魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫19)


  第86話 戦女神の涙、そしてマリエル王子の決意
原作者えのきさん

 暮れ行く雨空の下、アンジェラは膝を抱えて巨大クレーターを見つめていた。
 雨に打たれ、びしょ濡れになっている彼女の目は虚ろで精気がない。
 復讐の全てを終えたアンジェラの心が、ポッカリと穴が開いたように空虚になっている
のだ。
 夕闇がクレーターを覆い尽くし、何も見えなくなっても、アンジェラは同じ場所を見つ
め続けていた。1人無言で座り込む彼女の元に、水溜まりを蹴って走ってくる者がいた。
侍女のマリーだ。
 「姫さまーっ、逃げた人はみんな助かってましたわーっ。」
 マリーは逃亡した者達の安否を確認するため、アンジェラの元を離れていたのだ。
 大急ぎで戻ってきたマリーは、座ったままのアンジェラを心配する。
 「もう、まだこんなとこで座ってたんですか?カゼ引きますよって・・・姫さま、聞い
てます?」
 「・・・聞いてる、わたし、カゼなんかひかない・・・」
 不死身の魔戦姫となった彼女が、雨に濡れてカゼなどひく事はない。むしろ、心の痛手
が心配になる。
 アンジェラはノクターンで過ごした思い出を、壊れたレコードのように呟いていた。
 「・・・私が六つの時だったかな、父上と母上に、初めて海へ連れて行ってもらったの・
・・船に乗って、海で泳いで・・・楽しかった・・・八つの時に、シルクのドレスおねだ
りして、買ってもらったの・・・うれしかった・・・私が12の時ね、マリエルが生まれ
たのは・・・私ったら、マリエルにヤキモチ焼いてたのよ・・・だって、みんなマリエル
ばっかりかまうんだもん・・・その次の年だったわね、マリーと出会ったのは・・・侍女に
なってくれて、父上も母上も家族が増えたって喜んでたのよ・・・でね、それでね・・・」
 同じ事を、繰り返し繰り返し呟き続けているアンジェラを見て、先程からずっと、感傷
に浸り続けていたのだとマリーは知った。
 「姫様・・・辛いですけど、しかたないです・・・」
 全てを失ったアンジェラに、慰めの言葉も見つからないマリーは悲痛な顔で黙した。
 肩を寄せ合い、雨に濡れていた2人の頭上に、傘が差し出された。見上げると、そこに
は傘を手にしたリーリアが立っている。
 「・・・これで復讐は終わりましたね。悪の全ては費えました、時間はかかるでしょう
けど、残された人々は必ず立ち直りますわ。」
 「リーリア様・・・」
 切ない顔のアンジェラとマリーを見てリーリアは・・・2人が最も望んでいた慰めの言
葉を口にした。
 「2人とも良くがんばりましたわね、今は何も考える事はありません、思いっきり泣き
なさい。」
 「り、リーリアさま・・・うわああーんっ。」
 堰を切ったように、2人はリーリアの胸に縋って泣いた、子供のように・・・泣きじゃ
くった。
 「わ、わたし・・・憎しみで狂って・・・戦女神の名を汚してしまいましたわっ。わた
し・・・グリードルが・・・ガルダーンが何もかも憎くて・・・わああっ。」
 「うち・・・国王様とお妃様を助けられなかったんです、うちに優しくしてくれた・・・
ほんまのお父さんとお母さんみたいな御2人を・・・ああ〜んっ。」
 2人の涙を、癒しの雨は静かに拭ってくれる。
 ただひたすら、2人は優しいリーリアに抱かれ、泣き疲れて眠るまで、泣き続けた・・・

 ガルダーンの首都を壊滅させた大爆発は、遠く離れたノクターンの地でも確認された。
ガルダーン軍が全滅し、侵略する者がいなくなったノクターンでは、事の子細を調べるた
め、ヘインズ提督率いる軍勢がガルダーンに向っていた。
 何の諍いもなく、無事ガルダーンの国境を超えるノクターン軍。今まででは考えられな
かった事だ。
 やがて首都近郊まで辿り着いたノクターン軍は、信じられない光景を目の当たりにする。
 広大で強大だった首都が、根こそぎなくなっているのだ・・・
 兵は皆、驚きで声を失い、虚しさを感じた。怒りは消え、憎しみは去った。
 兵士の1人が、ヘインズに尋ねる。
 「・・・提督、これって天誅ってやつですかね?」
 「う、うむ・・・神が悪を滅ぼしたにしては、度が過ぎている気もするが・・・」
 破壊力の凄まじさは、クレーターを見れば理解できる。破壊力の大きさは、ガルダーン
や暴君が行った悪行に比例する。
 神(?)の悪への裁きとは、かくも莫大であるかを皆は感じていた。
 呆然とクレーターを見ていたヘインズは、背後で騒がしい声がするのを聞いて振り返っ
た。
 「おいみんなっ、王子様がおられるぞ!?」
 騒ぎの渦中には、ノクターンにいるはずのマリエル王子の姿があった。どうやら、荷車
に隠れてついてきたらしい。
 「まったく王子様は、あれほど国で待っておられるよう言いましたのに・・・」
 驚いて駆け寄ったヘインズに、マリエル王子は声を弾ませて尋ねた。
 「戦女神のアンジェラがガルダーンをやっつけたって本当なの!?」
 ヘインズは声を詰まらせた。
 「う・・・そ、それは・・・いえ、アンジェラが現れたのではなくて・・・ガルダーン
の首都が謎の爆発でですね・・・」
 「ねえ、アンジェラはどこにいるの?ねえ提督ーっ。」
 ヘインズは返答に困っていた。彼は・・・マリエル王子を安心させるため、アリエル姫
が戦女神アンジェラの名を借りて、ガルダーンと戦っていると話していた。戦いが終わっ
たら、アリエル姫は帰ってくるとウソをついていた・・・
 虚言を信じ込んでいたマリエル王子は、一刻も早く姉に会いたくて、ヘインズ達の後に
ついてきたのだ。
 だが、アリエル姫はどこにもいない。いるはずもない。
 ヘインズは深く溜め息をつき、マリエル王子の肩に手を置いた。
 「王子様・・・こちらをご覧になってください。」
 指差す方向を見ると、あるのは虚空のクレーターのみ・・・
 誰もいない巨大な穴は、(姉上はいない・・・)そう告げていた。
 マリエル王子は、呆然と立ち尽くした。信じたくない事実・・・認めたくない現実・・・
 そして、僅かな希望を込めて姉の名を呼んだ。
 「姉上ーっ!!ぼくだよマリエルだよーっ!!いるんでしょうーっ!?」
 いくら叫んでも、木霊が帰るだけ。
 失意のマリエルに、ヘインズは深く頭を下げて謝罪した。
 「私は王子様を欺きました、お許しください。姫様は・・・もうこの世におられません。
」
 「ウソなの?姉上がアンジェラになってるのも、姉上が帰ってくるのも・・・全部ウソ
だったの?」
 「・・・はい、全ては王子様を悲しませたくないために、私がつくった虚言であります。
」
 真実を知り、マリエルは小さな身体を怒りで震わせた。そして、クレーターに向って走
ると、石を掴んで投げた。
 「わああーんっ!!ガルダーンのばかーっ!!グリードルのばかーっ!!父上を返して
ーっ!!母上を返してーっ!!姉上を返してえええーっ!!」
 メチャクチャに石を投げ、泣き叫ぶマリエル。
 ヘインズも兵士達も、何も言えなかった、ただ見守るしかなかった・・・
 やがて、マリエルは涙を拭いて立ち上がった。幼い身体に国家の責務を背負い、彼は告
げた。
 「ぼくは父上みたいな立派な王様になるっ。母上や姉上みたいな強い戦士になるっ!!
王様になる勉強を教えてっ、剣を教えてっ。」
 ヘインズや兵達に訴える王子の目は、強い決意に満ちていた。
 だが・・・余りにも辛く悲しい決意だった・・・
 僅か7歳にして家族を失い、そして苦難の道を選んだ幼いマリエル王子・・・
 マリエルの決意を聞いた皆は、少しでも王子の助けになろうと心に決めた。たとえこの
身滅んでも、全てを王子に捧げようと誓ったのだ。
 「王子様・・・この不詳ヘインズ、命をかけて王子様にお仕え申しますぞ。」
 「私もです王子さまっ。」
 「自分もでありますっ!!」
 荒野に皆の声が活気を伴って響き渡る。それは・・・彼等の愛した姫君の元にも届いた。
 ヘインズの虚言が覆され、望むべき真実に変わる時、それはノクターンに平和が訪れる
時・・・
 だが平和を手にするまでには、艱難辛苦の道のりがマリエル王子を待っている。
 ノクターンの愛すべき姫君は、辛い決意を決めた弟を、闇より優しく見守っているので
ある・・・


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