかけたい気持ちを抑えて、王女は品良く尋ねた。 「大丈夫、魔力が詰まったドラゴンの返り血を浴びたせいかな?左腕がちぎれそうなく らいにかみつかれたんだけど、ほら、このとおり。大神官の治癒魔法も、もういいって いうくらい受けたし」 妹の心の内も知らぬげに、陽気な声で答え、アンヌは袖をまくって左のひじを見せた。 とても大剣を振りまわすようには見えない腕は滑らかで、確かに何の傷も残ってはいな かった。 その腕を、クレアはそっと包みこむように両手で触れた。この優美な腕が、一瞬とい えど怪物のあぎとにかかり、肉を破り血を流したのかと思うと、耐えられなかった。 妹の掌から伝わる暖かみに一瞬ぼんやりしたアンヌは、つとクレアから目をそらして 思い出したように話しかけた。 「でも、退治できてよかった。これで強欲な近隣の国々も、小なりとはいえ『ドラゴン スレイヤー』が守護する国に触手を伸ばすことはないだろうからね。あの好色なヒヒ親 父どもの求婚を、胸を張って断れるよ」 半年前の、居丈高な選帝公の脅迫じみた求婚騒ぎを思い出して、姉妹はつい吹きだし て笑った。領土欲に満ちた王や領主たちに、豊かなアーヴェンデールの国土と、美しい 聖王女は常に狙われていた。常に不安のうちにある王女の心を少しでも解きほぐすため に、アンヌは妹とは対照的に、意識して気安い言葉をかける。 「ちょっと無理をしたけど、これで、命を懸けてドラゴンに挑んだ価値もあったな。王 女を守る騎士のつとめを果たせたんだから」 完爾として微笑むアンヌの白い歯がこぼれる口元、それがクレアにはまぶしかった。 「お姉さま!」 堪えきれずに、クレアは叫んだ。実姉とはいえども、常に姉を臣下として遇さねばな らなかった王女にとって、その呼びかけをするだけで、どれだけの勇気を必要にしたこ とだろう。いつもは聞き慣れない呼びかけに、アンヌも一瞬面食らった。 「もう、けっこうです。私のために、身を削るのは。私のために多くのものを失って、 その上に生命を危険にさらすなんて。どうか、お願いです、お姉さま。私、もう、お姉 さまが危地から無事に戻ってくるのをただ祈って、不安に身を焼くのには、耐えられま せん…」 クレアは姉の手をつかんだ。目に涙があふれる。 「お姉さま、もうどこにも行かないで…。ずっと、私のそばにいて…」 微笑みながら、だだっ子をあやすように姫将軍がさとす。 「こんな、甘えん坊なクレアを見たのは何年ぶりかな…」 そう言えば、最近は、いつも玉座の妹を階の下から見上げるばかりだったっけ…。 「もし、わたしがクレアのために犠牲になっている、と思っているなら、それは違うよ。 確かにわたしが第一王女だったけれど、それを捨てて臣籍に降りたのは、わたし自身の 考え。王位を継承するのはクレアの方がふさわしい、そして自分はクレアを守護するこ とこそが天命だと思ったの」 アンヌはクレアをそっと胸に抱き寄せる。 「クレアは国民の尊崇と憧憬を集め、わたしは戦うことで民草に安心と信頼をもたらす。 二人の仕事は補い合うもので、どちらかのために片方が犠牲になっているんじゃない。 決して」 アンヌのことばを、妹はかみしめた。 「だいたい、謝らなくちゃいけないのはわたし。本来の務めを妹に押しつけてしまった んだから。それだけでもわたしは申し訳が立たないんだ」 「そんな!」 「だから」 アンヌがきっぱりと告げる。 「わたしには、クレアを守ることが幸せなの。クレアのために戦うことで、わたしの心 は満たされるの」 「…ありがとう、お姉さま…。でも…」 「なあに?」 「ドラゴンとまで戦ったんですもの。もう、十分だわ。これからは、私のそばで、私を 守って。私の心がくじけないように、私を近くで見ていてほしい…」 「こんな姿を人々に見られたら、聖王女の威厳が台無しだね」 からかうように妹を抱き寄せて、アンヌはささやいた。 「わかった。クレアがしっかりした姿をいつも見せていられるように、誰かが支えなく ちゃいけないなら、わたしがいつも後ろにいるよ。これからはできるだけ一緒にいてあ げる…」 「お姉さま…」 「クレア…」 姉妹はしっかり抱き合って、互いの感触を自分の肌に染みこませた。最も近しい存在 のはずが、運命によって切り離され、遠く離ればなれになっていたように感じていた二 人にとって、今宵は甘い再会になった。聖王女の耳元の髪に顔を埋めると、匂い立つ薔 薇の香がほのかに鼻をくすぐった。姫将軍の胸に頬を寄せると、お日さまの香りと火照 りが伝わってきた。 「今夜は、一緒のベッドで寝てね。お姉さま」 「やっぱり、聖王女さまは甘えん坊だ」 二人はくすくす笑いあった。
(つづく)