アルセイク神伝


 神都アルセイク。そこは王国の中央に位置する、至福と豊潤を司る若く美しき神姫、ルクレティアの住む都である。  ルクレティアは天上界の神王の娘であり、永遠の命と全ての生命を蘇らせる力を持っていた。  その力を持って民に平和と富をもたらすルクレティア。  都には光が満ち溢れ、民は恒久なる平和を与えてくれるルクレティアを神姫と称え、幸せな生活を送っていた。  だが・・・その平和な世界も、1人の邪悪な男によって破られる事となった。アルセイクを支配しようと企んだ魔導師ヒルカスは、暗黒の魔王ラスと契約を結び、暗黒の力を我が物にした。そして、魔界の軍隊を率いてルクレティアの住む宮殿を急襲したのであった。
 
第一話その1.囚われた神姫

それはあまりにも突然の事であった。うららかな午後の日差しが突如として出現した黒い 雲によって遮られ、神都アルセイクは暗黒の闇に閉ざされてしまった。  そして都の前に現れた巨大な黒い影から、魔界の軍隊が姿をあらわしたのである。  平和に満ち溢れていた神都アルセイクは、もともと都を守護する警備兵など存在してい なかった。争いを嫌うルクレティアは、警備兵の変わりに都の周辺に結界をはっていたが、 魔界の軍隊はその結界を破り、都に侵入してきたのだ。  瞬く間に魔界の軍隊によって蹂躙される都。逃げ惑う民は次々と魔族の餌食となり、美 しい都は紅蓮の炎に包まれた。  猛威を振るう魔界の軍隊は、ついにルクレティアの宮殿に牙を剥いた。  「姫様っ、ここは危険です。早く宮殿の奥へ!!」  「一体誰が、こんな事を・・・」 炎に包まれるアルセイクを悲痛な目で見ていたルクレティアは家臣の声に振り向いた。そ の時である。  「ぐあっ!!」  家臣が悲鳴を上げた。宮殿の壁を突き破って、イカの足の様な触手が飛び出してきたの である。触手に跳ね飛ばされた家臣は床に叩きつけられ動かなくなった。  「セネカっ!?」  家臣の名前を叫ぶルクレティア。だが、彼女に家臣を気遣う暇はなかった。家臣を打ち のめした触手は、ルクレティアの体に巻きつくと彼女の体を持ち上げて宮殿の外へと引き ずり出して行った。  「た、たすけて・・・っ!!」  ルクレティアの声が空しく宮殿に響く。  やがて触手はルクレティアを捕らえた事を周囲に示すかのように、ルクレティアの体を 高々と持ち上げた。  「こ、これは・・・」  触手によって高く持ち上げられたルクレティアの目に、地面から飛び出している触手に よって白亜の宮殿が無残にも打ち壊され、その中からルクレティアに仕える侍女達が触手 によって引きずり出されている有様が映った。  家臣達は迫り来る魔族たちに抵抗したが、多勢に無勢、瞬く間に血祭りに上げられてし まう。  「ああ、みんな・・・あっ!!」  不意にルクレティアが声をあげた。彼女を捕らえている触手が急に動き出し、宮殿の庭 にルクレティアを放り出したのであった。  「う・・・」  地面に叩きつけられた苦痛を堪えながら起き上がったルクレティアの前に、黒い不気味 な馬車が近寄ってきた。その周囲には、町を蹂躙し終わった魔族が集結している。そして、 馬車の中から、黒い服を纏った男が姿を見せた。その顔は黒いフードに覆われていて、口 元以外を伺う事は出来ない。  「フフフ・・・ついに復讐の時がきた・・・」  男は口を歪めて笑うと、気丈に立ち上がるルクレティアの前に立った。男の周りに大勢 の魔族が取り巻いており、男が馬車から降りると一斉に跪き男に敬意を示した。  「あなたは一体何者です!?何の目的でこんな事を・・・」  気丈な目で睨むルクレティアを嘲笑うように男はルクレティアを見据えた。  「姫様。この私をお忘れですか?」  男はそう言いながらフードを外した。男の顔は何年間も日の光を浴びていないかのよう に青白く、病的なまでに薄気味悪い。そして、その顔を見た途端、ルクレティアは驚愕の 声を上げた。  「・・・あなたは、ヒルカス!!」  不敵に笑うその顔に見覚えがあった。いや、忘れるはずが無かった。  その男は、かつてルクレティアに仕えていた家臣、ヒルカスだったのだ。  「侍女に暴行を働いた罪でアルセイクを追放されたあなたがどうして・・・」  「侍女に暴行・・・そうでしたねぇ、確かそんな事がありましたな。まあ、そんな些細 な事は忘れましたがね。」  白々しく言うヒルカスに怒りの表情を浮かべたルクレティア。  「些細な事ですって!?あなたが侍女に何をしたか、忘れたとは言わせませんよ!!強 姦された侍女がどれほど辛い目にあったか・・・それなのに、追放された事を逆恨みして このような真似を・・・断じて許せません!!」  「ほう・・・許せなかったらどうだと言うんだ?」  急にヒルカスの口調が変わり、ヒルカスの全身がザワッと振るえた。なにか、とてつも なく邪悪な気配が、ヒルカスの身体から湧き出していた。  「笑わせるな。たかが侍女1人に大騒ぎしやがって、お前にアルセイクを追放され、全 てを失った俺がどんな思いで生きてきたか、お前には分かるまい・・・」  憎悪に歪んだ目でルクレティアを睨むヒルカス。その眼光を受けたルクレティアは、恐 怖のあまり身動きが取れなくなった。  なにか違う・・・ルクレティアの知っているヒルカスとは違っていた。まるで邪悪の化 身だ。  以前のヒルカスは小心者で卑屈な男だった。だが、これほどまでに邪悪ではなかった。  もしかして・・・ルクレティアの脳裏に嫌な予感が過った。  「あなたは、悪魔に魂を売り渡しましたね・・・」  「そうとも、お前に復讐するためなら俺はどんな事でもやってやる。そう・・・どんな 事でもな!!」  ヒルカスはそう言い放つと右の掌をルクレティアにかざした。そこには奇怪な紋章が描 かれていた。  「そ、それは魔王ラスの紋章っ。」  ルクレティアは驚愕した。  魔王ラス。それはルクレティアの父である神王の宿敵であり、破滅と暗黒を支配する地 獄の魔王であった。  「魔王ラスは確かお父様が魔界に封印していたはず、まさか・・・あなたが・・・」  「ククク、そうだ、この俺が封印を解いたのだ。それと引き換えに、俺は魔王ラス様か ら偉大なる暗黒の力を賜り暗黒の魔導師となった。言っておくが俺の力を見くびらん事だ。 もはや俺はお前の知っているヒルカスではない。見るがいい。」  ヒルカスはそう言うと右手を上げた。それに答えるかのように、侍女達を捕らえた触手 が周囲に集まってきた。まるで触手がヒルカスの手足そのものであるかのように動いてい る。ヒルカスは侍女達を指差した。  「俺の言う事を素直に聞き入れるなら、侍女達を解放してやろう。だが逆うと言うのな ら、こいつらの命は無い。俺の命令1つで全員八つ裂きになるぞ。まあ、慈悲深いお前の 事だ。見捨てるなどできんだろうがな、フフ・・・」  「なんて卑怯なっ。」  余地の無い選択を迫られたルクレティアは声を詰まらせた。  「姫様っ、そんな男の言う事など聞いてはなりません!!私達にかまわず早くお逃げを・ ・・きゃああ!!」  侍女が悲鳴を上げた。触手で締め上げられたのだ。  「フン、うるさいぞ、黙っていろ。」  侮蔑の篭った目で侍女を睨むヒルカス。  「さあ、どうする。俺の命令に従うか否か、答えを聞かせてもらおうか。」  ルクレティアに迫るヒルカス。卑劣なヒルカスの命令に従う事が出来るわけが無い。  だがヒルカスは非情な男だ。逆らえば人質の命は無いだろう。家臣や侍女達はルクレテ ィアにとって何者にも変えがたい存在だ。彼女等を命の危険にさらすわけには行かない。  「わかりました・・・あなたの言う通りにします。その代わり、家臣や侍女達の命は助 けて・・・」  「なんだその返事は、お願いしますと言え。」  「・・・お願い、します・・・」  声を振るわせ、ヒルカスの横暴な態度に耐えるルクレティア。  ルクレティアは誰よりも優しく、そして誰よりも慈悲深い心を持っている。ゆえに人質 を助けるためなら、命を捨てる事も辞さない。その性格を逆手に取られてしまったルクレ ティアには、もはや選択の余地は残されていなかった。  観念したルクレティアに、ヒルカスはニヤリと笑う。  「ではさっそく命令を聞いてもらうぞ。いますぐ身に着けている物を全て脱いでもらお う。靴も下着もだ、いいな。」  反抗できないのをいい事に、神姫たるルクレティアに無体な命令を下すヒルカス。  「そ・・・そんな・・・」  情け無用の命令に、ルクレティアは言葉を失った。  「ほう?できんと言うのか。」  「・・・」  ルクレティアは無言のまま、震える手で靴を脱ぎ、純白のドレスを脱いだ。  「なかなかいい体つきだな。」  ヒルカスは陰湿な目でルクレティアの身体を眺めた。  スラリと長い足、細く繊細な手、くびれた腰。神姫であるルクレティアのプロポーショ ンは、完璧と言っても過言ではなかった。  ブラジャーをつけた豊満な胸を両手で覆い隠し、顔を赤くしながら、ブルブルと恥辱に 震えているルクレティア。  「どうした、俺は下着も全て脱げと言ったはずだ。今更できんとは言わんだろうな。」  「そ・・・それだけは・・・」  「嫌なら人質に死んでもらうまでだ。」  その時である。ヒルカスは何者かの気配を感じ、振り返った。その頭めがけ、石が飛ん できたのだ。

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