魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫18)


  第80話 悪霊は過去の悪行と共に現る
原作者えのきさん

 転がるように廊下を走るグリ−ドル。迫り来る敵の恐怖が、暴君を激しく追い詰める。
 「くそ、くそっ、クソッタレッ!!どこにいやがるっ、どこだあああ〜っ!!」
 怒声を張り上げるも、声は虚しく響くのみ。
 逃げ回っていたグリードルは、廊下の向こうに先程部屋から逃げ出した兵士達が立って
いるのに気がついた。
 慌てて駆け寄り、兵士の肩を掴もうとする、が・・・異様な気配に踏みとどまる。
 「お、おい。お前ら・・・どうしたんだ。」
 兵士達の様子がおかしい。グリードルに背を向けたまま、カカシのように立ち尽くして
いるのだ。
 そして暴君の呼びかけに応じるかのように、兵士達は体をガタガタと震わせ始めた。
 「・・・み、みがどざま〜、だだ、だずげで〜」
 兵士の首が、目に見えぬ手で捩じられるかの如く、ギリギリと後ろに回り始める。そし
て・・・兵士の体を乗っ取った悪霊が、恐ろしい呪詛の声を吐き出す。
 『・・・ぐりぃどる・・・ぐりぃどおるぅうう〜。』
 180度後ろに回った兵士の顔が、グリードルの知っている顔になった。それは・・・
若き日に己が野望を達するために地獄に蹴落とした前皇帝の顔だった!!
 『・・・グリードルゥゥゥ・・・よくも余を蹴落としてくれたなああ・・・この恨みを
晴らせる日をどれだけ待ち望んだことかああ〜。貴様の親族どもも地獄から戻っておるぞ
おおお〜。』
 帝位を奪われた憎悪は凄まじく、怒りで目を爛々と燃やしている。そして他の兵士達の
首も180度反転し、次々グリードルを恨む者の顔に変化する。
 『・・・おおお〜、我が息子よおお〜。なぜ父を裏切ったああ〜!?』
 『・・・兄者あああ〜、よくも我ら兄弟を〜、妹まで地獄に蹴落とすとは〜。この外道
〜、鬼ぃ〜、悪魔め〜っ。』
 親族達の憎悪に迫られ、さすがのグリードルもたじろいだ。
 「ぬううっ、お、親父・・・お前ら・・・失せろーっ、地獄に帰れーっ!!」
 叫んだグリードルは、兵士のサーベルを掴んで悪霊どもに叩きつける。体を乗っ取られ
た兵士達が、次々血祭りにあげられた。
 「のおお〜、み、帝さまああ〜。ひど〜い。(涙)」
 転がるのは悪霊が去り、首を捩じられて血だるまになった兵士達だった。
 呆然とするグリードルの背後から、前皇帝の邪笑いが響く。
 『ぬわはは〜っ、もっと怯えろ〜。貴様を恨むのは我らだけでないぞ〜!?周りを見よ
おお〜。』
 「な、なにぃっ!?」
 ハッとしたグリードルが目にしたのは・・・壁に床に天井に・・・一面に浮かんだ悪霊
の顔だった。
 『・・・ぐりぃどるううう〜、うらみをはらしてやるううう〜。』
 『・・・こんどはあなたが犯されるばんですわあああ〜。』
 『・・・ひゃははは〜っ、かくごしろ、かくごしろおおお〜。』
 とうとう、城の中にまで悪霊達が入り込んでいたのだ。
 ゲラゲラと響く悪霊達の嘲笑う声。グリードルは耳を押さえて喚いた。
 「やめろおおっ!!笑うンじゃねえーっ!!消えろテメエらあああ〜っ!!」
 極度に錯乱し、目を血走らせて暴れ狂うグリードル。悪霊の顔を蹴り、殴り、サーベル
で切りつける。
 だが、相手は肉体無き悪霊・・・どんなに拳を叩きつけても無駄な事・・・
 そして悪霊は恨みを懐くものだけではなかった。暴れるグリードルの足に縋る悪霊の正
体は・・・
 『あうう〜、お助けください帝さま〜。ヘビに食べられるうう〜。』
 「げえっ、ズィルクかっ!?」
 ズィルクだけでない、戦場に散った戦士達まで暴君を地獄に招く。
 『帝さまああ〜、地獄は良い所ですぜ〜。』
 『わたし達がご案内致しますわよおお〜。』
 『お、おれを元帥にしてくれる約束じゃないですか〜。帝さまってば〜。』
 「ガルア、ガラシャ・・・ゲバルドまでっ。やかましい〜っ!!成仏しやがれーっ!!」
 縋るかつての腹心達まで蹴り倒す。そして絶叫をあげて遁走した。
 「うがああ〜っ!!ふざけやがってええ〜っ!!出て来きやがれっ、アリエルーッ!!」
 ついに叫んだその名は・・・最も自分を恨んでいる者の名であった・・・
 
 悪霊が城にまで侵入し、人々を威圧し続けた巨城が憎悪の怪物に変化する。
 その変化を、首都の外にいる民達も目撃した。
 「おい見ろ、城がバケモノみたいな形になってるぞ?」
 「首都で一体何が起きてるんだ?」
 首都の周囲には貧富の差を隔てる壁があり、富肥える貴族は貧しい民を排してきた。だ
がこの壁が自身を閉じ込める檻になろうとは、貴族たちは思いもしなかった。
 恨みで暴れ狂う悪霊達の邪笑いは聞こえないが、民達は恐ろしい気配を感じていた。
 不可解な首都と城の異変・・・まもなく未曽有の破局が訪れるを察した民達は、次々首
都の周辺から逃れ始める。
 貧しい民達の家や財産と言っても、あばら家と僅かの衣料品のみであるため、逃走に支
障はなかった。
 貴族達は富むがゆえに逃れられず、民達は貧しいがゆえに助かる・・・余りにも皮肉な
事だった。
 首都の上空には黒い雲が立ち込め、ガルダーン帝国や周辺諸国から大量の怨念を引き寄
せ、逃げる民達の心からも怨念や憎悪を吸い取っていた。
 逃走に専念している民達は気付いてないが、徐々に過去の遺恨が心から薄れているので
あった。
 そして・・・全てが終わった時、彼等の心から恨みの念は、一つ残らず消えるのである・
・・



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