魔戦姫伝説(アンジェラ外伝) 初代アンジェラ編・ノクターンの伝説(7)


第21話 美しいドレスに込められた想い。それは民の願い・・・
原作者えのきさん


 やがて私を包んでいた闇に亀裂が走り、その裂け目から僅かな光が差し込みました。
 私はその光に向って懸命に走りました。
 足元でゆっくり胎動する闇は、まるで赤子を産み出す母親の胎内のように私を押し出して行きます。
 裂け目がどんどん広がり、強烈な光で目が眩んだ私は、思わず目を閉じて怯みました。
 「あ・・・ま、まぶしい・・・はっ!?」
 闇から出た場所は、先程ダークに連れて来られた玉座の間でした。
 眼前に広がる広大な空間・・・なんと私が闇から出てきた場所は、床から10数メートルも離れた高い所だったのです。
 「きゃあああーっ!!」
 悲鳴を上げた私は真っ逆さまに墜落し、床へしたたかに叩きつけられました。
 落ちた時のショックで動揺した私ですが、不思議な事に身体には全くダメージがありません。
 「・・・う・・・痛くない?どこも・・・ケガをしていない・・・?」
 10数メートルの高さから落ちれば、普通なら全身骨折は免れません。しかし・・・私の身体は傷一つないのです。
 それは最強の肉体である証拠なのですが、なにしろ突然の事で、自身の身体が恐ろしく強靱になっていると気付くのに少し時間がかかりました。
 床に座り込んでポカンとしていた私に、家臣の老人が歩み寄ってきました。
 「そんな恰好で床に座っておったら、可愛いお尻がカゼをひいてしまうぞよ。」
 笑う老家臣の言葉に、私は一糸纏わぬ姿であると気付き、慌てて胸とお尻を隠します。
 「・・・あの・・・恥ずかしいから・・・その・・・見ちゃいやですわ・・・」
 顔を真っ赤にしている私に、老家臣は穏やかな顔で衣服を差し出してくれました。
 「お主の名前はアンジェラと申したかの。わしは魔王様の側近で名は黒竜翁と言う。まあ見ての通りのオイボレ爺ぃじゃがの、ほっほっほ♪」
 陽気に笑うこの好々爺・・・黒竜翁ですが、魔王の側近を勤めておられるだけあって、内に秘めた実力は相当なものと見受けます。
 穏やかな笑顔に威厳を漂わせ、黒竜翁は私に語りました。
 「新たなる魔戦姫の誕生、確と見届けさせてもらった。これよりお主は最強の姫君として悪と戦うのじゃ。」
 「・・・ませんき・・・それが私の新しい二つ名ですのね。」
 「うむ。有史以来より伝説にて語られている闇の姫君の名を受け継ぐ事は、国一つ分の無念と悲しみを背負うも同じ事じゃ。心するが良いぞ。」
 「は・・・はい。」
 先程、歴史絵巻で見た伝説の姫君達・・・あの美しくも堂々たる方達と同じ名を、私は受け継いだのです。私が背負った十字架は、余りにも重く大きなものでした・・・
 重大な使命に心を震わせながら、手渡された衣服を見てみると・・・それは今まで見た事もない美しいドレスでした。
 薄絹のように軽く繊細でありながら、宝石よりも雅に輝き、そしてあらゆる汚れを寄せつけぬ神々しさに満ちています。
 そしてドレスには何か・・・とてつもない力が宿っているかのような印象を受けました。
 これはただのドレスではないのです。どんな素材でできているのか?どのような職人がこのドレスを仕立てたのか?そんなことは皆目わかりませんが、選ばれた姫君だけが着ることを許された特別なドレスであることがはっきりとわかります。
 黒竜翁はドレスの驚くべき詳細を語ります。
 「これはの、魔戦姫が戦で着用する戦闘用ドレスじゃ。姫君を美しく飾るだけでなく、如何なる攻撃も魔術によって跳ね返す鉄壁の防護力を有しておる。姫君を愛する民の想いを紡いで造り上げた至高の一品じゃぞ。」
 この可憐で繊細なドレスに、そのような力と想いが込められているとは・・・私は戸惑いながらドレスに目を向けました。
 少女の華奢な力でも簡単に破れそうな薄絹が、鉄の鎧をはるかに超える防護力をもっているとは絶対に信じられません。
 ましてや、10数メートルの高さから落ちても傷一つしない私の身体を(守る)ために造られたというのですから、鉄の鎧どころか(鉄の城壁)のような防護力をもっていると言っても過言ではないでしょう。
 そして・・・それが姫君を愛する民の想いを紡いで造られたとの事に、私は最大の驚きを感じました。
 繊細な糸の一本一本に、(大好きな姫様を守りたい)という願いが込められていると思われます。
 おそらくは・・・魔力によって民の切なる願いを細い糸に変化させ、美しく丹念に仕上げたのでありましょう。気の遠くなるような時間と労力、そして多大な魔力と民の心を費やして造られた戦闘用ドレス・・・
 (※このドレスは後に、2代目アンジェラとなるアリエル姫に受け継がれる事となります。)
 これを身にまとえるのは、まさに民に深く愛された者だけなのです。
 そして、私は選ばれたのです・・・古来より姫君を愛し続けた数多くの民達に・・・
 私はドレスに袖を通し、民達へ感謝を述べました。
 「ありがとう・・・私を選んでくれて・・・」
 呟いた私の心にまだ、魔戦姫として身につけねばならないものがあるとの念が沸き起こりました。
 身につけねばならぬものとは・・・一体・・・?
 そう思った瞬間、私は最も大切な事を思い出しました。
 それは・・・最愛の友ミルミルです。
 私が魔戦姫に生まれ変わる時に離れ離れになってしまった、大好きな友達ミルミル・・・
 私は血相を変えて黒竜翁に尋ねました。
 「黒竜翁どのっ。み、ミルミルは・・・私の友達はどこに・・・何処にいるのでしょうか!?」
 すると黒竜翁は、複雑な表情を浮かべて答えました。
 「じ、じつはの・・・魔王様がおチビさんに無敵の力を授けると申されて・・・おチビさんを連れて行ってしまったのじゃ。あいや心配はいらぬぞ、じきに・・・会えよう、暫し待つのじゃ。」
 「待ってなんかいられませんっ!!お願いです、ミルミルの所に連れて行ってくださいっ!!」
 私の懇願に根負けしたか、黒竜翁は溜息をついて私に背を向けました。
 「あい判った。そこまで言うなら、いた仕方あるまい。ただし・・・おチビさんがどのような事になっていようとも、決して驚くでないぞ。」
 その意味ありげな言葉を、私は受け入れました。
 いや、受け入れざるを得なかったのです。
 無言で頷いた私は、口を堅く閉じたまま黒竜翁の後に続きました・・・



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