魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第一話10


   悲しき闇の掟。そして魔王への嘆願
ムーンライズ

  波止場で安堵の余韻に浸っていたミスティーア達の元に、レシフェが姿を見せた。
 レシフェの姿を見たリーリアは、ミスティーア達の肩を軽く叩いて声をかける。
 「さあ、もう行きましょう。」
 その言葉にコクリと頷くミスティーア達。
 「姫様、お手を。」
 ミスティーアの両脇に立ったエルとアルは、彼女の手を取って建物の方へと誘った。侍
女達に引かれ、ミスティーアは無言で城に入って行く。
 それを見届けたリーリアは、踵を返してレシフェに向き直り尋ねた。
 「レシフェ、被害者の状況はどうなっています?」
 彼女はガスターク一味の被害を受けた人々を、魔戦姫達や侍女達の力を借りて救出して
いたのである。
 リーリアの問いに答えるレシフェ。
 「はい、被害者は肉体の損傷が激しい方もおりましたが、ブラッディー・スノウホワイ
トが回復魔法で復活させました。辱めを受けた淑女やメイド達の肉体的損傷の回復と、辱
められた時の記憶の消去も済みまして、後は被害者の方々が意識を取り戻すのを待つのみ
でありますが・・・」
 レシフェが急に表情を曇らせた。
 「どうしたのですか、何か問題でも?」
 「はい、実は・・・ミスティーア姫の兄君であるアドニス殿下の容態が思わしくありま
せん。被害者の中でも特に肉体的損傷が激しかった上に、ブラッディー・スノウホワイト
がいくら回復魔法を使っても復活の兆しが無いんです。我々にも手立てがありません。ど
うか、リーリア様のお力添えを願えませんでしょうか。」
 レシフェの切実な訴えにリーリアは、僅かに沈黙した。
 「・・・そうですか。判りました、何とか致しましょう。」
 呟く様にそう言ったリーリアは、レシフェの前に立って歩き始める。
 アドニスの容態が思わしくない・・・その言葉に、リーリアは複雑な表情になった。
 彼女の脳裏に、嫌な予感が過っている。その不安を払うかのように城の中へと急いだ。
 
 一方、城中の惨劇の舞台となった会場に、魔戦姫達と黒衣の侍女達が集合し、魔界に一
時退避させていた被害者の移送に勤しんでいる。
 移送された被害者達は全員、ブラッディー・スノウホワイトからケガの回復をしてもら
っており、会場の一角に存在している魔界のゲートから、次々運ばれてくる。
 全員、魔戦姫の存在を察知されぬ様に眠らされており、搬送する侍女達の手で、会場の
床へ順番に並べられていく。
 被害者の移送作業を目の当たりにしたミスティーア達3人は、床に寝かされている人々
を見て驚愕の声を上げた。
 「み、見てください姫様っ、皆さん生きておられますわっ。」
 「御館様もお后様も・・・無事ですのっ。」
 エルとアルの言っている通り、領主夫妻とミスティーアの兄達も全員、傷が癒され元の
姿に戻っている。それは他の来賓の貴族や召使い、メイドも同じだ。完全復活している。
 ただ、全員深い眠りに付いており、ミスティーアがいる事に気が付かない。
 「ああっ、みんな・・・お父様も、お母様も・・・お兄様達まで・・・た、助かったの
ですかっ!?」
 その声に、魔戦姫達が振り返る。
 「ミスティーア姫・・・」
 魔戦姫達は、喜びの声を上げるミスティーアを見た。その表情には、僅かながら困惑と
悲しみの表情が浮かんでいる。
 彼女等が何故そんな顔をしているのか?その答えはすぐに判明する。
 「お父様ーっ、お母様ーっ!!」
 叫びながら駆け寄ろうとするミスティーアに、(血塗れの白雪姫)ブラッディー・スノ
ウホワイトが前を遮った。
 「いけませんっ、ご両親に触れてはなりませんよっ。」
 白く美しい姫君に行く手を遮られ、ミスティーアは目を見張った。
 「そ、そこを退いてくださいっ、お父様っ、目を覚ましてっ、私ですミスティーアです
ぅっ!!」
 目を閉じている両親の元に行こうとするミスティーア。そんな彼女を、ブラッディー・
スノウホワイトは諌めるように制した。
 「よく聞いてくださいミスティーア姫。今の貴方はご両親に・・・いえ、表の世界の人
間には指一本触れる事は出来ないのですよ。」
 「えっ?・・・どうして・・・」
 両親に触れる事が出来ない・・・驚愕の言葉に絶句するミスティーアに、スノウホワイ
トは理由を説明する。
 「貴方の体は闇の肉体に変化しています。貴方の体から発せられる闇の波動を浴びた者
の魂は、闇の世界に堕ちてしまうんです。」
 スノウホワイトの説明に、ミスティーアは愕然とした。そして・・・自分の手を見た。
 「そ、そんな・・・」
 白く艶やかな手。誰が見ても彼女の手が闇に染まっているとは思わないだろう。だが、
その手はまぎれも無い闇の者の手だ。
 闇に生きる者の肉体からは、闇の波動が放たれている。
 それは闇の者の生体エネルギーとも言える物だが、表の世界に生きる人間が波動を浴び
ると、精神を破壊され魂は闇に堕ちるのである。
 悪魔に魂を売り、魔戦姫となったミスティーアは、もはや(人間)ではない。彼女は骨
の髄まで暗黒に染まった闇の者なのだ。そのミスティーアが(生身の人間)である両親に
触れる事は出来ない。
 スノウホワイトは、さらに説明を付け加える。
 「私達は闇の波動を制御する訓練をしていますので、人間に直接触れても大丈夫なので
すが、闇の者になったばかりの貴方は闇の力を操る能力がありません。今の貴方は・・・
ご両親に触れるどころか、近寄る事も出来ないのですよ。辛い事を言うようですが・・・
2度と戻れぬ無明の闇に貴方のご両親の魂を堕としたくないのであれば・・・ご両親に触
れる事を諦めなさい・・・」
 悲痛な宣告を受け、絶望と悲しみに打ちのめされるミスティーア。
 「そんな・・・仇を討てたのに・・・みんな助かったのに・・・そんな・・・うわああ
っ!!」
 悲しき声を上げ、床に突っ伏して泣き叫ぶ。そんな彼女を、エルとアルがなだめた。
 「姫様・・・もう泣かないでくださいの・・・」
 「そうですわ・・・私達が姫様についていますわ・・・」
 その3人の姿を、黙って見ている魔戦姫と黒衣の侍女達。彼女等も悲しみに暮れている。
同じ闇の宿命を背負った者でしか理解できない悲痛な心情なのだ。
 やがて、黒衣の侍女達によって最後の被害者が移送された。ミスティーアの最愛の兄、
アドニスだ。
 アドニスの姿を見たミスティーアが、泣き顔を上げてアドニスの名を呼んだ。
 「あ、アドニス兄さんっ・・・あ・・・」
 アドニスを見たミスティーアが絶句する。アドニスの顔色がおかしいのだ。血の気が無
く、まるで幽鬼のような有様だ。
 その傍らに、硬い表情のリーリアが立っている。そのリーリアにレシフェが声をかける。
 「リーリア様、アドニス殿下の容態は?」
 「やはり・・・思ったとおりですわ、彼の魂が戻っていません。おそらく、ミスティー
ア姫を奪われた時の凄まじい怒りと悲しみで、魂が闇に引き込まれてしまったのですよ。
魂が戻らない以上、どんな回復魔法を使っても無駄です。」
 リーリアの言葉に、レシフェを始め、魔戦姫達が声を詰まらせる。被害者達は全員、ブ
ラッディー・スノウホワイトの回復魔法で復活していたが、アドニスだけは復活できなか
ったのだ。その理由がこれであった。
 「それでは、アドニス殿下は。」
 「ええ、今の私達では彼の魂を呼び戻すことはできません。」
 事態を飲みこめないミスティーアが、血相を変えて走り寄ってきた。
 「あ、アドニス兄さんはどうなったんですかっ!?助からないんですかっ!?」
 ミスティーアに詰め寄られたリーリアは、目を伏せて顔を背ける。
 「ミスティーア姫・・・残念ですが、アドニス殿下はもう・・・」
 「そんな・・・」
 その悲しき言葉に、ミスティーアは震えた。
 アドニスは助からない。それはミスティーアにとって最も絶望的な事であった。
 「アドニス兄さんはもう・・・」
 力無く泣き崩れるミスティーアを見たリーリアが、何か決意した様に顔を上げた。
 「可能性は低いのですが、まだ希望がなくなったわけではありません。」
 「え?それは一体・・・」
 「それは・・・闇の魔王様に嘆願して、アドニス殿下の魂を闇の世界から引き戻してい
ただく事です。ただし、魔王様が・・・私達の願いを聞き入れて下されればの話ですが。」
 闇の魔王に嘆願する・・・リーリアの言葉に、レシフェが驚嘆の声を上げた。
 「まさかっ、魔王様がそんな事を御承知される筈はありませんっ。もし嘆願に失敗すれ
ば、只では済みませんよっ?」
 レシフェが恐れている闇の魔王・・・それはいかなる存在か?
 それは、闇の世界を司る存在であり、魔戦姫に多大な魔力を与えている暗黒の支配者で
ある。
 その実体は闇のベールに閉ざされ、魔界八部衆と呼ばれる8人の幹部を率いて闇の世界
を治めている。
 闇の全てを支配する魔王なら、闇に堕ちたアドニスの魂を引き戻す事が出来るのだ。
 だが・・・強大な力を誇る闇の魔王が、たかが人間1人の魂を救う事に助力をする筈な
ど無い。いや、それ以前に(救う)と言うこと自体、魔王には無縁な事だ。
 それに嘆願に失敗して魔王の逆鱗に触れれば、只では済まないだろう。その恐ろしさを
知っているレシフェは、声を上げてリーリアに進言した。
 「リーリア様。どうか今一度、御考え直しの程をっ。魔王様のお怒りに触れることは避
けねばなりません。アドニス殿下の事は諦めるしか・・・」
 そう言うレシフェの横から声を挟んでくる者がいた。
 猛毒の天女、天鳳姫だ。
 「レシフェさん、何事もやってみなければ判らないのコトですヨ。」
 「そんなのん気な事をっ!!あなただって魔王様の御怒りがどれほどのものかを知らな
い訳が・・・」
 声を荒げようとしたレシフェが、急に声を止めた。天鳳姫が無言で首を振り、(何も言
わないで。)と告げているのだ。
 リーリアの決意を覆せない事を諭されたレシフェは、仕方なさそうな顔をし、リーリア
の決定に従う事に決めた。
 天鳳姫は、丸いトレイに乗せられたワイングラスを持っており、そのワイングラスには
紅い酒が満たされている。
 「リーリア様、魔王様に献上する魔酒の用意できましたアルね。」
 天鳳姫が魔酒と呼ぶそれは、悪党の魂を閉じ込めて精製した魔族専用の美酒である。
 その透き通ったワイングラスの中で魔酒が波打っており、時折波紋が歪んだ人間の顔に
なった。その顔は、ガスタークやグスタフ、ラットなどの顔になっており、哀れな声でヒ
ーヒーと泣き声を上げている。
 この悪党の魂魄を封じ込めた魔酒は、魔族にとって最高の美酒であり、リーリア達が悪
党を成敗した後、その悪党の魂を封じ込めて魔王や魔界八部衆に献上しているのだ。
 献上する理由としては、力添えをしてくれた事を感謝するのがおもな理由であるが、今
回はもう少し違った理由となるのであった。
 「今回は悪者の数がスゴク多かったから極上の魔酒が出来たアルよ。魔王様もこれを飲
まれればお許しくださるハズのコトね。」
 天鳳姫の口調はあくまでお気楽だが、魔王に嘆願する事の難しさがどれほどの事かは彼
女も重々承知している。少しでも気持が和らぐ様にとの気遣いなのだ。
 魔酒を受け取ったリーリアは、それを見ながら呟いた。
 「魔酒で魔王様が機嫌を好されるとは限りませんが、アドニス殿下を救う為には魔王様
に許しを頂くしかないでしょう。時間がありません、これより私が直々に魔王様に嘆願し
てまいります。」
 リーリアは片手で魔酒を持ちながら、もう片手に念力を込め、アドニスの体を持ち上げ
て運ぶ。
 そして魔界のゲートへと歩み出すリーリアの背後から、ミスティーアが声をかけてきた。
 「待ってくださいっ、アドニス兄さんを助けに行かれるのでしたら、私も連れていって
くださいっ!!」
 ミスティーアは魔王の実体を全く知らない。だが、アドニスを救うことが出来るのは魔
王だけだと言うのなら、自分も嘆願に加わろうと思ったのだ。
 険しい面持ちでミスティーアを見るリーリア。
 「ミスティーア姫、魔王様がいかなる判断を下されるかは全く予測できません。貴方に
御怒りの矛先が向かないとは限りませんよ。どんな目に遭わされても私は責任を持てませ
んが、よろしいですか?」
 「構いませんっ、アドニス兄さんを助けられるなら、私はどうなってもいいんです。」
 強い決意のミスティーアに、リーリアはフッと微笑んだ。
 「そのアドニス殿下を思う気持ちがあれば、魔王様は心を動かされるかもしれませんね・
・・判りました、一緒にいらっしゃい。」
 リーリアは再び魔界のゲートへと歩み出した。
 彼女は、ミスティーアに背中を向けたまま小さな声で呟いた。
 「魔王様なら、きっと御理解してくださるでしょう。あの方は、私の愛する夫なのです
から・・・」
 私の愛する夫・・・その言葉を聞いたミスティーアは、リーリアに尋ねた。
 「お、夫とはどういう事ですか?」
 「・・・行きましょう。」
 リーリアはミスティーアの問いに答えなかった。
 魔界のゲートが大きく開き、リーリアとミスティーア、そしてアドニスの体が吸い込ま
れて行った。
 「後の事は任せましたよ。」
 リーリアの言葉を残し、魔界のゲートは閉じられる。後に残されたエルとアルが心配そ
うにゲートの閉じた場所を見つめている。
 「姫様・・・」
 立ち竦むエルとアルの肩を、天鳳姫が軽く叩いた。
 「心配ないのコトよ、リーリア様、きっとアドニスさん助けて帰ってくるね。」
 「あの、信じていいんですね?」
 「リーリア様を信じるヨロシ。リーリア様ウソついた事ないのコトよ。ねっ?レシフェ
さん、スノウホワイトさん。」
 ウインクしながらレシフェとスノウホワイトに向き直る天鳳姫。
 「そうね・・・リーリア様なら、そして、ミスティーア姫の優しい心があれば何とかな
るかもしれませんね・・・」
 「そうですわね・・・大丈夫ですよ。」
 レシフェとスノウホワイトは頷きながらそう言った。




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