魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫)
第1話 狂おしき過去の悪夢
原作者えのきさん
栄華を誇っていたノクターン王国・・・その国には英雄の伝説があった。
王国の為に戦い、幾多の敵から国と民を救ったとされる女騎士の伝説。
国の民なら誰もが知る英雄伝説であり、幼子は寝物語に女騎士の活躍を両親から聞かさ
れ、その美しき勇姿に憧れ、熱き想いを胸に抱いた。
でも、それは語り部の伝説として、単なる戦記ストーリーのバトルヒロインでしかなか
ったが・・・
その国が滅びの瀬戸際に立たされし時・・・空想は現実となり、語り継がれていた救国
の女騎士は民達の前に現れたのだ。
その女騎士の名はアンジェラ。
ノクターン王国に伝えられし最強の女騎士。その正体とは・・・
全ての者が寝静まる時刻・・・
人の住む世界にも、魔族の住む世界にも、同様の静かなる闇が帳を下ろしている。
青い魔界の月光に照らされた巨城。それは魔戦姫の本拠地である城。
暗闇に浮かぶ魔戦姫の城の一室で、1人の姫君が眠っている。
広いベッドルームには、1人寝には余りある程の豪勢な造りのベッドが設えてあり、そ
の中で・・・姫君は夢と現の狭間をさ迷っていた。
「う、うう・・・やめ・・・うう・・・」
静寂の中、姫君は苦しそうな声を上げていた。
シーツを掴み、額に汗を浮かばせてうなされる彼女がどんな夢を見ているのかを知る術
はない。ただ、それが彼女にとって、堪え難い悪夢である事は間違いなかった。
全裸で横たわる姫君の美しい乳房が、悪夢の手に揉まれるが如く揺れている。
それはまるで、目に見えぬ淫悪な夢魔が姫君の裸身を弄んでいるかの様である。
「ぐ、グリードル・・・よくも・・・父上を、母上を・・・アントニウス・・・う、裏
切り者・・・ガルア、ガラシャ・・・絶対に許さない・・・」
僅かに開いた唇から漏れる、苦悶の声には怒りと憎しみがこもっている。今、この場に
姫君以外だれもいない。彼女は過去の記憶に苛まれているのだった。
過去に彼女を苦しめた者達が、今もなお姫君を苦しめている。その凄惨極まりない陵辱
の数々が、余りにもリアルに蘇っているのだ。
悪夢の責め苦が頂点に達しようとしたその時、姫君の表情は憎しみから悲痛に染められ
た。
「あ、ああっ・・・マリエル・・・だめ・・・その子だけは・・・やめてっ・・・おね
がいいいっ・・・」
もがくように手で宙を掻き、何か必死に懇願している。
姫君を苛む悪夢は、彼女の最愛の者をも苦しめているのだ。姫君に助けを求める悲しき
叫び声。姫君は必死に懇願した。
だが、悪夢は彼女の懇願を非情にも足蹴にする。悲痛の懇願が、絶望の絶叫に変わる。
「いやああっ・・・やめてーっ!!」
悪夢の嘲笑が響き、姫君の愛すべき者の断末魔が血飛沫を上げて宙に舞うっ!!
「い、いやあーっ!!マリエルーッ!!」
絶叫と共に飛び起きる姫君。
「わああーっ!!マリエルッ・・・はっ!?・・・あ・・・」
狂おしき衝撃が彼女の眠りを醒ました。その余りにも恐ろしい悪夢は、悪夢そのものを
消し飛ばす程の衝撃だったのだ。
周囲を見回す姫君は、ここが悪夢の世界ではなく、自分の寝室であることを理解した。
そして自分は悪夢に苦しめられていた事も知る。
「はあはあ・・・ゆめ、か・・・」
大きな溜め息をつきながら、汗の滲んだ額に手を当てる。あれは夢だったのだ、と自分
に言い聞かせ呼吸を整える。
真っ青の顔に、黒く長い髪が垂れた。
その顔は漆黒の闇が覆い隠しており、如何なる顔立ちの姫君なのか知る術はない。
落ち着きを取り戻そうとする姫君の耳に、ドアをノックする音が飛び込んできた。
驚く姫君へ、ノックしている者が大声で声をかけてくる。
「姫さまっ、大丈夫ですかっ!?」
返答も待たずに飛び込んできたのは、黒いメイド服を着た1人の侍女であった。
「・・・マリー。」
茫然とする姫君に、その黒衣の侍女は駆け寄ってくる。
赤毛の三つ編みに笑顔の似合う、そばかすの侍女は、見る者に(元気)を注いでくれそ
うな、南国の花を思わせる美女であった。
その侍女が、酷く焦った表情で姫君に寄り添った。
「どないしたんですか、こんなに汗をかいて・・・えらい、うなされてましたけど・・・
」
独特の訛りがある口調で尋ねる侍女に、姫君は笑って答える。
「ええ、ちょっと夢を見たのよ。悪い夢を・・・」
悪い夢・・・
その言葉に、マリーと呼ばれた黒衣の侍女は表情を暗くする。
「まさか、またあの時の夢ですか?グリードルと手下達に苦しめられた時の。」
「・・・ええ。」
ポケットからハンカチを取出し、姫君の汗を拭く。姫君はただ静かに頷くのみであった。
悪夢の出来事は口にするのが余りにも苦痛だったから。
侍女のマリーは、姫君の心情を察してそれ以上聞かなかった。
でも姫君は、悪夢での出来事で懸念せねばならない事があったのを思い出し、マリーに
向き直った。
「夢で見たのよ。あの子が・・・マリエルが処刑されるのを・・・あんな恐ろしい夢は
初めてだったわ。嫌な予感がするのよ、まさか、あの子に何かあったのかもしれない・・・
」
姫君の言葉にマリーは一瞬声を失う。
しかしすぐに感情を押し込めて姫君を安心させるべく努めるマリー。
「夢ですやろ?それやったら心配ありまへん。この前マリエル様の御様子を見た時は、
お元気にしておられましたし、それに・・・グリードルも・・・手下のガルアとガラシャ
も、とっくの昔に全滅してるんですよ。マリエル様を脅かす輩はみんな姫様が始末した筈
ですわ、姫様の考えすぎですって。」
「・・・だといいけど・・・」
マリーの気遣いは嬉しいが、何分にも悪夢の内容が内容だっただけに、姫君の心労は図
り知れない。
心配している姫君の肩に手をそっと置き、マリーは語り掛ける。
「この所忙しかったから疲れてはるんです、あんまり根を詰めたらお体に触りますよっ
てに。」
その言葉に、姫君は笑って頷いた。
「ありがとう、私は大丈夫だから。マリーこそ、最近休んでないでしょう?」
「あ、うちの体はフツーより頑丈に出来てますよって、2、3日休まんかてヘーキです
わ。なんせ、元気百倍なのがうちの取り柄ですから。」
笑いながら自分の胸をポンと叩くマリーを見て、姫君は少し辛そうな顔をした。
フツーより頑丈・・・
その言葉には特別の意味が含まれていた。
マリーは生身の人間ではないのだ。苛酷な条件下での活動が可能な強靭なる肉体に加え、
特殊な能力を発揮できる力を持っているマリー。
彼女の経緯については追って語る事になるが、その全てを知る姫君は、マリーの元気い
っぱいの笑顔が少し痛ましかった。
悲壮な事実を抱えながら、明るく振舞うマリーの姿は余りにも健気であったから。
「ごめんなさいねマリー、あなたにはいつも苦労ばっかりかけて。」
陳謝する姫君に、マリーは慌てて手を振る。
「そ、そんな〜。姫様の御苦労と比べたら、うちの苦労なんか軽いモンです。もう、そ
んな辛い顔したらあきまへん、笑うてください、笑うて。」
姫君の頬を撫でながら、マリーは明るく微笑んだ。
部屋は暗いのに、まるで明かりが灯ったかのように微笑みの光が満ち溢れる。彼女はま
さに太陽だった。暗闇を照らす太陽であった・・・
姫君の暗かった心にも、マリーの優しさが差し込んでゆく。
「マリー・・・ありがとう・・・。」
姫君の頬を伝う涙は暗闇が隠してしまっているが、目に施された改造機能により暗視の
利くマリーには、全てが見えていた。姫君のマリーを想う心も含めて。
しばらく沈黙していた姫君が、重い口を開いた。
彼女の口から漏れる言葉には、過ぎ去った年月への悲しみが込められていた。
「あれから・・・もう10年もたったのね。早いものだわ、私達の姿形は全く変わらな
いのに、時間だけが過ぎて行く・・・マリエルだって、もう17歳になってるのよ。」
「はい、早いもんですわ。もう10年もたったんですね。マリエル様は御幼少だったの
に、今では御立派な若人です。」
「そう・・・ね。小さくて泣き虫だったあの子が、もう17ですもの。私達だけ取り残
されたみたい・・・」
姫君の声は涙声になっている。
マリーは優しく微笑んだ。
「姫様には涙は似合いまへん、笑顔が一番ですわ。ささ、早うお休みください。明日も
早いんですやろ?」
マリーの言葉に、姫君は微笑み返す。
「ええ、あなたもねマリー。」
「ほな、うちはこれで失礼しますわ、お休みなさい姫様。」
互いに肩を抱き合い、そしてマリーは部屋を出た。
後に残った姫君は、月の光が差し込む窓辺に歩み寄った。淡い光が、一糸纏わぬ姿の姫
君を映し出す。
そして、暗闇に隠されていた美しい素顔も照らした。
その素顔と裸身は・・・まさに月夜に輝く美の化身であった。美の女神ですら、姫君の
美貌の前では色褪せる事であろう。
姫君はベッドの傍らにあるテーブルに手を延ばした。そこには、銀色の鞘に収められた
剣が置かれている。姫君の愛用の剣だ。それを抜き、月の光を映す。
月光を浴びて輝く刃を見つめながら、姫君は静かに呟いた・・・
「愛しいマリエル・・・私の・・・私の可愛い弟・・・私のマリエルを苦しめる者は、
この私が全て滅ぼしてやる・・・」
それは余りにも悲しき呟き・・・
呟く彼女の脳裏に、悲しき過去が過っていた。
その類い稀なる美貌と美しき裸身の持ち主でありながら、姫君はその美しさを闇に隠さ
ねばならない過去があった。
その暗く悲しい過去とは・・・
姫君の名はアンジェラ。
魔戦姫の一員であり、魔戦姫の長リーリアに次ぐ実力を誇る魔戦姫なのだ。
魔戦姫は皆、悲しくも壮絶なる過去を秘めている。アンジェラもその例に漏れず、悲し
い過去を背負っている。
そして、これから語られる悲話は、いまから10年前。彼女が(人間)だった頃の・・・
アンジェラが、まだアリエル・ノクターンと名乗っていた時の話である・・・
次のページへ
BACK
前のページへ