魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫12)


  第55話 凶悪なる者を、強悪なる者が喰らう時。
原作者えのきさん

 ライザック領への進軍は夜も明けぬうちから行われ、100名からなる先発隊が出撃し
た。
 彼らは単なる偵察要員であったが、司令官のガルアは、本格的な戦闘を想定した武装を
命じていた。そして先発隊だけでなく、出撃準備中の後発隊へも、大軍勢との戦いを思わ
せる装備を強いている。
 普段は強気で剛健なるガルアが、まるで動けない獲物に対して完全防備で戦いを挑もう
としているかの様である。
 虫の息のウサギを前に、獰猛な獅子は何を恐れているのか?
 ガルアの懸念は兵士達に大きな不平をもたらしているのも事実だが、兵士達は怯えた眼
で命令に従うのみ。逆らえば命はない。
 蛮勇なる兵達は怒れる悪鬼に萎縮し、その悪鬼は・・・もっと恐ろしい者に恐怖を抱い
ている。
 それでも愚かな兵達は幸運であったかもしれない。なぜなら、断末魔の瞬間に至るまで
の間、最強者の恐怖に苛まれる事はないのだから・・・
 
 ライザック領は山岳地帯であり、険しい地形に木々も生い茂っている事から、先発隊の
進軍は滞っていた。
 余計な武装を強いられている兵達は、獲物を目前にしながらの遅滞に業を煮やし、先発
隊の隊長に食ってかかった。
 「隊長さんよ〜、俺たちゃもうガマンできねえっ!!なんで重たいクソ装備して山登り
しなきゃならねーんだっ!?」
 「そうだそうだっ!!俺達は偵察隊だ、大砲なんざいらねえじゃねえかっ!!」
 言い責められる隊長はガルア直属の部下であるが、彼には荒くれどもを指揮する気迫が
ない。重い武器を放棄する兵達にオロオロするばかり。
 「ま、まてお前ら。将軍の命令に逆らうのかっ?、め、命令を無視したら軍法会議にか
けてやるからなっ。」
 怒鳴る隊長だったが、ガルアがいなければ威のかけらもない。呆気なく一笑された。
 「あ〜ん?ぐんぽーかいぎがなんだって?責任はあんたがとればいいだろーが。」
 「帝さまも仰ってたんだ、腰抜けに用はねえってよ。てめえはガルダーンに帰って腰抜
けの仲間入りでもしやがれっ。」
 蹴り飛ばされた隊長が山の下に転がっていく。そして軽装になった兵達は、欲望を露に
してライザックを目指した。
 「わはは〜っ、俺達が一番乗りだ〜っ。金銀財宝に女ども、みーんな俺達が頂きだ〜っ
☆」
 もはやその蛮行は止められない。
 だが彼等は知らない・・・愚かにも武器を放棄した事が、自分達の命運を縮める事にな
ろうとは・・・
 
 山に繁る木々は鬱蒼と茂り、昼なお暗く、森の闇に何が潜んでいるか知る術もない。で
も血気に哮る兵達は、そんな事も気にせず進み行く。周囲が徐々に閉ざされ行くのにも気
付かない。
 進む先が木々で遮られ、仕方なく迂回路を探そうとするが、そこも道が塞がれる。ここ
から先は進めないと知り、後退をしようとした、が・・・
 「あれ?道がなくなってるぞ?」
 さっきまであったはずの山道が消えて、木が通せん坊している。憤慨した兵達は、剣や
斧で木を切り倒そうとするが、強固な木はビクともしない。
 「へっ、こんな木ぐらい、大砲でぶっ飛ばして・・・あ?」
 焦る兵達は、木々をなぎ倒せる道具を求めたが、今の彼等にそんなものはない。全て、
放棄していたから・・・
 「あ、あわわ・・・大砲がねえよ・・・置いてきちまった・・・は、はは・・・」
 360度、全て木で塞がれ、兵士達は森と言う牢獄に閉じ込められた事を知った。そし
て、罠に嵌められた事に気がついた時は、もう遅かった・・・
 後悔先に立たず。もはや逃げられない。
 どこの誰が自分達を陥れたのか?それはわからないが、ただ、姿無き敵がすぐ傍にいる
のは感じられる。
 迫る恐怖に怯え、兵達はガタガタと震える。そして、背後の闇から声が聞こえてきた。
 「怖いのですか?だったら、鳥になって逃げればよいでしょう。」
 ハッとして振り返ったその時である。
 
 ---シュピィィンッ!!
 
 一瞬の刹那、閃光がきらめいた。
 そして兵達が身動きをした途端、彼等の手足が地面に転げた!!
 「ひぃええ〜っ!?う、うでが・・・足がああ〜っ!!!」
 絶叫をあげ、激痛にのたうちまわる兵達。何をどうしていいかもわからぬまま、彼等は
血の海で泣き叫ぶ。
 そして再度闇の声が響く。
 「地獄の餓鬼グール達よ、食事の時間ですわ。血も残さず食べてしまいなさい。」
 その声と共に、暗闇から無数の小さなモンスターがワサワサと這い出てくる。
 細い手足、膨らんだ腹部、そして・・・無限に獲物を貪る残虐な口!!
 餓鬼地獄の魔物が、狂喜のピラニアとなって兵達に襲いかかった。
 「ぎゃああーっ!!た、たすけてくれええ〜っ!!」
 手足を切られた兵達は、身動きすらできぬ状態で餌食にされた・・・
 
 その頃、兵達に蹴り落とされた隊長が、ようやく山の下から現れた。
 「あいてて・・・くそっ、あいつらめ・・・」
 ヨロヨロ歩く隊長の耳に、無数の絶叫が聞こえてくる。木霊する悲鳴に驚いた隊長は、
怪訝な顔で森を見る。
 「なんだ今のは?何があったんだ?」
 慌てて山を駆け上がるが、そこには誰もいない。100名の兵達が・・・悲鳴だけ残し
て消えていたのだ。
 こんな事はありえない。短時間で兵達が消滅するなど。
 呆然とする隊長の首筋に、光る刃が突き付けられた。
 「うっ・・・?」
 隊長の身体が恐怖で動かなくなり、大量の冷や汗が顔を伝う。
 眼だけ動かして刃を見ると、刃に鮮血が滴っている。そう、この刃が、100名の兵達
を闇に葬ったのだ・・・
 そして刃の持ち主が、美しい闇の声を発した。
 「あなたもガルダーン兵ですのね、生き残りがいるとは思いませんでしたわ。」
 まるで美術品が奏でるように美しい声。だがその声は、隊長の精神を恐怖で拘束する。
 「はあう・・・だ、だれだっ・・・お、お前は誰だっ!?」
 震える声で尋ねると、美しき声の主は厳かに答える。
 「私はノクターンの救世主、アンジェラ。悲しきノクターンの叫びを聞きて参上せり。」
 「あ、アンジェラ?」
 隊長はノクターンの救世主の名を知らない。振り返ろうとした隊長に、血で染まった刃
が迫る。
 「動かないで。あなたの命は助けてあげますわ、そのかわり私の事をノクターンの民に
伝えてもらえますか?」
 「それって・・・1人でノクターンに行けと言うのか!?じ、じ、冗談じゃないっ!!
俺はガルダーン兵だぞ!?ノクターンの連中に何されるか・・・うっ。」
 刃が首の皮を傷つけ、血が伝う。拒否は許さないとの事だ。
 「嫌ならガルダーンに1人で帰ると良いですわ。もっとも、敵前逃亡罪で処刑されるの
は免れないでしょうけど。ノクターンに行くか、ガルダーンで処刑されるか、ここで剣の
サビになるか。どれか選びなさい。」
 どれも究極の選択であるが、ノクターンに行く選択肢なら処刑は免れるかもしれない。
隊長は口を開いた。
 「わ、わかった・・・ノクターンに行って、あ、あんたの事を言えばいいんだろ?そ、
そうするよ・・・」
 その返答に、背後の人物は満足そうに頷く。そして首筋に軽く刺した刃を横に動かした。
 「うっ・・・き、貴様。お、俺に何をしたんだっ!?」
 隊長の首筋に、鮮血の刻印が横一文字に刻まれている。これが何を意味するか、背後の
人物は語る。
 「あなたに斬首の呪いをかけましたわ、もし私との約束を違えれば・・・わかってます
わね?」
 「ひっ、ひいいっ!!ま、ま、守りますっ!!約束を守りますからああ〜っ!!」
 首を両断される恐怖に怯え、失禁しながら遁走する隊長。
 その行く先はライザック領であり、約束が守られるなら、ノクターンに救世主到来が告
げられる事になる。そしてそれが新たな希望にもなるだろう。
 佇むその人物は、少しだけ笑顔を浮かべて剣を見る。
 黄金の長髪が美しく揺れ、そして剣が持ち主に(声)をかけた。
 (斬首の呪いやなんて、姫様も人が悪いですわ。)
 「フフ、ウソも方便よ。念には念を入れておかないとね。」
 語り合う2人は森の闇へと消えて行き、今あった出来事の全ても、闇へと吸い込まれて
行った。
 後には、ガルダーン兵が放棄した兵器が残されるのみであった・・・




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