魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫12)
第54話 恐怖と不安は地獄より来れり
原作者えのきさん
ガルダーン軍による侵略はノクターンの七割を占め、完全なる支配はほぼ確実となって
いた。
だがノクターン王国の領地内で駐軍するガルダーン軍は、無理やり徴兵された民間兵が
多く、ノクターンの民を支配するという意識に欠けるのが現実であった。
いくら凶悪なグリードルに強制されているとはいえ、全員が悪であるとは限らない。一
部ではあるが、ガルダーン軍の中には命令に逆らってノクターンの民を密かに逃そうとす
る者も続出した。
「命令などクソ喰らえだっ・・・泣き叫ぶノクターンの民を、これ以上苦しめられるか!
!」
欲望を凌駕した良心により、一部の旧ガルダーン兵は反旗を翻した。
その献身的行為は、ノクターン侵略と言う愚行を止めるかに見えたが・・・
しかし、新たに構成された新ガルダーン軍は、そんな献身的行為まで粉みじんに砕いて
しまう。
慈悲も情けもない、まさに鬼畜のごとき新ガルダーン軍。
彼らの通った後には、草木の根ですら残らぬ有り様であった・・・
ガルダーン軍の占領した地域である、西のリケルト領と東のハリム領には、数多くのガ
ルダーン兵が駐屯している。
当初グリードル帝は、リケルト領とハリム領の侵略を後回しにし、北のライザック領を
落とせと命じていた。
だが、蛮行を嫌がった旧ガルダーン兵の反乱によりライザック領への進軍が滞ってしま
い、グリードル帝は激しく憤慨を露にしていた。
---裏切り者は残らず叩き潰せっ!!
この命が新ガルダーン軍にもたらされ、狂気の謀略がノクターンと旧ガルダーン兵士を
襲う事になった。
烈火のごとく進軍してきた新ガルダーン軍を前に、一部の旧ガルダーン兵は民の身柄を
守ろうと奮起した。
「我々はノクターンの民に、命と財産は保証すると約束したのだっ。これ以上の蛮行は
絶対に許さんぞっ!?」
民の楯となり、凶悪な軍勢に抵抗しようとした旧ガルダーン兵だったが、それは無駄な
行為と成り果てる。
悪魔の薄笑いを浮かべる新ガルダーン軍達は、徹底した侵略の炎を吹きかけた。
「ああ〜ん?、てめえらの戯れ言につきあってる暇はねえンだよ〜。さっさと退きやが
れ裏切り者どもっ!!」
問答無用の銃撃が轟き、心あるガルダーン兵達は一人残らず誅滅された。
後に残されたノクターンの民に、恐怖と絶望が迫る。
「なんてことを・・・彼らは味方じゃないのかっ!?お前達は鬼だっ!!」
その叫びは無に帰す・・・
群れた餓鬼のように、新ガルダーン軍は民に襲いかかる。僅かに残った財産も命も・・・
残らず奪い取られ、陵辱された・・・
処刑された旧ガルダーン軍の兵士達が、血と涙に塗れた手を民に差し伸べる。
「す、すまない・・・約束を守れなかった・・・ゆるして、くれ・・・」
「あんた達のせいじゃないよ、悪いのはグリードルだから・・・」
悪の手先にされた悲しみを、ノクターンの心優しき民は同情した。
そんな想いを、凶暴な餓鬼どもが理解するはずはない。悪魔の陵辱は止まるところを知
らず、全てを喰らい尽くすのであった・・・
新ガルダーン軍による徹底侵略が完了したリケルト領とハリム領では、餓鬼どもの凶宴
が催されている。
その凶宴で餌食にされるは、か弱き婦女達であった。だが、それはノクターンの女だけ
ではなく、反抗したガルダーン兵の妻や娘も生贄になっていた。
見せしめに吊るされたガルダーン兵の前で、多くの妻や娘達が悲鳴を上げて陵辱されて
いる。
「た、たすけてーっ。もう・・・やめてええっ。」
「これが裏切り者の末路よ〜っ。お前らもオヤジや亭主のとこにイカせてやるぜっ、オ
ラオラ〜!!」
血も涙もない獣共の凶宴は、余りにも狂おしく、破戒を極めていた。
そんな凶宴を、鬱陶しそうに見ている者が2人・・・
今回の侵略の最高司令官である、隻腕の悪鬼ガルアと戦鞭の魔女ガラシャであった。
アリエル姫陵辱を命ぜられていた2人は、アリエル姫に逃げられるという失態を犯して
しまった。
しかしグリードルは2人を咎めたりせず、ガルダーン軍最高司令官に任命したのである。
それは最高位の元帥への昇格も意味しているが、2人の顔に喜びはない。
他の将軍が元帥の地位を虎視眈々と狙っている事、協調性に欠ける荒くれどもに手を焼
いている事。これらがある故、2人に気の休まる時がないのだ。
酒を呑みながら、ガルアは険しい顔で呟く。
「チッ、気楽な下っぱどもが浮かれやがって・・・俺達の気も知らねえくせによ。」
「まったくね。ゲバルドのバカが生きてりゃ、チンピラの世話を押しつけられたのにさ。
」
結局2人は、グリードルに荒くれ達の世話をさせられているだけなのだ。そして同様の
苦悩が2人の口から漏れた。それは、行方不明となったアリエル姫の事だ。
「アリエルの奴、本当にくたばりやがったのか?俺はそう思わん、あいつは簡単に死ぬ
ような奴じゃねえ。」
「ああ、そうだね。どこかでアリエルは生きてて・・・あたし達の首を狙って牙を研い
でいる気がするよ。」
百戦錬磨の2人の勘は当たっていた。戦士としての鋭い直感が、アリエルの生存を感じ
ていたのだ。
それに、あれだけの過酷な陵辱をアリエルに強いたのだ、もし生きていれば・・・凄ま
じい怒りと共に自分達を滅殺しにくるだろう・・・
ガルアとガラシャの背中に、ゾクッと悪寒が走った。
どんな強敵の前でも怯んだことのない2人が、姿無き復讐者の影に悩まされている。
無言で酒を飲む2人の前に、更に気分を害する輩達が歩み寄ってきた。
「ひっく、うう〜。やあ将軍〜。何をシケた顔してるンすか〜?」
「一緒に酒飲みましょうよお、女どもを姦りましょうよお〜?」
酩酊したチンピラ風情が、無礼にも将軍たるガルアに酒を進めてきたのだ。
寄せ集めのヤクザやならず者ばかりなので、礼儀や忠臣などまるでない。ガルアは疎ま
しそうにチンピラを睨んだ。
「俺は今キゲンが悪いんだ。騒ぐならお前らだけでやれ。」
愛想なくあしらわれたチンピラ達は、渋った顔で文句を言う。
「もっと楽しまなきゃダメっすよ〜。女は大勢いるのに〜。」
そして、ガラシャをガルアの情婦と勘違いした奴が、言ってはならぬ事を口にした。
「あっ、そうか。将軍にはガラシャ姐さんがいますものね〜。こりゃまた失礼しやした
♪ガラシャ姐さんと楽しんでくださいね〜。ぎゃははっ。」
その下品な笑いに、ガルアの目が殺気を宿す。
「ガラシャがなんだって?もういっぺん言ってみろ。」
「へっ?だからその・・・うぎゃああああっー!!」
凄まじい絶叫と血飛沫が飛び、チンピラの体が宙に舞う。
それは凶宴を一瞬にして凍結させた。
今までヘラヘラしていた連中が、恐怖の顔で隻腕の悪鬼を見た。
ガルアの義手に、血の滴るアイアンクローが光っている。
その姿・・・まさに怒れる地獄の悪鬼であった・・・
「ガラシャは俺の戦友だ、コケにする奴は許さねえっ!!」
ガルアの怒声が凄まじい勢いで轟き、全ての者は一瞬にして萎縮する。
この瞬間、無秩序だった軍勢は、恐怖と言う鉄鎖によって拘束された。隻腕の悪鬼に逆
らう者には死あるのみ・・・
ガルアの強大さに恐れをなした者達が平伏する。そして絶対の命令が下された。
「バカ騒ぎはお終いだっ!!ライザック領への進軍は早朝より開始するっ、今から速攻
で準備しろっ!!」
「ええ〜、今からって、そ、そんなあ・・・」
怯える一同は、宴を中断された不満を顔に浮かべているが、それをガラシャが鋭い眼光
で威圧する。
「文句あんの?グダグダ言う奴はムチでお仕置きしてやるよっ。とっとと準備おしっ!!
」
鋭利なムチの打撃が一同の眼前で炸裂し、怯える者どもは一斉に敬礼した。
「は、はい〜っ!!今すぐに〜っ!!」
蜘蛛の子を散らすように、兵達は持ち場に帰る。後には食い散らかされた食料と酒、そ
して陵辱された者が残る。
震える婦女子達は、恐怖と怒りの眼をガルアとガラシャに向けている。しかし、そんな
視線も2人の鬼は気にかけていない。
荒ぶる悪鬼と魔女の心に、不安と恐れが宿っているのだ。
かがり火を背に無言で佇むガルアとガラシャ・・・2人の心に恐怖をもたらすのは、地
獄に蹴り堕とした姫君の面影・・・
宿敵の怨念を感じる時、凍るような恐怖が背を駆け抜け、呪詛の声が脳裏にこだまする・
・・
2人は確信していた。ノクターンの怒りと憎しみを全て背負った姫君は、必ず地獄から
戻り、2人の首を狙ってくる。だが、敵前逃亡すれば悪魔の帝グリードルによる地獄の拷
問が待っている
引くも地獄、進むも地獄。
しかしガルアとガラシャに後退の意志はなく、宿敵と決着をつけると言う闘志に火をつ
け、戦いの場へと進むのであった・・・
次のページへ
BACK
前のページへ