魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 白い少女 第33話 
Simon

 
相当疲れているはずなのに、まだ音を上げようとしないリンス

――手足の1本でも折ってやりゃ、諦めるだろうが――それじゃもったいないよなぁ

これ以上ただ追い掛け回していても効果は薄そうだが、もう少しその非力な抵抗を楽しみたくもある

「ラムズさん――こんなのはどうですか……」

皆似たようなことを考えていたんだろう――そいつの話は、なるほどと思わせるものがあった

「ふふん――そりゃ、嫌がるだろうなぁ」
「いいよそれ!――絶対、効きますよ」
「なんてぇのか――もっと泣かせてやりたくなんスよね」
「泣くまいとして、それでもポロッって泣いちゃうの――いいよなぁ」

――おいおい、手前ら、妙な趣味に目覚めちまったのか?

「じゃあ早速――リンスちゃん、こっち見な!」

揉みあっていた二人の視線の先で、男がナイフを取り出し――無造作に死体の背中に突きたてた

「――ひっ!?」

血はほとんど流れ出していたようだが、グジュグジュと抉りまわすと、粘ついた汚血がゴボッと吹き出した

「うえ〜、気持ち悪りぃ」
「我慢しろよ――うっ ネチョだって 最っ低ぇ」

へらへらと笑いながら、自分の掌に血を擦り付けていく男たち

――ま…さか……そんな

「――お前もいつまでも抱きついてないで、こっち来いよ」
「鬼ごっこは、やっぱりスリルが大事だよな」

「へへへ――そう言うことか」

体は解放されたのに、さっきまで以上に締め付けられている気がする

「さ〜て、リンスちゃん――今度はうまく逃げられるかなぁ」
「捕まったら、大変なことになっちゃうよ〜」

これ見よがしにワキワキと蠢かす真っ赤な指
リンスの見開かれた瞳が、恐怖に塗りつぶされる

――ゆ……るし…て……おね…が…い

カタカタと歯が鳴って、声が出せない



「――捕まえろ!!」
「「「ヒャッホゥ!」」」
「待ってましたぁ!」

一斉に飛び掛ってきた男たちの間を、リンスは声にならない悲鳴を上げてすり抜けた
ギリギリまで張り詰めた緊張が、信じられないような敏捷さを生み、四方から繰り出される赤手の間を魔法のように潜り抜ける

「うわっ ば、馬鹿ヤロ!」
「痛っ! 早くそっからどきやがれ!」

まるで体重を感じさせない軽やかな動きに幻惑され、男たちが無様に身を躍らせる

「捕まえた――ちくしょう! どこ行きやがった!」

倒れこんだ男の背を踏み台に、伸びてきた手の僅かに上を飛び越える
一瞬のバックステップに反応しきれず、掴みかかった男同士が頭をぶつけ合う
正面に立ち塞がった男の(右――左――だめ!)股の間を滑るようにして潜り抜け、次の瞬間左に跳ぶ

年端もいかない一人の少女に、大の男が7人がかりで翻弄されている
そんな無様な姿を晒しながら、何故か男たちの表情は愉悦に歪んでいた

息が掛かりそうな距離で擦違うたびに(踏み切りの足が一瞬震える)
指の隙間を銀髪が掠めるたびに(激しすぎる呼吸に体が付いて行かない)

極限の緊張が生み出す一瞬の――そう、それは一瞬の幻に過ぎないのだ

少女を支えているのは、今やいつ切れてもおかしくない張り詰められた細い糸
次に止まったとき、限界以上にまで疲弊しきった少女の体は所有者の心を裏切り、男たちの手に己を差し出すだろう

「くあっ!――惜しい!」
「右固めろ!」

勝利を約束された男たちにとっては、このもどかしさもまた格別のスパイスなのだ
何よりも、次第に絶望を色濃くさせていく少女の瞳が、少女自身それに気がついていることを如実に物語っている

――ユウナ……ユウナ……ユウナぁ!

リンスはただそれだけを繰り返していた
体の感覚はとうに失われて、ただ激しすぎる鼓動と目の端をチカチカと掠める赤が、勝手に少女の身体を振り回していた
だから――


――――ガクン!


つんのめるような衝撃は、一瞬少女の意識を宙に飛ばし――


――――――――ニ…チョ……


「――い……い――イヤアアァァァァァァァァ!!!!」


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