魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 序章.1
Simon


――静寂 それは無音とは似て非なるもの

耳を澄まし瞳を凝らせば

様々な音が――密やかな営みが――夜の森を彩っているのが分かる

それが静寂と映るのは その全てが森の秩序とも言うべきものの内にあるから

森の秩序 夜の秩序

人は そんな簡単なことも忘れてしまったのね

だから



ほら みーつけた






「――っ!!」

走っていた体が、突然宙に投げ出された
地面にいやというほど叩きつけられ、垂れ流しそうになった悲鳴を必死に噛み殺
す
右足に絡み付く何かを蹴り飛ばし

――違う これは木の根だ 俺はまだ捕まっちゃいない

既に全身が打ち身と擦り傷だらけだ

微かな月明かり――それが時として『見えない』ことよりも厄介だということに、
男は随分前から気がついていた

小さな『見えるもの』に意識が捕らわれて、『見えないもの』が全くといってい
いほど見えない
焦りがそれに拍車をかけ、自分がどちらに向かっているのかも定かではない

俺たちは太く短く生きるつもりだった 追われることだって覚悟していた

――だが…こんなのは嫌だ!

涙と涎と汗でべとべとの顔を拭いもせず、再び立ち上がろうとして――無様に転
がった



足首の間接が――外れていた



「う…へへへへ…アハハハハ…」

堪えきれない笑いの衝動

――やったぞ これでもう、逃げなくてもいいんだ

何か違うが、考えてはいけないような気がした


「なにがおかしいの?」


何の他意もない、心底不思議そうな声
信じられなくて、顔を上げれば
そこには

月明かりに白い裸身を晒す妖精

――奇麗だ

笑うことも忘れて、ただ呆然と見つめる

「わたしのいうこと、わかる?」

そう言って、少女が一歩近づいた瞬間、男は弾かれたように跳びずさった
ガチガチと歯が鳴り、毛穴という毛穴から脂汗が吹き出す

――怖いのか、俺は こんな少女が!?

(考エルナ 思イ出スナ)

困ったように首をかしげる少女の頭で、何かが揺れる

――アレは……俺はこの小娘を知ってる?

(思イ出スナ!)

「わたしは、もういいっていったんだけど ゆうなが…」

――そうだ こいつじゃない だが…こいつのせいだ!

背中に回した右手が短刀を握り締めたとき、男の中で狂気が爆発した


「きゃぁぁ――ぁぐっ!」


男の身体が信じられない速さで跳び、避けることもできない少女に全身を預け、
そのまま伸し掛かるようにして押し倒した

小さくむせる少女の瞳に涙が浮かぶ

「ねぇ、もうやめようよ わたし、こんなのやだよ」

「うるせぇっ!!」

二の腕ほどもある白刃が閃き、少女の喉元にピタリと押し付けられる

――これだ ハハッ これが俺だ!

幾度となく繰り返した行為が、自信と力を取り戻させる

「みんなお前のせいだ お前が来たせいで俺たちはこんな目にあっちまったんだ
よ えぇ? そうじゃねぇのか?」

「ちがう わたし、そんなつもりじゃ…アゥッ」

華奢な身体に相応しい、掌にすっぽりと収まってしまうささやかなふくらみに、
男の無骨な指が食い込む

「やっ いた…やだっ」

――ドカッ!

男は少女の首のすぐ横に、力いっぱい短刀を突きたてた
目を見開いて硬直する少女 その瞳に浮かぶのは恐怖か

――そうだ 俺は間違っちゃいない!

自由になった右手の指を舐めしゃぶると、いきなりその手で少女の股間をまさぐ
った

「ひっ!」

「動くんじゃねぇっ!」

反射的に逃げようとする少女を、怒鳴りつける

「力を抜くんだ 痛えのはいやだろう?」

耳元で囁きながら、やわやわと胸を揉んでやる
月明かりでは見えないが、痣にはなっているはずだ

――痛めつけた後に、こうやって優しくしてやりゃあ…ホレ、どんな女だってよ
ぉ

すすり泣く少女の身体から、力が抜けていく
男は右手で少女の足を押し開くと、その間に自分の腰を割り込ませた
軽く体重をかけると、それだけで小柄な少女はずり上がることもできなくなった

再び濡らした指でスリットをなぞり、うっすらと汗ばんだ喉元に唇を寄せ、鎖骨
の窪みをベロリと舐め上げる

「くうぅ…ん!」

少女の全身が――夜目にも白い滑らかな肌が粟立つ

わざと音を立てて喉から耳に舌を這わせ、柔らかな形のいい耳たぶをしゃぶって
やる

「は…ううぅぅ」

吐息が少女の細い喉を震わせる

――ヌチヌチ…ヌチュ…

指先に触れる温み 溶けるような感触が、男の指を奥へと引き込もうとする

ふと、胸に当てた掌の中ほどを、柔らかなしこりがくすぐった

「やっ ぁぁ…そんな」

人差し指と中指の付け根で挟むようにして、コリコリと揉んでやると、しこりは
精一杯に硬くなり、ふるふると震えた

男は右手を戻すと、指先の匂いを嗅いだ
少女が顔を背ける。その頬が真っ赤に染まっているのが、なぜか男には分かった

指を口に含み、その複雑な味わいに舌鼓を打つ
伝説に謡われるほどの甘露

「…甘ぇぜ お前の蜜はよ」

「おねがいだから…もうやめて」

不自由な姿勢で、男はズボンを脱ごうとした

だから少女の瞳を見ていなかった

全てを忘れて少女の中に逃げ込もうとしていた男は、静寂が無音に変わったこと
に気づくことはできなかった


――少女の『心』が少しも溶けていないことにも




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