ネイロスの3戦姫


最終話その.1 勝利は朝焼けと共に

 「姉様ーっ。」
 エリアスが転落した階に、エスメラルダとルナが、そしてダスティン達が駆け降りてき
た。
 まさかの事態であった。ブルーザーとの戦いに勝利したと言うのに、それを喜ぶ間も無
いままエリアスは崩れた屋上から転落してしまったのだ。
 「どこ?・・・どこよ姉様・・・」
 瓦礫の山を前にして、ルナはオロオロと姉の姿を探した。屋上から下の階にはかなりの
高さがあり、まともに落ちれば100%命はない。奇跡でもおきない限り、エリアスが助
かる事はないであろう。
 「そんな・・・やっと終わったのに・・・」
 ヘナヘナと座り込むルナ。
 「諦めちゃダメだよルナ、大丈夫だよ・・・」
 必至でルナを慰めるエスメラルダだったが、その声には力がなかった。疲れと悲しみで、
もはやそれ以上言う言葉がなかったのだ。
 「エリアス姫ーっ、どこですかーっ。」
 ダスティンの声が空しく響く。誰もがエリアスは絶望的だと思っていた・・・そんな皆
の悲しみを、朝焼けが打ち払ってくれた。
 「あれは・・・おいっ、みんなあれを見ろっ!!」
 何気なく宮殿の高台を見たスミスが、突拍子もない声を上げた。
 彼が指差すそこには、ネイロスとデトレイドの国旗を振りかざす2人の若い男女の姿が
あった。
 「あ、姉様・・・」
 「ネルソン司令・・・」
 宮殿の高台で旗を振るその2人は、エリアスとネルソンだった。鮮やかな暁の光が2人
を照らし、翻る旗が勝利を全ての人々に告げていたのだ。
 「うおおーっ!!我々の勝利だーっ!!」
 宮殿の下に集った人々から、歓声が上がった。
 そう、全て終わったのだ、勝利したのだ。絶対的な権力で民達を支配していた暴君に、
そして・・・多くの国々と民達を破壊と略奪の恐怖に陥れていた黒獣兵団に勝ったのだ。
 「ネイロスばんざーいっ、デトレイドばんざーいっ!!」
 両軍兵士達は、かつては互いに争っていた敵国の兵士達と手を取り、勝利を喜んだ。
 そして喜ぶ兵士達の後ろで、マリオンとパメラに肩を貸してもらいながら立っているデ
トレイド副官ホーネットの姿があった。
 「ホーネットさん、見えますか?」
 「ああ・・・よく見えるよ。勝ったんだな私達は・・・」
 「ええ、私達が勝ちました。」
 「やっと帰れるだ。オラの村に、おっ父とおっ母の所に・・・」
 隣では涙を流しているラナの姿もあった。
 
 「姉さまーっ。」
 旗を振っているエリアスの元に真っ先に駆け付けたのがルナであった。
 「わーん、もうダメかと思ったー。」
 泣きながら胸に飛び込んでくる妹を抱きしめるエリアス。
 「私も心配かけたわね。」
 ルナの頭を撫でながらエリアスはそう言った。
 「本当だよ・・・ルナに姉様・・・1番心配したのはボクなんだから・・・」
 エスメラルダも声を震わせてエリアスに抱きついた。
 「早く行こうよ、みんなが待ってる。」
 ルナの声に、2人の姉はコクンと頷いた。
 そして3姉妹が兵士達と一緒に屋上から下りようとした時、1人のデトレイド軍兵士が
階段から走りながら上がってきた。
 「エリアス姫、ネルソン司令。ちょっとよろしいでしょうか。」
 「どうしたの?」
 駆け寄る兵士はエリアスに近づくと、何か話し掛けた。
 「えっ、ダルゴネオスが?」
 兵士の話しに耳を傾ける3姉妹とネルソン。
 「ええ、あのバカ皇帝とサド殿下の始末はどう致しましょうか。」
 兵士を前にして3姉妹は何か考え事をしている。
 「なーんだ、そんな事なら・・・」
 「そーね、簡単ね。」
 ニィ、と笑いながら顔を見合わせているエスメラルダとルナ。2人ともよからぬ事を思
いついた様子である。
 「あなた達、また何か悪い事考えてのね。」
 意地悪そうな顔をしている妹達を見て、エリアスはやれやれと溜息を付いた。
 
 その頃、デトレイド軍兵士達の手で捕らえられていたダルゴネオスと愚息のセルドック
は、縄でグルグル巻きにされて宮殿の前に座らされていた。
 「コラーッ、この縄を解け無礼者ーっ!!」
 大勢の兵士達を前にして喚いているダルゴネオスの顔は、別館から転落した時の傷やら、
兵士達に袋叩きにされた時のアザやらでボロボロ状態だった。
 その横では池から引き上げられ、ずぶ濡れのセルドックが情けない声で泣いていた。
 「びえ〜ん、エスメラルダが僕をイジメるんだ〜。こわいよ助けてママ〜っ。」
 エスメラルダに池へ叩き落されていたセルドックは、余りの恐怖で幼児退行現象をおこ
している。
 エスメラルダは催眠術と言う仮初めの恐怖を克服した事により復活できたが、セルドッ
クはエスメラルダに本当の恐怖を叩き込まれているため、立ち直る見こみは全くなしの状
態であった。
 宮殿から大勢の兵士達と一緒に3姉妹が姿を見せた。
 「こっちです。」
 兵士に案内されたエリアス達は、縛られているダルゴネオス親子に歩み寄った。
 「あーっ、セルドックめ。まだ生きてたのかっ。」
 エスメラルダは、いじめられっ子の様に泣いているセルドックを見つけるや否や足で蹴
飛ばした。
 「ひーっ、エスメラルダだ〜っ!!いやだ〜、イジメないでぇ〜、ゴメンなさーいっ。」
 エスメラルダの顔を見た途端、サド殿下は悲鳴を上げて逃げ出そうとした。しかし縛ら
れているためエスメラルダから逃げる事もかなわず、あっけなく取り押さえられた。
 「びえ〜っ、もう悪い事しませーん、たすけて〜。」
 「こいつめ、ボクから逃げられるとでも思ってンのかっ。もっとイジメてやるウリウリ
ッ。」
 泣き喚くセルドックを足蹴にして容赦無くイジメるエスメラルダ。
 イジメられているセルドックを無視し、エリアスは腰に手を当てた姿勢で、地面に座り
込んでいるダルゴネオスを見下ろした。
 「ダルゴネオス閣下。ご機嫌はいかがかしら?」
 「き、きさま〜、余をどうするつもりだっ。余は皇帝だぞっ!?こんな事をして只で済
むと思っておるのかーっ!!」
 往生際の悪いダルゴネオスは、エリアス達を睨みながら大声を上げている。
 「閣下、あなたはご自分の状況を今だ理解しておられないんですか。黒獣兵団は滅びた
んです、ブルーザーの野望といっしょにね。」
 エリアスはそう言いながら、ダルゴネオスにブルーザーの武器であった鎖を見せ、彼が
ダイナマイトで自決した事を告げた。
 「ま、まさか・・・あのブルーザーが・・・」
 「そうです、ブルーザーは潔く最後を遂げました。そして黒獣兵団の兵達も全員降伏し
ました。後はあなた達親子だけです。あなたも国家元首の端くれなら最後ぐらい潔くなさ
ってください。」
 冷たく言い放つエリアス。その目にはダルゴネオスに対する同情も慈悲も一切無かった。
 「さ、最後って・・・おい待て・・・余に何をしろとゆーのだ!?まさかブルーザーの
ように自決しろと言うんでわ・・・」
 「その通りですわ、これでね。」
 そう言いうエリアスの手には、ブルーザーが自決した時のと同じダイナマイトが握られ
ていた。
 「あわわ・・・自決だなんて・・・そんなバカな真似ができるわけ、ひっ!?」
 怯えるダルゴネオスの胸元にダイナマイトが押し込まれる。そして長い導火線を地面に
置いたエリアスは、その端をルナに手渡した。
 導火線を手に持ち、ダルゴネオスを睨むルナ。
 「ガマガエル皇帝、あんたには随分とイジメられたわ。そして陵辱されたラナや女の子
達がどれだけ苦しんだか・・・その状態では自分で火を点ける事はできないわね、あたし
が引導を渡してあげる。」
 ルナの目に怒りが宿っている。そしてポケットからライターを取り出すと、目の前で火
を付けた。その炎はルナの瞳に、まるで怒りの炎が宿ったかのように映し出されている。
 「わ、悪い冗談はよせーっ!!余が悪かったっ、謝る、この通りだっ。許してくれーっ!
!」
 「今更遅いわよ。」
 ライターの火が導火線に近づく。
 「じ、じゃあ、お前達に余の財宝を全てくれてやろう。お前達3人が一生使っても使い
切れない財宝だぞっ!?どーだ、それでゆるして・・・」
 ダルゴネオスの言葉に、ルナとエリアスはキッと目を吊り上げた。
 「余の財宝ですって?あなたは何か勘違いなさっておられませんか。宮殿にある財宝は
全てあなたがデトレイドの民から巻上げたものです。あなたの物なんかこの世に何一つ存
在しないわ。」
 「そ、そんな・・・」
 もはやエリアス達に許しも取引も通用しない。ダルゴネオスは声を失った。
 「あの世で父上に土下座して謝るのね。サヨナラ、ダルゴネオス。」
 ルナは無情にも導火線の先に火を点けた。そして、シューと言う音を立てて導火線の炎
がダルゴネオスに近寄っていく。
 「ひいいっ!!ね、ネルソンッ・・・た、たすけてくれっ、自決なんていやだーっ。」
 泣き叫んだダルゴネオスは、エリアス達の後ろにいたネルソンに助けを求めた。だが、
かつてダルゴネオスに仕えていたデトレイド軍元将軍は、軽蔑した目でダルゴネオスを見
ている。
 「私はあなたに解任された身です。あなたがどうなろうと私の関知する事ではありませ
ん。」
 ネルソンの周りにいる兵士達も同じ意見だった。白い目で泣き喚く暴君を見下している。
 「こんな奴に構っている暇はないぞ、行こうか。」
 「はい。」
 兵士達に指示を出すネルソン。そしてエリアス達と共にダルゴネオスに背を向けて歩き
出した。
 「バイバーイ、軟弱チビ。」
 セルドックをダルゴネオスの傍らに転がし、アカンベーをして去っていくエスメラルダ。
 「お、おーいっ!!待ってくれーっ、誰か助けてっ、見捨てないでくれーっ!!」
 しかし、誰も振りかえりすらしない。導火線の炎は恐怖を伴ってダルゴネオスの胸元に
近づいてくる。
 「ひいっ!!ひっ、ひええっ!!」
 恐怖に怯え体を激しく振るが、そんな事で火を消す事など出来はしない。
 そして・・・導火線の火がダイナマイトに到達した。
 「あっ、あ〜っ!!」
 ダルゴネオスの絶叫が響く。
 パアーンッ!!
 突然、ダイナマイトから花火が上がり、色とりどりの紙ふぶきがパラパラと舞い落ちて
きた。
 「の、のお・・・」
 顔面蒼白になって呆然としているダルゴネオス。ダイナマイトの中身は、ルナとエスメ
ラルダが花火と入れ替えていたのであった。
 口を開けたままのダルゴネオスの目の前に、1枚の紙切れがヒラヒラと落ちてきた。
 ダルゴネオスの頭上から落ちてきた紙切れには、エスメラルダ直筆による、小悪魔の姿
にデフォルメしたルナとエスメラルダの絵が描かれており、その横には(クタバレ、バカ
皇帝!!)の文字があった。
 「う、う〜ん・・・」
 口から泡を吹いた哀れな暴君は、白目を向いて卒倒した。
 「ひーん、ひーん。もう悪いことしませーんっ。」
 その横では、相変わらず泣きじゃくっているセルドックの姿があった。
 
 「やったねっ。」
 引っくり返ったダルゴネオスを見て、エスメラルダとルナは互いの手をパンと打ち合せ
て喜んだ。
 「ま、いいけどね・・・」
 稚拙な作戦(?)が大成功した事を喜ぶ妹達を、呆れて見ているエリアス。
 「あんな奴等は始末するだけの値打ちも価値もない。これであのバカ親子も懲りただろ
う。」
 フッと溜息を付いているネルソンに、仲間の兵士達も頷いている。
 「我々は結局、あの親子に躍らされていただけでしょうか。」
 兵士の質問に、エリアスは僅かに沈黙した。
 「いえ・・・全ての人間が抱える欲望に躍らされていたのよ。私達も、そして・・・ダ
ルゴネオスもブルーザーも・・・」
 悲しそうに呟いたエリアスは、手に持っていたブルーザーの鎖を宮殿に向けて投げた。
 「今、戦いが終わったわ・・・」
 複雑な表情で呟くエリアスに、一同はただ無言でたたずんでいる。
 そんな一同の前に、多くの兵士や民間人達、そして姫様親衛隊の一行が駆け寄ってきた。




次のページへ BACK 前のページへ