魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫)2
第1話 一時の平和と休息
原作者えのきさん
アリエル姫の活躍により、ガルダーン帝国の軍勢を退けたノクターン王国。
国王アルタクスは、ガルダーン軍と戦った兵士達を労うべくフォルテ城に招いた。
城の庭には多くの正装した兵士達が集まり、華やかなる宴の歓待を受けていた。
華やかなる宴・・・束の間の休息を満喫するノクターン王国・・・それはまさに束の間
の平和であった・・・
庭先のテラスに現れたアルタクス国王は、片手にワイングラスを掲げ、兵士達に言葉を
贈る。
「皆の働きによって国の平和は守られた。王国民全員を代表して君達を評する、みんな
ご苦労だった。」
「ははっ、ありがとうございますっ。」
王の言葉に、兵士達も喜びをもって応える。
そしてアルタクス王は再度グラスを掲げた。
「ではノクターンの未来に、そして民の平和に・・・乾杯っ。」
「乾杯ーっ!!」
響く声と歓声・・・喜びに満ちた宴は華やかに始まった。
兵士達に労いの言葉を贈る父の背を見ながら、アリエルは笑顔を浮べていた。
そして同様にアルタクス王を見ているマリシア王妃に声をかける。
「母上、この平和が続く事を祈りたいですわね。」
娘の声に、マリシア王妃はフッと溜息をつく。
「ええ、でもガルダーン帝は執念深い男よ・・・私もあなたと同じ年のころ、ガルダー
ン帝の激しい攻略からこの国を守った・・・それは今でも続いている・・・ごめんなさい、
あなたに辛い思いをさせて・・・私の代で戦争を終わらせる事ができていれば・・・」
娘を戦場に送らねばならない親の苦悩が、王妃の心を苛んでいるのだ。そんな母を元気
付けようとアリエルは明るく振舞った。
「母上が心を病む事はありませんわよ。それに兵士達の家族も心を痛めています、辛い
のは皆同じでしょう。」
マリシアにはアリエルの言葉は何よりも慰めになっていた。そして無言で娘を抱きしめ
る。
「ありがとうアリエル。次の戦いでも無事に帰ってくるのよ・・・」
「はい、必ず・・・」
いつも無事に帰ってきてた・・・次の戦いでも必ず帰る・・・母娘は同じ様に思ってい
た。
そう、必ず無事に帰ってこれる・・・はず・・・
何かいつもと違う胸のざわめきを隠せない・・・
一抹の不安を抱く母娘は、不安を忘れるかのように身を寄せ合っていた。
どんなに強い戦姫であろうとも、不安には勝てないのだ。生身の身体であるから・・・
不死身じゃないから・・・
アリエルとマリシアが佇んでいると、不意に城のホールから歓声があがった。
宴のメイン、舞踏会が始まったのだ。
ホールには着飾った貴族や淑女が集まり、王族の登場を待っている。
「国王陛下、王妃様、姫様。準備が整いましてございます。皆様もお待ちかねでありま
すよ。」
侍従の言葉に、アルタクスもアリエル達もホールに視線を向けた。
「おお、もうそんな時間か・・・マリシア、一緒に踊ろうか。」
「ええ、陛下。」
互いに手を取り、舞踏会に参加するアルタクス王とマリシア王妃。
来賓達は、王夫妻直々の参加に喜びの声を上げる。
そしてホールに美しき演奏が流れた・・・
王夫妻を中心に、紳士淑女は手を取り合って踊る。その紳士淑女を囲むように、多数の
踊り子が可憐に舞う。
まさにそれは平和を示していた。華やかな城内に満ち溢れる幸せの時。
アリエルが仲むつまじく踊る父と母を笑顔で見ていると、彼女の弟マリエル王子がトコ
トコと走って来た。
「ねえ、姉上は踊らないのぉ?」
無邪気なマリエルの笑顔に、少しばかり戸惑いを隠せないアリエルであった。
「ええ・・・私は剣術ばかりやってたから、ダンスは得意じゃないのよ。マリエルだっ
て、算数が苦手でしょ?それと同じなの。」
「ふーん、姉上は何でもできると思ってたのにー。」
呟くアリエルは、妙に怪訝な顔で踊り子達に目を向けている。弟の視線を、アリエルも
目で追った。
「それにしても、今日の踊り子の衣装・・・派手過ぎますわ。」
舞踏会を盛り上げようとの事なのか、今日の衣装は派手気味なのであった。
「なんかえっちな服だねー、きっとヤラシイやつが選んだんだよ。」
「まあ、マリエルもそう思う?」
アリエルが弟の頭を撫でていると・・・
1人の男が、愛想笑いしながらアリエル達に歩み寄って来た。
「ご機嫌麗しく我等がアリエル姫様、今宵も姫様の美しさが際立っておりますよ。」
高級なブランド服を着たその男、(外見的な)品の良さは申し分なく、振舞いもそれな
りの教養を得た者と見受けられる。
人を見る目がなければ、彼が良識ある人物に見えるであろうが・・・
カンのよいマリエルは、姉に男の素性を聞く。
「感じ悪ーい。ねえ姉上、あいつだれ?」
「振り付け師のアントニウスなの。踊り子の服を選んだ(ヤラシイやつ)よ・・・」
小声でマリエルに話すアリエル。彼女は男の愛想笑いに気を許していない様子だ。
「これはアントニウス殿、今日は如何なる御用がありますの?」
まるで皮肉ともとれる口調のアリエルに、その男アントニウスは恐縮した様子で返答す
る。
「いえいえ〜、そんな御用ほどの事ではありませんが、姫様が踊られませぬと舞踏会に
も華が御座いませぬゆえ・・・どうでしょう、私めが姫様のお相手をば・・・」
揉み手で笑うアントニウスに、下品な下心を見抜いたアリエルは、素っ気無く拒否の態
度を示した。
「申し出だ・け・は、ありがたく受け取っておきますわ。ダンスの相手はおりますの、
お気遣いは無用ですわ。」
あっさり断られたアントニウスは、うろたえた表情になる。
「あ、あの〜、姫様のお相手を務める殿方とはいったい・・・」
「まあ、どこを見ておられるのかしらね。あなたの目の前におりますわ、マリエルが私
のダンスパートナーですわよ。」
「ええっ!?お、お、お、王子様がですか〜っ!?いや、しかしその・・・王子様は御
幼少でございますし・・・姫様はダンスがお得意ではないですし・・・ですからして〜。」
オロオロするアントニウスを無視したアリエルは、弟の手を取って舞踏会に参加する。
美しい姫君と可愛い王子様の登場を、会場の皆は拍手をもって向えた。
人々の暖かい視線は、アリエル、マリエル姉弟に注がれており、姉は愛しい弟にリード
してくれるよう誘いかける。
「ねえ、この前マリエルはお遊戯を習ってたでしょ?あれを私に教えて欲しいな。」
「うん、いいよ。姉上に教えてあげる。右足をまえに出してぇ、いち、に、さん。いち、
にぃ、さん。」
「まあ、上手ねマリエル。」
無論、アリエルは全くダンスができないわけではない、普通にぐらいなら十分踊れる。
でも、(わざと)弟から(お遊戯)などを教えてもらっているわけだ。
幼い弟にダンスを習う優しい姉・・・その微笑ましき姿・・・会場は暖かな喜びに満ち
溢れ、その中で姉弟は幸せに舞い踊っていた。
「わーい、あねうえー。」
「うふふ、大好きよマリエル。」
会場にいる一同は、皆喜びの表情で2人を見ていた。
・・・ただ、1人を除いては・・・
除け者にされたアントニウスが、呆然とした顔で立ち尽しているのだ。
「そ、そんな〜。ぼ、ボクはノクターン王国一の振り付け師なのにぃ・・・そ、そ、そ、
それなのにぃ〜。あ、あ、あ、あんな幼稚なお遊戯で踊られるなんてぇ〜っ。」
地団駄を踏んで悔しがるアントニウスの後ろから、1人の侍女が歩み寄って来た。
ソバカスに三つ編みの朗らかな侍女は、ニコニコ声をかける。
「アントニウスさん、一人ぼっちは寂しいでしょう。なんやったら、うちがお相手して
あげましょか。」
独特の訛りがある喋りの侍女を見て、アントニウスは怪訝な顔になる。
「お、お前はマリー!?何しに来たんだ、ぼ、ボクを笑いにきたのか!?」
その侍女マリーは・・・アリエル姫専属の侍女であり、アリエルが最も信頼を置く人物
なのだ。
そのマリーが、嫌味ったらしくアントニウスをからかう。
「笑うやなんて、とーンでもありませんわ。ノクターンでい・ち・ば・んの振り付け師
である、あなたと踊りたいんですけどねー。」
今のアントニウスは、完全に味噌っかす状態だ。誰かパートナーがおらねば様にならな
い。でも、身分の低い侍女と踊るのはアントニウスのプライドが許さなかった。
「ふ、ふん。侍女となんか踊れるかよ。目障りだっ、さっさと失せろっ!!」
怒鳴るアントニウスに、ヤレヤレと溜息をつくマリー。
「はぁい、はい。そいやったら、お1人で舞踏会を楽しまれたらよろしいわ。ほな、さ
いなら。」
そして、マリーがアントニウスの横を通り過ぎようとした時。
「のわっ!?」
悲鳴をあげたアントニウスが、無様にも転倒したのだ。
「あだだ・・・こ、この・・・わざと足を引っ掻けたな〜っ!!」
顔を上げると、マリーがアカンベーをしている。
大ハジをかかされたアントニウスに、踊り子達の嘲笑が向けられた。
「・・・クスクス、カッコ悪いわね〜。」
「・・・まったくね、私達に派手なドレス着させてヘラヘラ笑ってたくせにぃ。」
踊り子にまでバカにされたアントニウスは、半泣きで会場を飛び出して行った。
「み、みんなでボクをバカにして・・・くやしい〜っ。」
(ノクターン一の振り付け師)と言う肩書きに固執している小心なアントニウスは、こ
の些細な事にプライドを酷く損失してしまった様子だ。
だが、彼が会場を飛び出しても、誰も気になどしない。
それはマリエルの姉弟も同様だった。
「ねえ、姉上。アントニウスはどーしたのかな?」
「さあ、ほっときましょ。」
アントニウスの泣きっ面など些細な事だ・・・アリエルはそう思った。
確かに・・・(この時)は些細な事だった・・・
そして、舞踏会は華やかなうちに終了し、招待された人々もそれぞれ家路につく。
召使い達が会場の後片付けをしている頃、家族と自室で寛いでいたアルタクス王の元に、
軍部高官が書状を持って現れた。
「国王陛下、隣国のバーンハルドより書状でございます。」
「バーンハルドからだと?」
「はい、リスカー国王直々でありますが・・・どうやらガルダーン帝国がバーンハルド
に攻め入ろうとしている様子です。」
ガルダーンの名を聞いて、険しい顔になるアルタクス王。すぐさま書状に目を通した。
「うむ・・・これは・・・」
その父の様子に、アリエルと王妃マリシアも心配げにしている。
「父上、ガルダーンの侵攻ですか?」
娘の言葉に、アルタクス王は申し訳ない顔でアリエルに目を向ける。
「ああそうだ。グリードルめ、性懲りもなく侵略戦争をしかけてきたのだ。リスカー国
王は我が軍の早急なる支援を望んでいる。アリエル、すまないが・・・またお前に戦って
もらわねばならなくなった・・・」
その言葉に、マリシア王妃は悲しげな表情を浮べる。
「まあ、この前の戦いが冷め遣らぬのに、またなのですか・・・」
グリードル帝の執拗さを十分に知っているマリシアは、事の重大さに不安を隠せない。
また・・・愛娘を戦場に送らねばならないのだ・・・
でも、アリエルはそんな両親に心配をかけまいと、務めて笑顔を浮べる。
「父上、母上。心配なさらないで、ガルダーン軍はガルア将軍を失って戦力が著しく低
下しています。それに今回はバーンハルド軍という強い味方がいますから。」
娘の笑顔に喜ぶアルタクス王・・・身を千切られる心中だが、アリエルの笑顔が心の支
えになる。
「・・・本当にすまない・・・戦闘が激化せぬよう、私は最善の策を尽そう。」
そして、書状を持って来た軍部高官に向き直る。
「へインズ提督、すぐにリスカー国王に返事を送ってくれ。我がノクターン軍が、必ず
や侵略者を食い止めて見せると。」
「はっ、直ちに。」
返答したへインズ提督は、踵を返して部屋を出た。
部屋に残ったアルタクス親子は、しばらく無言で向き合っていたが・・・やがて寄り添
う様に抱き合った・・・
「いったい、いつになれば平穏な日々が来ると言うのか・・・民達が幸せに暮らせる日
々が来るのか・・・」
「ええ、今度の戦いこそ、最後の戦いにしたいですわ。」
今度こそ、こんどこそ・・・何度そう言ったかしれない。でも今度の戦いはこちらに有
利だ。必ず勝てる・・・はず・・・
不安を忘れるかのように、親子はただ静かな一時に身を委ねていた・・・
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