バラステア戦記

第2話

009


 (アイルランガ王国:王立孤児院)

  アイルランガ王国は5百年の歴史をもつ辺境の王国である。王は人徳があり、小国なが
ら繁栄し、平和な国であった。
しかしここ数年、廻りの国々では戦争がおこり、大勢の難民が平和なこの王国へ流れてき
ていた。
首都のはずれに大きな孤児院がある。
この孤児院は、アイルランガの王・ランガ=ハルが戦争難民孤児の為に建てた孤児院であ
る。たくさんの戦争孤児がこの孤児院で暮らしている。
 リュウも戦争孤児の一人である。10年前、リュウが9才の時、故郷を軍事国家バラステ
アに滅ぼされたリュウの一家は、このアイルガンガに命からがらに逃げてきたのだ。
リュウの父は国の重職であった為に執拗にバラステア兵に追われていた。そしてリュウは
凄惨な現場を目のあたりにすることになる。
 あの日、国境近くの森でバラステア兵に取り囲まれたリュウの一家は、リュウを岩陰に
残し、リュウの父と母、そして6才上の姉がバラステア兵に捕らわれた。そしてリュウの
父を木へ縛りつけると、その父の前で母と姉を輪姦したのだ。
「やめろ!たのむからやめてくれ!」
「いやあああ!あなた!助けて・・・」
「きゃああ!父上っ父上っ!」
鎧を脱ぎ順番待ちをする兵士たちは母を犯し、それがすむと姉に覆い被さった。美しかっ
た母と姉は、ペニスを口に押し込まれ、さんざん汚された挙げ句に殺された。父もその光
景を無理矢理見せられたあとに殺された・・・。
 リュウはあの日以来、バラステアへの復讐を誓い、それを果たす為に剣の修行に明け暮
れた。孤児院に拾われ、あの日のことを何度も夢に見ながら、リュウは成長した。
「おい、リュウまだ寝てるのか」
「もう昼ですよ」
「ん・・?ああ」
いつも孤児院で行動を共にしているスーチェンとルルがリュウを起こしにきた。スーチェ
ンはリュウと同じ年で、やはりバラステアと戦う為に拳法の修行をしている。ルルはリュ
ウより2才年下で、神に仕える僧侶となる為の修行をしていた。皆戦争孤児である。
アイルランガでは20才になれば王軍に入隊できる。今アイルランガでは、バラステア軍
が攻めて来るとの噂があり、軍にも緊張がはしっている。
バラステア皇帝が属国にした国の姫を人質とさせていることも有名であった。アイルラン
ガには二人の姫がいる。
 この二人の姫は美しすぎた。国民はこの世のものとは思えないほどの美しさと称え、
辺境一の美姉妹として、隣国に響き渡っている。しかし国の宝であるこの美姉妹の噂をバ
ラステア皇帝が聞きつけ、奪いにやってくるのではないかと国民は不安を感じていた。
 ある日、王宮で姫の誕生祝いが開かれた。
「おいスーチェン、辺境一の美姉妹と言われる姫様たちを見に行ってみないか」
「それはいいが・・見つかるとまた院長にしかられるぞ」
「大丈夫、見つかりっこないさ」
二人は夜孤児院をこっそり抜け出すと、王宮へ向かった。王宮の門には警備の兵がいて近
づくことが出来ない。
「リュウ、どうするんだ?」
「裏へ廻ろう」
リュウとスーチェンは王宮の裏へ廻ると、鈎のついたロープを投げ、城壁に引っかけると、
それを上って王宮へ入った。城の庭ではたくさんの明かりが灯され、賑やかなパーティが
開かれている。侍女達がダンスをおどり、王や大臣達は酒を飲んでいる。
「姫様たちはどこにいるんだ・・・・?」
「ここからだと見えないな。見えるところまで移動しよう」
「リュウ、俺はなんとか庭まで降りてみるよ。俺はおまえより身軽だからな。」
そういうとスーチェンは行ってしまった。
「ちっ・・・自分ばっかり!俺も見えるところまで移動しよう」
庭からは宮廷音楽家達の奏でる華やかな音楽が聞こえてくる。
リュウが回廊づたいに移動しようとした時である。
「きゃっつ」
「うわっつ」
暗闇の中、誰かとぶつかったらしい。
「うわ、ごめんなさい!」
見つかるとやばい。リュウは走ってその場から逃げようとした。
「あの・・・」
「え?」
月明かりに照らされたその姿はあまりに美しい。リュウは一瞬この人は星の精霊かと思う
ほどだった。
「あなたは城の兵隊ではありませんね。」
「えっつ?ああ、まあね。」
「ここで何をしているのですか?」
「あの、・・あなたはここの姫様ですか?」
「いかにも。リンス=ハルです。」
「ならば、これを」
リュウは人柄にも無く緊張しながら、一輪の花を差し出した。ここへ来る途中、スーチェ
ンにも内緒で摘んだ花だ。
「これ?・・・私に?」
「はい。誕生日なのでしょう」
リュウはリンスのあまりの美しさに、顔を見て話すことができない。
「こら!貴様そこで何をしている!」
警備の兵がこちらを睨みながら走ってくる。
「あ!まじい!では姫様、これにて!」
リュウはその場を走り去った。
「姫様、大事ございませんか?」
「はい、大丈夫です。しかしあの方、今日は妹の誕生日なのに、勘違いして私に花を渡し
て返ってしまいました。」
「さあ姫様、姫様は病の身。夜風は体に良くありませぬ。」
「そうですね・・・。」
リンスは先程の若者の顔を頭に描きながら部屋へ戻った。
(名前を聞くのを忘れてしまったわ・・・)


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