ネイロスの3戦姫
第10話その.1 突破口を開け
3姉妹の永きに渡る戦いは最後の戦いとなった。 攻め入る連合軍に苦戦した黒獣兵団の団長ブルーザーは、3姉妹の末妹ルナを人質に連 合軍を壊滅しようと企んだが、エリアス、エスメラルダ率いる救出隊によって、その目論 みは崩れ去った。 その混乱の最中、ルナを強奪しようとしたダルゴネオスは逆にエリアスとエスメラルダ によって倒されたのであった。 だが、3姉妹を倒す事に執着するブルーザーは、黒獣兵団を宮殿に集結させ、3姉妹と の直接対決を図った。 ネイロス、デトレイド連合軍。そして、3姉妹の戦いの行く末はいかに?
「撃て撃てーっ、奴等を1歩も近づけるなーっ!!」 宮殿から指揮官の声が響き、凄まじい銃撃が連合軍に浴びせられる。相対する連合軍は 鉄製の盾を用いて守りを固めるが、激しい弾幕に阻まれて防戦一方となっている。 「長弓隊前へ。銃撃隊を攻撃せよっ。攻撃を分散するな、集中攻撃するんだっ。」 ネルソンの声に、長さ2メートルの弓を持ったデトレイド軍長弓隊が配置につく。そし て銃撃隊を弓矢で攻撃した。 しかし、対銃撃戦用に造られた特殊なシールドで防御する黒獣兵団には、決定打を与え るに至らなかった。 双方の力が拮抗している状況が続く中、連合軍の最強兵器である投石器の導入が急がれ た。 「各班、投石器の準備急げーっ。突入の突破口を開くんだっ。」 投石器部隊の指揮に回っているデトレイド軍副官ホーネットが、投石器の準備を急がせ ていた。それは重火器を持たない連合軍にとって唯一対抗できる武器である。 しかし、宮殿の地形が邪魔となっているため、投石器の搬入が遅れている。 「投石器の準備ができるまで持ちこたえるんだ、がんばれっ。」 苦戦する兵士達を励ますネルソンだったが、このままでは連合軍が危機に陥ってしまう。 後退する事も前進する事も出来ぬまま、膠着状態は続いた。 「まだかな・・・」 準備が遅れている投石器部隊を見ているエスメラルダは、焦れて立ちあがった。 「ボク、手伝ってくる。ドラゴン・ツイスター持ってて。」 「姉様ちょっと・・・」 武器を手渡されたルナは、駆け出すエスメラルダを心配そうに見た。 「せぇーのっ・・・もっと押せーっ!!」 投石器を射程距離にまで動かしている兵士達は、全員力みながら投石器を押している。 投石器は全部で10台あるが、そのうち搬入できたのは半分の5台、連合軍にとって、 この5台が勝負のカギとなっている。 「みんながんばれっ、もうじきだよ!!」 投石器を押している兵士達に加わったエスメラルダが、自慢の強力で投石器を押し始め た。 「よいしょ、よいしょ・・・もうすぐ、もうすぐ・・・」 そしてついに投石器のうち3台が射程距離にまで移動できた。 「1番、2番、3番、セット完了っ。」 「よし、目標は宮殿前方。放てっ!!」 ホーネットの号令一過、投石器にセットされた巨石が放出されようとした、その時であ る。 宮殿から砲弾が飛んで来て、投石器の1台に着弾した。 「わあっ。」 大音響と共に投石器が破壊され、巻き添えでホーネットが飛ばされた。 「ホーネットさんっ。」 叫んだエスメラルダが、負傷したホーネットに駆け寄る。 「私に構わず、は、早く逃げて・・・」 「バカ言わないでっ。さ、立ってよ。」 ホーネットの肩を掴み、後方へと引きずっていく。他の兵士も負傷者の救出に懸命にな っている。 だが、無情な砲撃が容赦なく繰り出された。 立て続けに砲弾が飛んで来て、準備の終わっている2台の投石器を破壊した。 後には無残に壊された3台の投石器の残骸が残された。 「まだ砲弾が残ってたんだ・・・」 エスメラルダが、唇を噛んで呟いた。 黒獣兵団は別館の攻撃以降砲撃が中断していた。それを砲弾が尽きたものと思っていた が、砲弾はまだ使い尽くしていなかった。砲撃隊に残り2台の投石器を破壊するだけの余 力はある。たとえ搬入できていない投石器を繰り出しても結果は同じであろう。 ネイロス攻略部隊を撃破した時は不意打ちで勝利したが、真っ向勝負となれば投石器と 黒獣兵団の持つ最新の大砲とでは勝敗にならない。 「何てことだ・・・」 投石器が破壊されたのを見たネルソンの元に、投石器部隊の兵士が血相を変えて走って 来た。 「ネルソン指令、ホーネット副官が負傷しましたっ!!」 「なにっ!?」 「エスメラルダ姫に助けられてご無事ですが、このままでは何も出来ません。どうすれ ば・・・」 うろたえる兵士。残った2台の投石器に、もう一度砲撃を受ければ連合軍は突破口を開 く機会を失う事になる。 「奴等の砲撃が来る前に投石器で攻撃するんだっ。急げっ!!」 「は、はいっ。」 踵を返して兵士は走って行った。 黒獣兵団の銃撃隊の攻撃は徐々に強まりつつある。事態は急を要していた。 「へへ、連合軍どもめ。慌ててるぜ。」 砲撃隊の隊長が混乱しつつある連合軍を見ながら、ほくそ笑んだ。 別館攻撃で砲弾を大量に使ってしまったが、投石器を攻撃できるだけの分は残っている。 使用可能な投石器は後2台。もはや勝利は揺るぎ無いと確信していた。 「さあ、野郎どもっ。攻撃再開だ!!」 部下に命令を下す隊長。部下達は大砲に砲弾を詰める作業に専念した。 「これで連合軍もオダブツだな。」 隊長がそう呟いた時であった。 「オダブツはうぬらでござるぞ。」 隊長の背後から声がした。 「なに?」 声の方向に振り向いたが、姿は見えない。 「だれだ?ぐわっ!!」 隊長は首筋から血を吹いて倒れた。同時に大砲を準備していた兵も同様に倒れた。全員 の体に手裏剣が刺さっている。 「ぐあ、ううう・・・」 呻く兵達の目に、黒装束の男の姿が見えた。 「て、てめえは、カラスおとこ、ぐっ・・・」 「大砲を爆破するゆえ、早々に逃げるがよい。もっとも、その状態で逃げれたらの話で ござるがな。」 黒装束の男はそう言いうや否や、大砲の弾薬に火を放った。 「や、やめっ!!」 兵が驚愕の声を上げた瞬間、弾薬は轟音を上げて爆発した。 大砲のある場所から、大きな火柱が上がった。 「どうしたんだ?」 連合軍も、そして黒獣兵団も、いきなりの事態に困惑した。 大砲が爆発して仕様不能になった。投石器による攻撃のチャンスだ・・・急な事態のた め、その結論に達するまで僅かに時間を有したが真っ先に事態を飲み込んだネルソンが、 いち早く反撃の行動に出た。 「投石器部隊に伝達っ、今すぐ攻撃だ!!」 「了解っ。」 即座に伝令兵が走った。ネルソンの指令は4番、5番の投石器を準備していたエスメラ ルダ達に伝えられる。 「やったねっ。みんな準備はいい!?」 負傷したホーネットに代わり、部隊の指揮をとっていた(と、言うより士気をあおって いた。)エスメラルダが投石器部隊の全兵士に号令をかける。 「いつでもいいッスよ!!」 「そんじゃあ、いっけーっ!!」 投石器のストッパーが外され、100kgはあろう巨石が2台の投石器から射出された。 そして巨石は弧を描き、宮殿前に築かれたバリケード目掛け飛んでいった。 そして凄まじい土埃を巻き上げ、巨石がバリケードを粉砕した。 「ひ、怯むんじゃねえっ、隊列を整えろっ。」 いったん退去した兵達は、指揮官の命令ですぐさま隊列を整え銃を構える。 「そうは行かないよ。次、いけーっ!!」 再度エスメラルダが号令を送る。すると、4番投石器から石つぶての塊が、そして5番 投石器から先ほど破壊された投石器の残骸が射出された。 空中で四散したそれらは、銃撃戦を展開しようとした兵達の上に降り注いだ。 「うっわあ〜!!」 「ひいえ〜!!」 悲鳴を上げて逃げ惑う兵達。銃撃隊の前列は、ほぼ一瞬で壊滅状態になった。 「我々も攻撃だっ。長弓隊、銃撃隊の後列目掛けて撃て!!」 ネルソンの指示により、長弓隊が上空目掛け一斉に矢を放った。矢は上空を飛び、後列 の兵達の頭上へ雨あられと襲いかかった。 先程はシールドによって矢を防いでいた銃撃隊も、シールドを構える暇を与えられなか ったため、モロに矢の直撃を食らった。 「て、撤退しろっ!!」 投石器の攻撃と矢の攻撃を受けた銃撃隊は、負傷者を残して撤退を始めた。それと入れ 替わりに、手に銃剣を携えた特攻隊が宮殿から飛び出してきた。 それを見たネイロス軍司令官カーネルが立ちあがった。 「我々の出番だな。ネイロス軍突撃隊、前へっ!!」 カーネルの声を受け、ネイロス軍の兵士が剣や槍を手にして前に出た。 「突破口は開かれた。今こそ我等の勇猛さを示すのだっ。突撃っ!!」 「おおっ。」 ネイロス軍突撃隊が破られたバリケードへと雪崩れ込む。 怒涛の勢いで黒獣兵団の特攻隊が迫る。 「貴様等の最後だっ、覚悟しろ黒獣兵団っ!!」 「腐れ連合軍があっ、叩き潰してやるーっ!!」 そして両軍が真正面から激突した。 「アホどもが・・・奴等を1歩も入れるなと言ったのに・・・」 宮殿上階にいるブルーザーが、ネイロス軍と特攻隊の戦闘を見ながら、ブルーザーは鬼 のような形相で呟いた。 「だ、団長っ・・・もうお終いです・・・この戦闘、我々の負けですっ。今なら間に合 います、降伏すれば奴等も我々を・・・」 震えながら降伏を勧める手下に、ブルーザーは目を吊り上げた。 「降伏だぁ?腰抜けがっ、黒獣兵団に降伏の文字はねえっ!!」 怒声を上げ、手下を殴り飛ばした。 「フッ、面白いじゃねーか。来るなら来やがれ3姉妹ども、俺様が相手になってやるぜ! !」 武器である鎖を握り締め、ブルーザーは吠えた。もはや彼の頭には3姉妹を倒す事しか なかった。 「姉様ーっ、ルナーッ。やったよー。」 投石器部隊から戻ってきたエスメラルダがエリアスとルナに声をかけた。 「はい、これ。」 「ありがとね。」 ルナに預けていたドラゴン・ツイスターを手渡されたエスメラルダは、ルナと共にエリ アスの顔を見た。 「行くわよ2人とも、準備は良い?」 太陽の牙を携え、エリアスは妹達に向き直る。 「もっちろん。」 「あのヒゲゴリラ、やっつけてやるわ。」 元気よく答える妹達に、エリアスはコクリと頷いた。 「行くのですね、エリアス姫。」 最後の戦いに望む3姉妹を、ネルソンが心配そうに見ている。 「心配してくれてありがとう。でもこれが最後です。それに、頼もしい妹達が一緒です から。」 ネルソンにそう告げるエリアス。妹達も無言で頷いている。 「そうですか。でも奴は、ブルーザーは強敵です。どんな方法であなた達を待ち構えて いるかわかりません。油断はしないで。そして・・・必ず帰って来て下さい。」 「ええ、必ず。」 エリアスはそう言うと、ネルソンの頬にそっとキスをした。 「エリアス姫・・・」 ニッコリ微笑むエリアスの目には、ルナを助けに向かった時のような悲壮感はなかった。 必ず生きて帰る・・・彼女の目はそう語り掛けていた。 「御武運を。」 ネルソンの言葉を胸に、エリアス達は宮殿に向かった。 「ねえ、姉様。」 宮殿に進むエリアスに、エスメラルダが声をかけた。 「なに?」 「姉様は、その、ネルソン司令の事・・・」 姉はネルソンに特別な感情を抱いているのでは・・・姉の行動からそれを察していたエ スメラルダは、口篭もりながら尋ねた。 「えっ、何て言ったの?聞こえなかったわ。」 走りながらだったので、エスメラルダの言葉はエリアスに聞き取れなかった。 「だからその・・・」 「エスメラルダ姉様。」 言おうか言うまいか迷っているエスメラルダの横腹をルナがつついた。ルナも同じ様な 事を考えていたのだ。 「あー、いや。なんでもないよ、なんでも。」 「?・・・変な子ね。」 エリアスは特に疑問も抱かず走り続けた。 姉とネルソンの間でどんな事があったのかは妹達は知らない。でも、2人が信頼や誠意 を超えた思いで結ばれようとしているのは事実だった。 でも、今はそんな事に構っている時ではなかった。 「今は聞かない方がいいよ。」 「うん、そうだね。」 妹達は互いに頷きあいながら、姉の後に続いた。 「エリアス姫ーっ!!」 宮殿に向かう3姉妹の前に、3人の兵士が走り寄ってきた。 「あなた達は。」 「あ〜っ、だ、ダスティンさんっ。」 驚く3姉妹。中でもエスメラルダが1番驚いている。 彼等は、ネルソンと一緒にエリアス達を助けに来たネルソンの部下、ダスティン、スミ ス、ジョージの3名であった。 ダスティンとスミスはネルソンの部隊の各班長を勤めており、ジョージはまだ10代後 半の血気盛んな若者であるが、ネルソンにその才覚を認められ、ネルソン直々に戦術の指 南を受けている愛弟子であった。 「我等、姫様方のお供を仕ります。ご迷惑は承知の上ですが、どうか御一緒させてくだ さい。」 頭を下げるネルソンの部下達に、少し困ったような顔をする3姉妹。 「ネルソン司令に言われたの?」 「いえ、これは我々の意思で参りました。あなた達を守りたいんです。」 答える3人に、エリアス達は顔を見合わせた。 「いいんじゃない?みんなで力を合わせればね。」 ルナが答える。 「そうね、一緒に黒獣兵団を、ブルーザーを倒しましょう。」 「は、はいっ。」 エリアスの言葉に、3人は快く返答した。 「あ、あの〜、ダスティンさん・・・あれは、大丈夫?潰れてない?」 エリアスの後ろに隠れながら、エスメラルダがダスティンに恐る恐る質問している。 「ああ、あれね・・・大丈夫ですよ・・・一応。」 エスメラルダの早とちりで股間(!!)を蹴飛ばされていたダスティンは、怪訝な顔で 返答している。 「そ、そう。そりはヨカッタ・・・」 「どーしたのよ一体。」 愛想笑いしているエスメラルダを、不振な目で見ているエリアスとルナだった。 その頃、黒獣兵団の特攻隊と激突していたネイロス軍突撃隊は、激しい特攻隊の攻撃に 苦戦していた。 「ぬああっ!!」 ロングソードを振りかざす司令官カーネルは、並み居る黒獣兵団の兵達相手に奮戦して いる。 「クタバレ、ネイロスのクソがっ。」 叫んだ兵の1人が、カーネル目掛けて発砲した。弾丸がカーネルの肩を貫通する。 「くっ・・・ふ、不覚っ。」 よろめくカーネルに、銃剣を構えた特攻隊達が襲い掛かってくる。 「地獄に行きやがれジジイッ!!」 「なめるなチンピラどもっ、ネイロス武人の闘志、見せてやろうぞっ!!」 ロングソードが唸り、襲ってきた兵達を薙ぎ倒した。 「ハアハア・・・やはり歳には勝てぬか・・・」 肩を押さえ、カーネルは呟いた。齢60を目前にした彼の肉体は、激しい疲労に苛まれ ている。 だが、引くわけには行かない。老骨に鞭打ち、再びロングソードを構える。 「ぐあっ!?」 カーネルの太ももに激痛が走った。弾丸が太ももを撃ち抜いたのだ。 「やったぜっ。」 カーネルを狙い撃ちした兵が嬉々とした声を上げる。 「カーネル司令っ。」 司令官のピンチに、ネイロス軍の兵士が駆けつけてくる。 「お、お前達・・・」 「大丈夫ですか、我等がお守りします。」 兵士は司令官を囲んで防御の体制を取った。そんな彼等に、凶悪な兵達が迫る。 「これまでか・・・」 万事休すのカーネル。覚悟を決めた彼の耳に、ネイロスの戦姫の名を呼ぶ声が聞こえた。 「姫様だーっ。姫様方が来られたぞーっ!!」 破られたバリケードの方向から、兵士達の歓声が上がる。 「姫様がっ?」 突然の事に、カーネルは驚いた。それは黒獣兵団の兵達も同様だった。 「今だ。」 カーネルを守っていた兵士達が、驚いている兵達の隙をつき、司令官を連れて逃げる。 「待ちやがれっ。」 追っ手を振り切り、カーネル達は歓声の上がる方向を目指した。 そこでは、バリケードの外側から突入してきた一群と黒獣兵団の兵達が交戦していた。 「我が剣を受けてみよっ、サウザンド・ファーングッ!!」 掛け声と共に、幾千もの閃光が煌く。 「食らえーっ、トルネード・クラッシャーッ!!」 豪声一発、数人の兵が吹っ飛んだ。 「逃げないと撃つわよーっ!!」 2丁の拳銃からゴム弾が連射され、兵達を撃ち倒す。 「うわ、わあーっ。」 虚を付かれた兵達は、突如参戦してきた一群に恐れをなして敗走する。 「おお、あれは・・・姫様方っ。」 カーネルの口から喜びの声が上がる。 兵達を蹴散らし、進んでくる者は・・・そう、ネイロスの戦姫だ。