魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀19


  怒りのハルメイル出陣する   
ムーンライズ

            
 魔界と人間界では時間が同時進行している。
 デスガッドが人間界で悪行を重ねているその頃、魔界にある魔戦姫の城では、レシフェ
がミスティーア達の支援に向かうべく準備をしていた。
 「姫様、ドレスの具合はどうですか?」
 ハルメイルの造ったドレスを着るレシフェの傍らから、侍女のアルカが声をかける。
 「ええ、問題はないわ。とても動きやすいし・・・」
 腕を軽く振りながら答えるレシフェ。
 試作スーツのテストデーターから作成された戦闘用ドレスは、正にパーフェクトと呼ぶ
に相応しい出来映えであった。
 機能性、防御性に優れた戦闘用ドレスの外見は、レシフェがいつも着ている草色のミデ
ィードレスと同じデザインで、ドレスの肩には、伸縮自在のリボンが下がっており、武器
としての機能も万全だ。
 ドレスを整えるレシフェに歩み寄ったアルカが、柄に狼の紋章を備えた立派な造りのナ
イフを手渡した。
 「どうぞ姫様。」
 そのナイフは、レシフェが魔戦姫として契約を交わした際に、魔界の戦闘部族である
(魔狼族)の族長から賜った業物である。
 ※(魔狼族については、設定を参考ください。)
 誇り高き魔狼族が、最強の戦士と認めた者にのみ与えるそのナイフを鞘から抜いたレシ
フェは、前にある石像の前で身構えた。
 「はあっ!!」
 鋭い剣戟が水平に薙ぎ、石像に閃光が走った。
 バシュッ!!
 鋭い音と共に、真っ2つに切り裂かれた石像が宙に舞った。
 地面に落ちた石像がアルカの足元に転がって行く。石像の切断面は歪みが無く、完璧な
水平状態で両断されていた。
 それを見たアルカが感嘆の声を上げる。
 「見事ですわっ、さすがは姫様。」
 石像を水平に両断するその技は、ナイフの切れ味だけでは成しえない。レシフェの腕前
が在ってこそ成せる技なのだ。
 レシフェの美しさと類稀なる腕前、どれをとっても超一級である。
 「ありがとうアルカ。」
 嬉しそうに呟くレシフェは、ナイフを鞘に収め、スカートのスリットを軽く広げて艶や
かな太ももに巻かれたベルトに魔狼族のナイフを括り付ける。
 「本当にお美しいですわ、姫様こそ戦う姫君に相応しいです。」
 アルカは姫君の美しき姿に感無量だが、等のレシフェは少し不満気味だった。
 「ねえ、アルカ。どーしてもドレスじゃなきゃダメ?私はスーツの方がいいんだけど・・
・どうもヒラヒラ、フワフワのドレスは苦手なのよねー。」
 「何を仰るのですか姫様〜。姫君たる者、どのような状況においても美しく着飾らねば
なりません。リーリア様も仰ってますわ。魔戦姫としての心得は強く、優しく、美しく、
それでもって・・・」
 「それは判ってるけど〜。」
 レシフェがアルカの話を渋々聞いていると、彼女等の所に少し疲れた顔のハルメイルが
姿を見せた。
 「あ、ハルメイル様。いらしてたのですか?」
 近寄る2人に気が付くハルメイル。
 「やあ、レイちゃん、それにアルカも。」
 現れたハルメイルは、巨大な銃と大砲を組み合わせたような武器を念力で運んでいた。
 現代風に言えば、大型マシンガンにグレネードランチャーを装備した銃火器と説明すれ
ば理解できるであろう。
 それの全長は1.5m。シンプルにして機能的なデザインだ。
 黒光りする銃身に目を向けたレシフェ達が、興味津々と言った顔で尋ねた。
 「これは・・・新しい武器ですか?」
 だが、ハルメイルは考え事をしているのか、視点の定まらない顔でボンヤリしている。
 「あの・・・ハルメイル様。」
 「えっ?な、何?」
 「ですから、この武器の事で・・・」
 「あ、ああ。ゴメン、ボーッとしてたよ。寝不足なんだ。」
 眠そうに答えるハルメイルは、頬を軽く叩いて武器の説明を始めた。
 「これは接近戦用にオイラが造った兵器さ。フロイライン・ギャラホルンの能力を凝縮
した、縮小版のフロイライン・ギャラホルンって所かな。」
 ハルメイルの言葉に驚く2人。
 「フロイライン・ギャラホルンの・・・縮小版ですかっ?これが・・・」
 2人の視線を浴びるその兵器は、フロイライン・ギャラホルンを元にハルメイルが独自
に開発したものであった。
 強大な破壊力を誇る最終兵器フロイライン・ギャラホルンの持つ絶大な能力をそのまま
スケールダウンしたのが、この兵器である。
 だが、通常フロイライン・ギャラホルンは黒衣の侍女こと、オーガメイドが変身した物
であって単なる兵器とは異なっている。
 「侍女が変身したものではありませんよね?」
 アルカの質問に、頷くハルメイル。
 「ああ、そうだよ。これ自体は只の兵器だけど、オーガメイドと合体する事によって強
力な兵器になるンだよ。」
 その言葉に、アルカは自分を指差して尋ねる。
 「オーガメイド・・・つまり・・・私がこれに合体を?」
 「そうさアルカ、それを君にやってもらいたいのさ。フロイライン・ギャラホルンの心
臓部を担う、オーガメイドの君にね。」
 アルカを見ながらニッコリと微笑むハルメイルは、さらに説明を追加した。
 「フロイライン・ギャラホルンはオーガメイドや魔戦姫の魔力を砲弾に変えて撃つンだ
けど、これは各種能力を施した魔力カードを弾丸に変えて使用するんだ。その魔力カード
を弾丸に変化させる役割と、使用する相手に最も効果のあるカードの選択をアルカがやる
んだ。そして射手は、レイちゃん・・・君だよ。」
 そう言うと、巨大銃砲をレシフェに手渡した。慌ててそれを抱き抱えるレシフェ。
 「あ、とと・・・え?・・・これ、凄く軽いですわね・・・」
 驚きながら銃身を持ち上げる。見た目には20〜30kgはありそうだが、超軽量材質
のため実際には10kgもない。縦に立てるとレシフェの身長とほぼ同じである。
 銃身を反転させて身構えるレシフェは、サイドにカードを挿し込むスロットがあるのを
見つけた。
 「ここに魔力カードを入れるのですね?」
 「うん。そして、これが魔力カードだよ。」
 ハルメイルはそう言うと、カードの束を懐から取り出した。それぞれのカードには、様
々な魔法のエレメントを示す文様が描かれている。
 爆裂系、強酸系、火炎系、極冷系、などなど・・・カードを選択する事により、用途に
応じて様々な種類の弾丸を撃ち出せる。
 それはまさに、どんな相手であろうと確実に仕留める事ができる無敵の魔道兵器なのだ。
 だが、レシフェは魔道兵器を前にして少しためらっている。
 「これを・・・私が使うのですか・・・」
 飛び道具は嫌いではないが・・・銃には辛い想い出がある。
 アマゾネス一族を全滅させた侵略者達が銃を使っていたため、銃には強い抵抗感があっ
た。
 目を閉じて過去を思い出しているレシフェを、心配そうに見つめるアルカ。
 「姫様・・・」
 だが、アルカの懸念はレシフェの決意によって薙ぎ払われた。
 「ありがとうございますハルメイル様、喜んで使わせていただきますわ。」
 微笑みながらハルメイルに向き直るレシフェ。その表情に過去の因縁に囚われている様
子は全くなかった。
 「よかった・・・姫様は過去を乗り越える事ができたのですね?」
 「ええ、あなたが過去を消してくれたんですもの・・・ありがとうアルカ・・・」
 彼女の眼は、喜びで潤んでいた。そしてレシフェにそっと寄りそうアルカ。そして安堵
の溜息をつくハルメイル。
 「気に入ってくれてうれしいよ、レイちゃん。」
 寄りそう2人を満足そうに見つめているハルメイルだったが、その表情には悲痛なる暗
い影があった。
 兵器を造るために徹夜をしていた事もあるが、彼の心痛な表情は睡眠不足だけではなさ
そうだ。
 それを察したレシフェ達が心配そうに尋ねる。
 「どこか具合でも悪いのですか?さっきからとても辛そうな御顔しておられますが・・・
」
 尋ねられたハルメイルは重い口を開いた。
 「うん・・・実は、昨夜からスノウホワイトの事が気掛かりになってて・・・少し居眠
をした時にね、バケモノに苦しめられているスノウホワイトの夢を見たんだ。彼女の身に
何かあったのかもしれないよ・・・」
 その言葉に、レシフェ達は声を詰まらせた。思い当たる事があったのだ。
 「そう言えば・・・バーゼクス城に潜入すると言ってから、何の連絡もありませんでし
たわ。スノウホワイトだけじゃなく、ミスティーア姫や天鳳姫も・・・」
 レシフェは携帯端末を取り出してスノウホワイトに連絡をしてみる。だが・・・応答が
ない。他の2人も同じだった。
 携帯端末は如何なる場所でも通信が可能だ。応答がないのはおかしい。
 「まさか、彼女等は・・・」
 「3人はかなり苦戦してるかも・・・ううん、苦戦してる、間違いないよ。相手はかな
りの強敵だと思う・・・只の誘拐犯じゃないね。」
 ハルメイルの言葉には重々しさがあった。それが事実とすれば、由々しき事態である。
 重苦しい口調でレシフェに頼むハルメイル。
 「レイちゃん、悪いけど今すぐ3人の所へ向かって欲しいんだ。本当はオイラが助けに
行きたいンだけどさ。」
 魔界において重要な責務を担う魔界八部衆が、私情で人間界へ赴く事は許されていない。
 でもハルメイルは、不測の事態があるのなら己の任も捨ててでも、スノウホワイトを助
けに行くつもりだった。
 その心配を拭うかのように、アルカが口を開いた。
 「ハルメイル様の御手を煩わせてはいけませんわ。強敵であっても、私達が必ず助けて
見せますわよ。」
 アルカの言葉にレシフェも頷く。
 「では、もう1人助っ人を呼ぶ必要がありますね。出でよジャガー神っ!!」
 地面に手を置いたレシフェが叫ぶと、暗黒の異空間から狂暴なジャガーの魔獣が出現し
た。
 レシフェの忠臣(ペット?)であるジャガー神だ。
 「ガァオ〜ッ!!」
 異空間から飛び出したジャガー神が雄叫びを上げる。
 「敵はどこだニャ〜ッ!?あれ?」
 キョロキョロするジャガー神。敵は何処にもいない。
 そんなジャガー神を、呆れた顔で見ているハルメイル。
 「何やってんだよトラの助、敵なんかいないよ。」
 「あ、あの〜。オレはトラじゃなくてジャガーなんだけどニャ〜。」
 ハルメイルにトラの助と呼ばれて困った顔をしているジャガー神は、南米最強の破壊魔
獣であり、その狂暴な力によってネイティブ・アメリカン達から最も恐れられている存在
だ。
 レシフェは、その破壊魔獣を(調教)し、自身の忠実な部下として使役しているのであ
る。
 「レシフェ様、今日はどんな御用ニャンでしょうか?」
 恭しく頭を下げるジャガー神に命を下すレシフェ。
 「私達は今からスノウホワイト、ミスティーア姫、天鳳姫の援護に向かいます。彼女等
は敵に苦戦していますわ、今こそお前の力が必要なのです。一緒に来てもらえますか?」
 レシフェの意外な言葉にキョトンとするジャガー神。
 「来て、もらえますかって・・・今日のレシフェ様、なんだか変だニャ。」
 いつもなら命令口調なのに、今日は協力を仰ぐような言葉使いだったからだ。
 「来るのですか?来ないのですか?」
 「御供しますニャ〜、レシフェ様の行く所、どんなトコでも御一緒しますニャ〜。」
 「ありがとう、お前は私の良い部下だわ。」
 喜んで答えるジャガー神を、頼もしそうに見るレシフェ。その顔には優しい笑みが浮か
んでいる。
 そしてハルメイルに向き直ったレシフェは、魔道兵器を片手に敬礼をする。
 「では、行って参ります。」
 「うん、気を付けてね、みんなを頼むよ。」
 「はい。」
 どこか心の険が取れた感じのレシフェを変に思ったジャガー神は、小声でアルカに尋ね
る。
 「ニャア〜、アルカ。レシフェ様どっか変わったかニャ?いつもと違うみたいだけどニ
ャ。」
 ジャガー神に言われてクスッと笑うアルカ。
 「あなたにも判ったのねジャガーちゃん。姫様はとっても変わられましたわよ・・・ウ
フフ」
 アルカの言葉通り、レシフェは変わっていた。彼女の心から過去の恨みと悲しみが消え
ているのだ。
 でも、どう言う経緯で心情が変化したのか判らないジャガー神は、頭上にクエスチョン
マークを浮べて悩んでいる。
 「う〜ん。アルカ、お前は知ってるのかニャ?」
 「ええ、後で教えてあげますわ。」
 そう答えるアルカを右肩に乗せるジャガー神。逞しい猛獣の肩に、小柄なアルカがチョ
コンと腰掛ける。
 屈強な魔獣と聡明なる侍女を従え、レシフェは人間界に向かう魔界ゲートを開いた。
 「行きますわよ、魔界ゲートオープンッ!!」
 レシフェが手をかざすと暗黒のゲートが開く。その中に3人は飛び込んで行った。
 人間界へと向かったレシフェ達を、心配げに見ているハルメイル。
 レシフェ達ならスノウホワイトや仲間達を助けてくれるだろうし、何よりも無敵の魔道
兵器がある。心配はいらない・・・はずだ。
 「レイちゃん、アルカ、トラの助・・・頼んだよ。スノウホワイトを助けて・・・」
 まるで祈るかのように呟くハルメイルだった。
 
 レシフェ達がバーゼクスに向かっている頃、魔界の診療所では、ミスティーア達に助け
られた多くの若い娘が診察を受けていた。
 その診療所は、魔戦姫や魔族達に助けられた人間をケアする目的で設立されたものであ
り、多くの医療スタッフが駐在している。
 デスガッド一味に強姦されていた若い娘の1人が、献身的に看護してくれる魔族の医師
に感謝を述べている。
 「本当にありがとうございます・・・なんと御礼を言えば良いのか・・・」
 「いや、礼には及びませんよ。それなら魔戦姫の方々に・・・あっとと。」
 うっかり魔戦姫の名前を口にしてしまい、慌てて言葉を飲み込む医師。
 自分のいる場所が、そして自分達を助けてくれた者が尋常ならざる存在である事を薄々
感じ取った娘が医師に尋ねた。
 「ませんき?私達を助けてくださった方々ですねっ。あの方達は正義の魔法使いでしょ
うか・・・それにここは・・・」
 「今は何も考えないで静かに養生をしなさい。いいですね?」
 「はい・・・」
 優しく言いながら娘にシーツをかけて頭を撫でる。医師の魔法で、娘は安らかに寝息を
立てて眠った。
 「ふう・・・記憶の消去は完全にしておかないとな。」
 眠っている他の娘達を見ながら、魔族の医師は溜息を付いた。その時、看護婦が慌てた
表情で診察室に飛び込んで来た。
 「先生っ、リーリア様が御見えになられました。」
 看護婦の言葉に、医師は椅子から立ち上がった。
 「そうか、今行く。」
 医師が診察室を出ると、そこには黒衣のドレスを纏ったリーリアが立っていた。
 リーリアは、医師から火急の用件を知らされて診療所に訪れていたのである。
 「御忙しい所をお呼び立ていたしまして申し訳ありません。」
 「火急の用件と聞きましたが、何があったのです?」
 「はい、実は・・・」
 事の次第を説明する医師。
 それは昨夜遅くに診療緒に担ぎ込まれた若い男の事であった。森で警備兵に発見された
男は、胸に重症を負っており、うわ言の様に(白雪姫様)と呟いていると医師はリーリア
に説明した。
 「白雪姫・・・その男がそう言っているのですか?」
 「ええ、白雪姫と言えばスノウホワイト様の事だと思いますが。それに男の様子がおか
しいのでリーリア様に相談したほうが良いと思いまして。」
 医師の只ならぬ表情に、リーリアは不安げな声で返答した。
 「判りましたわ、すぐその男の所へ案内なさい。」
 「はい、こちらです。」
 医師の案内で男の所へ赴くリーリア。
 男は緊急治療室で治療を受けていた。ベッドに横たわる男の周囲では、看護士達が慌し
く動いている。
 「出血がひどい、輸血の準備を急げっ。」
 「回復魔法が効かないっ、傷口が塞がりませんっ。」
 バタバタしていた看護士達が、リーリアの姿を見て一斉に敬礼した。
 「こ、これはリーリア様っ。」
 「その男に聞きたい事があります、話はできますか。」
 「は、はい。話しはできますが、体力的にかなり衰弱しておりますので用件はできるだ
け手短にお願いできますか?」
 「わかりました、あなた達は少しさがってなさい。」
 看護士達を下がらせたリーリアは、ベッドの横にある椅子に座った。
 「酷い怪我ですわね・・・まるで猛獣の爪で切り裂かれたみたいですわ。」
 男の胸には、ザックリと裂傷が走っている。それに手をかざしたリーリアが顔色を変え
た。
 「こ、これはっ!!」
 リーリアの顔から見る見る血の気が引いて行く。傷口から異常な気配を感じ取ったのだ。
人間界の猛獣に傷つけられたのでも、魔界の魔獣にやられたのでもない・・・
 リーリアは不吉な予感を胸に押し込め、男に尋問した。
 「あなたは何者で、どうして魔界の森にいたのですか?この怪我は誰に?」
 男の顔に手を当てると、呻き声と共に返答が帰ってきた。
 「う、うう・・・おれは・・・バーゼクスの・・・戦闘員で・・・ペドロって言います・
・・デスガッドとゲルグに・・・始末されそうになった所を・・・白雪姫様に助けられて・
・・でも白雪姫様は、ううっ。」
 「な、なんですってっ!?」
 ベッドに横たわる男・・・ペドロの返答に、リーリアは動揺した。いつも冷静なリーリ
アらしからぬ事であった。
 「あなたの知っている事を全て話しなさいっ。デスガッドは何者ですかっ!!スノウホ
ワイトは・・・白雪姫はどうなったのですっ!!」
 声を荒げたリーリアがペドロの肩を揺さぶった。
 「あうう・・・話します・・・」
 ペドロは知りうる事の全てを告白した。デスガッドとゲルグの陰謀、そしてスノウホワ
イトの危機も・・・
 話しを聞いたリーリアの体がブルブル震えている。そしてペドロの胸にある生々しい傷
跡を見て呟いた。
 「間違いありませんわ・・・デスガッドの正体は・・・」
 怪我は医師達が回復魔法をかけていたであろうが、回復の兆しが全く無い。
 回復系魔法が通用しない傷跡・・・無敵の魔戦姫が倒された事・・・それ等の事から、
デスガッドの正体を見抜いたリーリアであった。
 「その者の怪我は高位魔導師でしか治せません。速やかに医療魔導師の所へ連れて行く
のです、決して死なせてはなりませんよっ。」
 椅子から立ち上がったリーリアは、驚く看護士達に背を向けて治療室を飛び出して行っ
た。
 「何があったのかな?」
 「さあ・・・」
 不信に首を傾げる医師達であった。
 診療所から慌しく出て来たリーリアを、表で待っていた馬車の御者が出迎えた。
 「御帰りなさいませ。」
 馬車の扉を開けようとする御者だったが、リーリアは険しい顔で口を開く。
 「馬車でノンビリ帰っている暇はありませんわ・・・」
 そう言ったリーリアは、背中から漆黒の翼を出現させた。
 「あの〜。一体何が、うわっ!?」
 漆黒の翼が大きくはためき、爆風と共にリーリアは凄まじい勢いで飛び去って行った。
 「???・・・な、なンだ?リーリア様は何を急いでおられるんだ?」
 後に残された御者が、瞬く間に上空へと消えたリーリアを見つめている。
 御者を残して魔戦姫の城に急ぐリーリアは、苦悶の表情で呟いた。
 「敵が神族だったとは・・・私とした事が迂闊でしたわっ。確認もしないであの子達を
向かわせるなんてっ。」
 激しい焦りに苛まれながら、リーリアは魔界の上空を飛んだ。
 彼女の視界に、魔戦姫の城が映る。庭にはレシフェを見送ったハルメイルが立っていた。
 「ハルメイルさまーっ!!」
 「えっ?」
 上空から響く声に驚くハルメイルの前に、黒い影が降り立った。
 「ひゃっ。り、リリちゃんっ!?どーしたの?」
 眼を白黒させるハルメイルに、リーリアは駆け寄った。
 「一大事ですわっ。スノウホワイトが・・・」
 いつに無く狼狽しているリーリアは、診療所での経緯を全てハルメイルに話した。
 スノウホワイトの危機を知ったハルメイルの顔が真っ青になった。悪い予感は的中して
いたのだ。
 「そ、そんな・・・スノウホワイトがっ。」
 ガックリと膝をつくハルメイルは、悔しそうに地面をバンバン叩いた。
 「何てことだよっ、こんな事なら・・・ノンビリ武器なんか造ってるンじゃなかったっ!
!」
 声を上げて自分を責めるハルメイルを、リーリアが宥めた。
 「ハルメイル様の責任ではありませんわよ、それにピンチなのはスノウホワイトだけで
はありません。ミスティーアや天鳳姫達も・・・」
 リーリアの言葉にハッとするハルメイル。
 「そ、そうだ・・・レイちゃんが・・・ついさっきアルカとトラの助を連れてバーゼク
スに向かったんだっ!!早く連れ戻さないとっ!!」
 「まさかっ、レシフェまで・・・」
 一足遅く、レシフェはバーゼクスに向かってしまった。敵の状況を知らされていないレ
シフェ達が危機的状況に陥るのは目に見えている。
 もはや一刻の猶予も無い。ハルメイルは携帯端末を取り出して部下に連絡を始めた。
 「もしもしっ、オイラだっ。大至急ありったけの武器を用意して魔戦姫の城に来いっ。
人間界で捕まっている魔戦姫のメンバーを助けに行くんだっ。えっ?武器は何にしますか
って?何でもいいんだよっ!!ある奴全部持って来いっ。超特急でだっ!!」
 大声で叫んだハルメイルは、携帯端末を収めてリーリアに向き直った。
 「リリちゃん、スノウホワイトの・・・みんなの救出にはオイラも行く。リリちゃんも
用意してくれ。」
 ハルメイルの決断に驚くリーリア。魔界八部衆であるハルメイルが戒律を破って人間界
に赴くと言うのだ。
 「気をお静めください、ハルメイル様がそんな事をなされたら・・・魔王様の厳しい懲
罰が下りますわよっ?スノウホワイト達の救出は私が・・・」
 だが、ハルメイルは強く拒否した。
 「魔王様の懲罰がなんだよっ!!スノウホワイトを助けるためなら・・・八部衆の地位
なんか捨ててやるっ。命に代えても助けに行くんだっ!!」
 「ハルメイル様・・・」
 激しい口調で訴えるハルメイルに、さすがのリーリアも根負けした。
 魔王の懲罰がどれほどのものか、ハルメイルが知らない訳は無い。八部衆の地位はおろ
か、八つ裂きにされても文句は言えない。
 でも、それほどの危険を犯してまでもスノウホワイトを助けたいのだ。
 「判りましたわ、魔王様には私からも弁護致します。行きましょう、スノウホワイトを・
・・皆を助けに。」
 「ありがとうリリちゃん、恩にきるよ。」
 リーリアに感謝しているハルメイルの元に、彼の部下達が大量の武器を持って現れた。
 「ハルメイル様、遅くなりましたっ。」
 黒い鎧に重装備の彼等は、ハルメイル直属の兵士達だ。いずれもハルメイルの発明した
最新型の銃兵器で武装している。
 レシフェに渡した魔道兵器には劣るものの、戦闘には十分威力を発揮できる。
 だが、相手が神族である事を考慮したリーリアが兵士達に忠告を発した。
 「みなさん、これから私達が戦いを挑む相手は神族です。知っての通り、我等魔族を滅
する力を持つ神族は強敵ですよ、心してくださいねっ!?」
 リーリアの檄に、兵士達は快く返答した。
 「お任せください、相手が何者であろうと我等は怯みません。」
 頼もしい魔族の兵士達に、リーリアもハルメイルも満足げである。
 兵士達の前に立ったハルメイルが、両手を広げた。
 「さあ出陣だっ。魔界ゲートオープンッ!!」
 ハルメイルの声と共に、魔界の扉が開かれる。総員、魔界ゲートへと飛び込んで行った。
 向かう先は人間界、そして魔族の仇敵である神族の陰謀が待ち構えるバーゼクス城であ
った。







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