魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第12話  魔王の課した試練
ムーンライズ

 突如現れた(闇の魔王)。
 シャーロッテ姫の前が暗黒の異空間と繋がり、その先に、とてつもなく巨大な人影が見
えている。
 魔王が直接シャーロッテ姫の前に現れた訳ではないが、その威圧感、恐怖感、絶対的な
圧力たるは凄まじいものであった。
 まさに闇の支配者、悪魔の王と呼ぶに相応しき存在なのだ。
 その(恐怖)の声が、再びシャーロッテ姫に響く。
 『・・・どうした、魔の力を求めていたのではないのか?答えよっ!!』
 大地をも揺るがす怒声がシャーロッテ姫を襲う。恐怖で足が竦み、全身がガタガタ震え
る。
 「あ、ああ・・・わ、私は・・・私に・・・力を授けてくださると仰るのですか・・・?
バーゼンブルグの人々を・・・救ってくださるの・・・ですか?」
 恐る恐る尋ねるシャーロッテ姫に、闇の魔王は嘲笑をもって答えた。
 『フッ、勘違いするでないぞ。民どもを救うのは貴様の仕事だろうが・・・余に下賎な
人間どもを助ける義理などないわっ。余が貴様にするは、最強の魔力を授ける事ぞ・・・
怨みを晴らすべき力を授ける事ぞっ。さあ、魔力を授けて欲しいのか否か・・・フフフ・・
・聞かせてもらおうか・・・』
 邪笑いを浮べてシャーロッテ姫に迫る闇の魔王。この恐怖の権化たる魔界の王に魔力を
授かると言う事は・・・ただ事ならざるは明白だ。
 どう言うリスクがあるのか、また如何なる危険が伴うか・・・
 魂を奪われるぐらいでは済まないだろう。
 しかし、今のシャーロッテ姫にためらう暇などない。
 恐怖の虜になっていたシャーロッテ姫だったが、愛する民達を救うため、土下座して魔
王に懇願した。
 「お、お願いです・・・私に青ひげ一味を倒す力を授けてください・・・私の全てを魔
王様に捧げます、どうか・・・私に力をっ。」
 その言葉に、魔王はニッと口元を歪める。
 『・・・良い答えだ・・・よかろう、お前の魂と身体を引き換えに、余の魔力をくれて
やろう・・・』
 魔王とシャーロッテ姫のやり取りを見ていたハルメイルは突然、なぜここに闇の魔王が
現れたのかと言う疑問を感じた。
 魔界の支配者たる魔王が、一介の姫君の望みで現れるはずはない。
 誰かが手引きしたのは間違いない・・・
 ハルメイルはハッとした。
 「ま、まさか・・・魔王様を呼んだのは・・・」
 そう気付いた時、彼の後ろから声がかかる。
 「その通りですわハルメイル様。魔王様を御呼びしたのはこの私ですのよ。」
 振り返ったそこには、リーリアが静かに佇んでいた。
 「り、リリちゃんっ。どーして魔王様に頼んだのっ!?青ひげとか言う連中の始末なん
か魔戦姫だけで片付くじゃないかっ。それなのに・・・」
 すると、リーリアは片膝をついてハルメイルに話した。
 「事は単なる始末だけでは済まないのです。闇に堕ちた民達の救済こそが、最も重要な
る事・・・そして、それを果たす事がシャーロッテ姫の使命なのですから。」
 静かに語るリーリアに、ハルメイルは絶句した。
 「・・・じゃあなに?オイラをここに呼んだのも、ドワーフ達に戦う力を与えるためだ
ったの?ドワーフ達に・・・あんな小さな子供に戦う力を与えるのはどー言う事か・・・
わかっててオイラを呼んだの?」
 ハルメイルの手が憤慨でブルブルと震えている。リーリアは悲しい表情で答えた。
 「ハルメイル様を騙すような真似をして申し訳ありません。こうでもしなければ、あな
たを説得できませんでしたから。それに、シャーロッテ姫と共に戦うことが、あの子達の
望みでもありましたから・・・」
 それを黙って聞いていたハルメイルだったが、いくら理屈でわかっても、そう簡単に納
得はできなかった。
 「・・・シャーロッテ姫やドワーフ達にそんな使命を背負わせるだなんて・・・できな
いよ・・・オイラには・・・」
 苦悩していたハルメイルは、覚悟を決めて魔王に向き直るシャーロッテ姫を見て叫んだ。
 「待ってよシャーロッテ姫っ!!考えなおしてっ。魔王様に魔力を授かるのがどんな事
か・・・とても恐ろしい事なんだっ。」
 しかし、等のシャーロッテ姫にハルメイルの説得は届かなかった。
 「・・・魔王様・・・覚悟はできております。私に魔力を・・・」
 すると、闇の魔王は片手を前に出してシャーロッテ姫を見た。
 『よし、ではお前の覚悟の程を確かめさせてもらおう。これを見よ。』
 魔王の手の平に黒い光が放たれ、その中に苦悶と呪詛の呻き声をあげる人々が映し出さ
れる。
 それは紛う事無き・・・バーゼンブルグの人々の魂であった。
 憎悪に苦しむ人々を見て、悲しみの声を上げるシャーロッテ姫。
 「ああ・・・みんな・・・こんな恐ろしい顔に・・・」
 憎悪によって、余りにも醜く歪んだ人々の表情。かつて愛した人々の優しい笑顔は微塵
も無く、青ひげに対する憎しみで醜悪に歪んでいたのだ。
 民だけではない。最愛の人の醜く歪んだ姿まで、黒い光には映し出されている。
 優しかった祖父、シュレイダー領主までもが、凄まじい憎悪によって醜く変わり果てて
いるではないか・・・
 「そんな・・・お爺様まで・・・」
 闇の魔王は、人々の憎悪を映し出す黒い光を前に出し、シャーロッテ姫に迫る。
 『こ奴等の憎悪を、貴様1人が背負ったうえで青ひげどもと戦うのだ・・・そうでなく
ては民達は救えぬ・・・リーリアから聞いていると思うが、これだけの憎悪を背負うのは
半端な事ではないぞ?』
 魔王の言葉と共に、黒い光が漆黒の液体に変わって滴り落ちる。それをグラスに流し込
む魔王。
 漆黒の液体を満たしたグラスが宙を飛び、シャーロッテ姫の前で止まった。
 その液体からは・・・凄まじいまでに強烈な瘴気が立ち上っている・・・
 まるで、大量の劇物と揮発性の高い毒薬を混ぜ合わせて極限まで濃厚にしたかのような、
禍禍しい液体。
 しかもその液体の表面には、憎悪の化身とでも言うべき無数の蟲がキィキィと鳴きなが
ら蠢いている。
 これこそ正に、人々の憎悪を抽出した(怨念の毒酒)なのだった・・・
 それがもたらされたと言う事は、魔王がシャーロッテ姫に何をさせようとしているのか・
・・一目瞭然だ。
 『・・・さあ、シャーロッテ姫。その毒酒を一気に飲み干してもらおうか・・・嫌なら
拒否してもかまわん。ただし、民どもの魂は永遠に地獄をさ迷う事になるがな・・・』
 瞬きもせず毒酒を見ているシャーロッテ姫。それを飲めば自身がどうなるか・・・凄ま
じい恐怖が彼女を責め苛む。
 だが、シャーロッテ姫の意識は民の救済に動いた。殆ど無意識のまま、グラスに手を持
っていく。
 それを見てハルメイルは叫んだ。
 「ダメだーっ!!それを飲んじゃダメだああっ!!シャーロッテ姫やめてーっ!!」
 止めようと飛び出したハルメイルだったが、目に見えぬ壁が出現し、ハルメイルは跳ね
飛ばされた。
 そして魔王の鋭い叱責が飛んだ。
 『貴様の出る幕ではないっ、引っ込んでおれっ!!』
 床に転がったハルメイルの目に、毒酒を飲まんとするシャーロッテ姫の姿が映る。
 「あ、ああ・・・そんな・・・」
 シャーロッテ姫は、震える手でグラスを掴み、口に近付ける。
 強烈な刺激臭で、鼻腔に引き千切られるような衝撃が走り、濃い瘴気の刺激が、眼球を
抉り出さんばかりの苦痛をもたらす。
 シャーロッテ姫は寸前で躊躇った。が、目をキュッと閉じ、決死の覚悟で毒酒を呷った
っ!!




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