『魔戦姫伝説』
魔戦姫伝説 ふぶき〜初陣編〜3 「亡霊の影」
恋思川 幹
やがて、僧兵の頭の死体が原型を失った頃。
「ふぶきさま……」
「若葉か?」
紅葉と同じく市女笠の旅装姿の若葉がふぶきの後ろに控えていた。
「この寺の生き残りの話を聞いてまいりました。どうやら、襲撃者は忍びであるものと推
察されます。薬で自由を奪い、刃物で止めを刺していったものと思われまする」
「忍び? どこの手のものか?」
ふぶきが問い返す。
「申し訳ございませぬ。そこまでは特定するには至りませんでした。しかし、奇妙な話を
聞きました」
「奇妙な話?」
ふぶきが若葉のほうへ振り返る。
「寺を襲ったのは、ふぶきさまの亡霊だと……。生き残りの稚児はそう申しておりました」
「私の亡霊か。ならば、襲撃者はここで何が起こったのかを知っていた、あるいは調べ上
げたということだな。表向きの話を信じるのであれば、私はこの寺の者たちに感謝しなく
てはならぬ立場だ」
「忍びの者がその気になれば、調べるのは容易いと存じます。ましてや、あの統制のとれ
ていない僧兵集団でありますれば」
ふぶきの問に若葉が答える。
「襲撃者がわざわざ私のふりをしたのはなぜだ? 誰かにそう思わせたいのであろう。お
そらくは私達を殺させた黒幕にな」
「……頼基……さまに……でございますか?」
紅葉が恐る恐る訊ねる。
「そうであろうな。平居はこの寺を北大路に対する緩衝材としたがっていたから、全滅さ
せるような襲撃は行わぬだろう。兄上が口封じのために襲撃したのだとすれば、私の亡霊
を演出させるのはむしろ逆効果だ」
「では……」
「誰かが、私か、あるいはおぬしたちの仇討ちをしようとしているのだろう。だとすれば、
襲撃者として思い当たる名前が一つある」
「それは……」
紅葉と若葉が複雑な面持ちになる。
「どうやら、同じ事を考えているようだな。そう、おぬしたちの父、馬屋 小三郎殿だ」
「……」
紅葉と若葉は沈黙する。
「……おぬし達には、まだ自分の仇を討ってくれる肉親がいたのだな……。それに引きか
え、私は……」
ふぶきが寂しげに笑う。
「ふぶきさま、申し訳ございませぬ」
「よい、謝る類の話ではない。だが、襲撃者がまこと小三郎殿であるとすれば、次に狙わ
れるのは誰だと思う? やはり黒幕である兄上か?」
「いえ、おそらく父上は、頼基さまに対しては等価の報いを望まれるでしょう」
そう言って若葉は顔を歪ませる。
「等価の報い?」
「頼基さまの姫である榧(かや)姫さま、あるいはご側室の谷江御寮人に危害が及ぶので
はないかと。その……私達が受けたのと……同様の……」
紅葉が言葉を詰まらせると、今度は若葉が口を開く。
「駅衆としても、本気で頼基さま……いえ、北大路家とやりあうことは出来ませぬ。しか
し、此度のような事態は看過はできませぬ。されば……」
「見せしめ……か」
ふぶきは陰鬱たる気持ちになった。
頼基の娘、榧姫はふぶきよりも二つ年下で、紅葉や若葉と同い年である。そして、頼基
の側室、谷江御寮人もふぶきと同い年であった。
そんな彼女らが自分達と同じ目に遭うかもしれない。
しかも、自分たちの仇討ちという名目で。
「見過ごせるはずもなし」
ふぶきの腹は決まった。
「私は駅衆の行動を止める。その上で兄、頼基を討ち取ろう。紅葉、若葉、おぬし達は好
きなようにするがよい。身内を相手とするのは辛かろう。ましてや、自分たちのための仇
討ちを行っている者たちだ」
ふぶきは、紅葉と若葉の判断は本人達に委ねた。
「私達はふぶきさまにお供いたしまする」
「身内なればこそ、魔戦姫の餌食になるような末路は辿らせたくはありませぬ。きっと駅
衆は止めてごらんにいれましょう」
二人は毅然として答えた。
「そうか……。では、参ろうか。懐かしき北大路の館へ」
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