アルセイク神伝
第二話その1.晴れやかな挙式
神都アルセイクが魔王ラスの手先である魔導師ヒルカスの襲撃を受けてから早1年が経
っていた。
アルセイクを制圧したラスは、その後、領土を拡大すべく魔界の軍隊を各地に送りこみ、
その全てを掌握していた。制圧された国の民は、男であれば奴隷にされ、女であれば魔族
の慰み者にされた。
軍事的に比類なき強硬さを誇っていた国ですら、魔族の軍勢には手も足も出なかった。
しかも魔族の軍隊は神出鬼没。黒い闇の中から突如現れたかと思うと、瞬く間に全てを蹂
躙して奪い去って行く。後に残されるのは草木も生えぬ不毛の大地のみであった。
こうしてアルセイクの周辺諸国を全て制圧したラスは、新たなる標的として、海洋上に
ある島国をも手に入れようと画策していた。そしてその矛先は、若き国王カルロス・ラン
スフィールドがおさめるフィル王国に定められた。
その日のフィル王国は、国王カルロス・ランスフィールドと、隣国の姫君フィオーネ姫
との挙式を控え、お祭りムード1色に染まっていた。
カルロス王は19歳という若さでありながら、類まれなる知性を持つ国王として、また
比類なき剣術の達人として国民は元より、周辺諸国においても双賢王と呼ばれ慕われてい
た。
そんなカルロス王の幼馴染であり、幼少よりの許婚であったフィオーネ姫との挙式は、
全国民の一大イベントとして盛大に執り行われる事となっていた。挙式を前にして緊張を
隠せないカルロス王は、いつになくソワソワしながら挙式の時を待っていた。
「なあ、ロベルト。これ、少し派手じゃないのか?」
挙式の正装をしたカルロス王は、赤と紫を主体とした服に途惑いながら、初老の家臣に
声をかけた。
「そんな事はありません、大変お似合いですよ。双賢王たる陛下とフィオーネ様の門出
にふさわしい装いでございます。なにせ国一番の仕立て屋に作らせた絶品でありますから。
ささ、こちらをご覧下さい。」
家臣はそう言いながら、カルロスを姿見の鏡の前に立たせた。
「悪くないな、お前がいいと言うなら間違いは無いだろう。」
鏡を見ながらカルロスはそう言った。
カルロス王は文武においても比類無いが、それにふさわしい容姿の持ち主でもあった。
聡明さを湛えた相貌と、幼少より多くの武人達から指南を受けて鍛えてきた肉体は王と
して名乗るのに相応しかった。
「フィオーネは何をしているかな・・・フィオーネの事だ。またワガママを言って皆を
困らせているだろうな。」
「フィオーネ様がですか?」
「ああ、この前も私が主催した晩餐会に着ていく服が無いとかで侍女たちを困らせてた
からな。いつまでたっても子供みたいで先が思いやられるよ。」
そう言ってはいるが、カルロスの顔はやけにうれしそうだった。
「それはもう、フィオーネ様が陛下に一番晴れやかな姿を見て頂きたいと言うお気持ち
からでしょう。ワガママとはとても思えません。」
「そうだな。」
照れた顔で答えるカルロス。
「陛下、お時間でございます。」
控え室の外から、執事の声が聞こえてきた。
「では、いってくるぞ。」
「はい。」
執事達を伴い、王宮の外で待たせている馬車に乗ったカルロスは、愛しいフィオーネの
待つ教会へと急いだ。
教会では大臣や家臣達、そして挙式に招待された諸国の重鎮達が挙式の開催を心待ちに
していた。
やがて大臣達による挙式を祝う式辞が済み、カルロス王と挙式を執り行う司祭が教会に
姿を見せた。
そしていよいよ新婦フィオーネの入場となった。
「フィオーネ様のご入場です。」
家臣の声と共に、厳かなパイプオルガンの調べが教会に流れ、純白のウェディングドレ
スを纏ったフィオーネが教会に入場してきた。
「おお、なんと御美しい・・・」
バージンロードを静々と歩くフィオーネの姿を見た人々の間から、溜息が漏れた。その
人々の拍手に迎えられ、カルロス王の前に歩み寄るフィオーネ。
「陛下。」
まだ幼さが残る少女の様に、あどけない微笑みを浮かべてカルロスを見るフィオーネは
正に、地上に舞い降りた天使であった。
「綺麗だよ・・・フィオーネ・・・」
フィオーネの美しい姿に思わず呟くカルロス。
「ありがとうございます陛下。」
答えるフィオーネの純真なる美しい瞳は眩いばかりに輝いていた。
カルロスとフィオーネは、幼い頃に2人の親の取り決めで婚約した。政略的な関係を結
ぶための婚約だったが、幼かった2人には、そんな事はどうでもよかった。2人は本当の
兄妹の様に、いやそれ以上に仲睦まじく過ごしてきた。
やがて2人は思春期を迎え、御互いの淡い恋心を胸に、可憐な乙女と凛々しい青年に成
長していった2人。心優しいフィオーネ姫と誠実なカルロス王子は誰もがうらやむほどの
カップルとなった。
カルロスの父である先代国王が逝去し、カルロスが王子から王となったのは、カルロス
がわずか15歳のときであった。
王となったカルロスは国政を精力的に勤め、フィオーネの祖国との外交も積極的に行っ
た。無論それは婚約による義理を果たすためではなく、フィオーネと、フィオーネの祖国
を想ってのことである。
両国の国民は2人の挙式を諸手を上げて祝ったのは言うまでも無い事であり、フィル王
国の首都には2人の門出を祝福する多くの人々が集まった。
司祭による神聖な成婚の儀式が執り行われ、2人は指輪を交換した。
カルロスとフィオーネは頬を染め、互いの目を見詰め合った。
「これで私は陛下の妻になるんですね。」
「そうだよ、君は僕の妻、ずっと一緒だ。」
誓いの口付けを交わす2人。
教会から拍手と歓声が沸き起こった。
教会のテラスに姿を見せた2人に、教会の周囲に集まった大勢の群集が歓喜の声で迎え
た。
「おめでとうございます、陛下、姫様っ。」
「カルロス王バンザーイ、フィオーネ王妃バンザーイ!!」
歓声を送る群衆に、手を振って答えるカルロスとフィオーネ。
晴れやかな挙式は、このまま何事も無く終わる・・・はずだった。青空を見上げた群集
の1人が、驚愕の声を上げるまでは。