アルセイク神伝
第5話その3.大いなる希望
「上で一体何が起きているんだ?」 暴れるラスと、周囲で巻き起こる爆音に奴隷達は魔城の上をじっと見つめている。 「もしかしたら・・・誰かがラスと戦っているんじゃ・・・」 奴隷の1人がそう呟いた。 それがきっかけとなって、奴隷達が騒ぎ始めた。 「そうだ、誰かがラスを倒そうとしているんだっ・・・」 ざわめく奴隷達。だが、監視役の魔族が鞭を振り回して奴隷達を制した。 「静かにしろっ、てめえら・・・誰かがラス様を倒そうとしてるだと?ラス様が倒される事なんて万が一にもねーんだよ。大人しく・・・」 魔族は言いかけてハッとした。奴隷達の視線が魔城の一角に釘付けになっているのだ。振りかえってその視線を追ってみた。魔城の一角に誰かが立っている。 「あれは・・・」 魔城の一角に立つ人物は片手に光る剣を携えている。そしてその剣を高々と翳した。 「皆の者っ、我はフィル王国、国王カルロス・ランスフィールドであるっ!!ラスに奪われし皆の希望は我が取り返すっ。皆、我に続けっ、我等が勝利は目前であるっ!!武器を取り、魔族に立ち向かうんだっ!!」 凛とした声が魔城の周囲に響いた。そして奴隷達の間から、おおっと言う声が沸きあがった。 「あれはカルロス王だっ・・・生きておられたんだっ!!」 奴隷達の声は大きな歓声に変わった。まるで津波の様に歓声が辺りを揺るがした。 「なんだこれは?」 魔城の隅にボーエンを追い詰めていたラスは、周囲に巻き起こる歓声に途惑い、攻撃の手を止めた。 「こ、これは希望の波動・・・まさか・・・民どもが・・・」 声を震わせるラス。絶望を糧にしているラスにとって、大いなる希望ほど忌まわしいものはない。 「ぐ、ぐがああ〜っ、カルロスめーっ!!」 残った片手で頭を抱えてうずくまった。 「やっただな、カルロス王。」 すんでの所で助かったボーエンは、魔城の一角に立つカルロスを見て笑った。 奴隷達の歓声を受け、カルロスの手にした聖剣が黄金の眩い光を発した。皆の希望が聖剣に集い、無敵の力を宿した瞬間だった。 「我等の希望は潰えていなかったんだっ、カルロス王に続けーっ!!」 奴隷達は自由を奪っている鎖を断ち切ると、一斉に魔族に立ち向かっていった。 「ま、待てお前等・・・おとなしくし、だあっ!?」 一斉蜂起した奴隷達に、監視役の魔族達は虚をつかれて逃げ惑った。 「うわーっ、兵隊どもを呼べっ、は、はやく、ひえ〜っ!!」 形勢を逆転された監視役達は、兵隊の応援を要請した。 だが希望を取り戻した民達の前に、魔族達は次々打ち破られる。 「ありがとう、みんな・・・これでラスを倒せる!!」 民の希望を受けて光り輝く聖剣を手に、カルロスは再びラスに立ち向かって行った。 「ボーエンっ、大丈夫かっ!?」 ラスの元から慌てて逃げてきたボーエンを迎えたカルロスは、呻き声を上げるラスに目を向けた。 うずくまっていたラスは、全身を怒りで震わせながら立ちあがり、カルロス達を睨み据えた。 「ククク・・・おもしろい・・・おもしろいぞ貴様等っ、人間の分際でここまでやるとはな・・・神王めにやられた時以来か・・・だが、貴様等の微々たる希望など全て叩き潰してくれるっ。遊びは終わりだーっ!!」 ぐおおーっ、ラスは吼えた。 凄まじい咆哮が辺りに響く。そして背中のたてがみが雷と炎を纏って逆立った。 「我が力を受けてみろーっ!!」 ラスのたてがみが激しく震動し、凄まじい雷撃と爆炎がカルロス達に襲いかかった 「なんのっ。」 ボーエンは首飾りを掲げ、バリアで攻撃を受けとめた。だが、今度の攻撃は先程とは桁が違う。聖剣の力を合わせなければ、たちどころに粉砕されてしまう。 「くっ、聖剣に力が足りなかったら・・・お終いだったな。」 苦悶の表情を浮かべて攻撃に耐えるカルロス。 「こ、これじゃあ、守るのが精一杯だべ。」 防戦一方のカルロス達に、ラスはニヤリと笑った。 「クク、しぶとい奴らめ、これでどうだーっ!!」 ラスがその巨大な頭を前に振りかぶった。すると、たてがみの毛が鋭い矢と化して放たれ、カルロス達を守っているバリアに突き刺さった。 「うあっ!?ば、バリアが!?」 驚愕の声を上げるボーエン。なんと、爆炎や雷撃ですら跳ね返したバリアに、たてがみの矢が次々突き刺さったのだ。 「うああ・・・もうダメだべ・・・」 「弱音を吐くなっ、ふんばれっ!!」 気合を入れるカルロス。すると僅かに光りが増幅され、突き刺さった矢が弾かれた。 「小癪なっ!!」 再度頭を振りかぶるラス。今度は雷撃、爆炎、たてがみの矢が一斉にバリアに放たれた。 「うわああーっ!!」 絶叫するカルロス達。さしものバリアも、一篇攻撃を受けることは出来なかった。 爆風と供に2人の体が吹き飛んだ。 瓦礫の山に叩きつけられ、激痛でのた打ち回った。 「ううっ・・・だ、だいじょうぶか?ボーエン・・・」 「カルロス王こそ・・・」 首飾りと聖剣の力で辛うじて生き延びてはいたが、2人のダメージは大きかった。次に攻撃を食らったら助からない。 「所詮、貴様等の希望などこんなものだ、死ねいっ。」 ラスがたてがみを振りかざそうとしたその時である。 魔城の周囲から、ものすごい声援が巻き起こった。 「カルロス王っ、カルロス王っ!!」 それはカルロスに向けて送られた声援であった。魔族の兵隊達と戦っている民達が、絶体絶命のカルロスを励ましているのだ。 「みんな・・・」 聖剣に再び力が宿る。 「ぬうう〜っ、うるさいぞ・・・だまれーっ!!」 ラスは声援を送る民達目掛け、雷撃を放った。雷撃を食らった民達が吹き飛ばされる。 「食らえウジ虫どもーっ!!」 雷撃を次々放つラス。その度に民達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。 「い、今のうちに・・・」 ヨロヨロと立ちあがったボーエンは、首飾りでカルロスの怪我を治し、体力を回復させた。 「お前、肩に矢が刺さってるぞ。」 ボーエンの肩にたてがみの矢が刺さっている。 「えっ?あ、ほ、ほんとだべ。」 カルロスの声に慌てて矢を抜いた。全身を襲う激痛の為、矢が刺さっている事に気がつかなかったのだ。 「こんなの怪我のうちに入らねえだ、すぐに治して・・・なおし?あ、あれ?」 首飾りを使って傷を治そうとするが、傷が治らない。体力も回復しない。一体どうしたと言うのか。 「あう・・・め、目が回るだ・・・」 肩の傷を押さえて昏倒するボーエン。 「おいっ、しっかりしろボーエン!!」 ボーエンを起こそうとしたカルロスは、足元に落ちているたてがみの矢を見てハッとした。 「まさかこれは・・・」 「そ、それ、毒矢だべ・・・」 声を震わせるボーエン。たてがみの矢から、黒い液体がにじみ出ている。首飾りの癒しの力ですら無力化する、恐るべき猛毒が矢に塗られていたのだ。 「ボーエンっ!!」 カルロスは思わず叫んだ。だが、猛毒が全身に回り始めたボーエンは、立ち上がる事が出来なくなっていた。 「くっ・・・」 民達を攻撃しているラスを睨むカルロス。 ラスの雷撃によって、ほとんどの民達が魔城の外へと逃げ出していた。 魔城の周囲に集まっていた民を退けたラスは、忌々しそうにツバを吐き捨てた。 「フンッ、思い知ったか・・・」 きびすを返したラスは、カルロス達に止めを刺すべく歩きだした。 「むうっ?奴らはどこにいる。」 崩れている魔城の上部を見回すが、カルロス達の姿が見えない。逃げたのであろうが、怪我をしているからそう遠くへは逃げられないはずだ。 「フッ、ネズミどもが、逃がしはせんぞ。」 ラスはカルロス達が隠れていそうな場所を片っ端から破壊し始めた。 「そうらっ、出て来いネズミめがっ!!」 雷撃が壁を破壊し、爆炎が床を焼き尽くした。 その頃、カルロス達は先程ルクレティア達を逃がした床の穴から、下の階に逃げていた。 「ラスめ、今に見ていろ。」 上で暴れているラスの足音を聞きながら、カルロスは悔しそうに呟いた。