魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第11話  魔界八部衆ハルメイルとの出会い
ムーンライズ

 静かな部屋の中、シャーロッテ姫は水槽に浮かんでいるドワーフ達を見つめていた。
 リーリア達の去って行った後、1人部屋に残っているシャーロッテ姫。
 時間にすれば30分も経過していない。でも、彼女にとってその30分は、数時間にも
相当する長い時間だった・・・
 
 円筒形の水槽に、愛しいドワーフ達が羊水に浮かんでおり、羊水は傷ついたドワーフ達
の肉体を確実に再生させ、全てを癒しているかに見えた。
 しかし・・・ドワーフ達の肉体がいくら元に戻ろうとも、ドワーフ達の(精神)は元に
戻らない・・・
 青ひげに受けた凄惨なる虐待の恐怖が、ドワーフ達の精神を蝕み、ズタズタに引き裂い
ている。
 そのままドワーフ達を蘇らせれば、恐怖の記憶で彼等が奈落に堕ちるのは確実だ。
 そうならない為の処置を施す人物の登場を、シャーロッテ姫はひたすら待っていた。
 シャーロッテ姫は、物言わぬドワーフ達を抱きしめて慰めてあげたかったが・・・でも、
それは適わぬ事。
 思わず水槽に駆け寄り、水槽のガラスに頬を寄せる。
 「みんな・・・辛いでしょう・・・ごめんなさい・・・私が守ってあげられなかったば
かりに・・・」
 涙を流して謝罪の言葉を漏らすシャーロッテ姫・・・
 彼女に咎は無い。悪いのは青ひげだ。でも・・・謝らずにはいられなかった。
 親のいないドワーフ達を引き取り、母として姉として彼等を見守って来たシャーロッテ
姫だからこそ、どんな状況であれ、ドワーフ達の悲劇は全て自分の責任と感じているのだ
から・・・
 そして、沈黙が支配する部屋の外から、微かな声が聞えてきた。
 「・・・ご助力に感謝致しますわ。ドワーフ達の蘇生をよろしくお願い致します。」
 「・・・いいよ、他ならないリリちゃんの頼みだからね。君達魔戦姫の頼みは断れない
さ。」
 エーデル姫ともう1人・・・その声は(子供の)声であった。しかも敬意を払う応対を
受けている事から、かなり身分の高い人物であると見受ける。
 その人物が、シャーロッテ姫のいる部屋に訪れた。
 ドアが開き、廊下の照明に照らされて現れた人物は・・・少年であった。
 坊ちゃん刈りの髪型に、生意気な腕白坊主といった表情の(少年)。彼はどう言う力を
使っているのか、胡座をかいた状態で空中にフワフワと浮いている。
 (少年)の目が、円筒の水槽に入ったドワーフ達を見回す。その表情が固く強張った。
 「うーん・・・思ったより酷い状態だね・・・でも心配要らない、オイラが必ず助けて
みせるか・・・ら?」
 そこまで言いかけて、(少年)は言葉を詰まらせた。
 彼の目に・・・水槽の前で、悲しみと共に佇む白き姫君の姿が映ったのだ・・・
 まるで雷にでも打たれたかのように、白き姫君・・・シャーロッテ姫を見つめる(少年)
。
 シャーロッテ姫は、瞬きすらせず自分を見つめる(少年)に戸惑いを感じた。
 (少年)の目は、永い時を経て最愛の人と再会したかのように輝いていたのだ。
 シャーロッテ姫は尋ねる。
 「・・・あなたは・・・あの・・・何方ですの?」
 その問いに、(少年)は我に返ったようにうろたえ、そして応えた。
 「あ、ああ・・・オイラはその・・・魔王様の部下で、魔界童子ハルメイルって言うん
だ。君がシャーロッテ姫だね?」
 ハルメイルと名乗った(少年)が、そっと手を差し伸べる。差し出された手を見たシャ
ーロッテ姫は、戸惑いながらも手を握った。
 「は、はい・・・私はシャーロッテ姫です・・・始め・・・まして。」
 シャーロッテ姫は、眼前の(少年)ハルメイルに、何か運命的な出会いを感じていた。
 ずっと以前から知り合っている者との再会のように、不思議なデジャヴが脳裏を掠める。
無論、初対面であるはずなのに・・・だ。
 ハルメイルは、悲しみ沈んでいるシャーロッテ姫を慰めるべく、優しい笑顔で応対する。
 「リリちゃんに聞いたよ、大変な目にあったんだってね。辛いだろうけど、オイラもで
きるだけ力になるからさ、遠慮なく言ってよ。」
 その優しい笑顔に、シャーロッテ姫は少しだけ微笑んだ。
 「は、はい。ありがとうございます。」
 そんなシャーロッテ姫を見つめながら、ハルメイルは小さな声で呟いた。
 「・・・母さま・・・姉さま・・・」
 微かに震える唇。そして表情に明らかな喜びが満ちていた。 
 このハルメイルという人物は、魔界における重要幹部の肩書きを持つ者であり、魔界の
支配者である闇の魔王の直属の部下なのである。
 魔界での機械工学部門の最高権威を有しており、様々な魔道機器を造り出している天才
的頭脳の持ち主なのだ。
 ハルメイルという人物の胸に去来するものは一体なんなのか?それは追って語る事にな
る・・・
 
 気持ちを落ちつけたハルメイルは、シャーロッテ姫にドワーフ達の蘇生措置について話
を始める。
 「お、オイラはドワーフ達を助けるために来たんだ。ドワーフ達の事を任せてもらえる
かな?」
 笑顔で尋ねるハルメイルに、シャーロッテ姫は喜んで応対する。
 「本当ですかっ。この子達の魂は元に戻るのですね?」
 「あ、ああ・・・ちょっと特殊な方法なんで、それについては一応、シャーロッテ姫に
も同意をもらいたいんだけど。」
 ハルメイルはそう言うと、部屋の入り口を指差した。
 そこには、7体の人形が置かれている。マネキン人形のような子供を模した人形だ。
 ハルメイルが説明を続ける。
 「ドワーフ達を生身のまま蘇生させたら発狂は免れないから、人形のボディーに魂を移
植して復活させるんだ。人形のボディーなら恐怖の記憶に影響される事はないからね。そ
れにはドワーフ達の保護者であるシャーロッテ姫の同意が欲しいンだ。」
 笑顔が消え、深刻な表情でシャーロッテ姫に事情を説明するハルメイル。
 説明を聞いたシャーロッテ姫も深刻な表情になっている。
 このままでは、ドワーフ達の魂は暗闇に閉ざされてしまうのだ。しかし、ドワーフ達の
魂を人形に移植せねば、彼等を救うことはできない。
 床に膝をつき、シャーロッテ姫は苦悩した。
 
 ――本当にこれでいいの?
 
 身体を無機質な姿にされたら、ドワーフ達は悲しむのではないか・・・
 黙り込むシャーロッテ姫の肩に、ハルメイルは手を置いた。
 「生身の身体が完全に失われる訳じゃないんだ。短時間なら生身の身体に戻る事だって
できる。無論・・・どうしてもダメだって言うんなら、他の手も考えるし。」
 「私は・・・あの子達が助かるならそれで・・・でも・・・それをあの子達が納得する
か・・・」
 深く悩むシャーロッテ姫に、ドワーフ達の魂の声が響いた。
 
 ――ヒメサマ・・・ボクタチ・・・オニンギョウニナッテモイイヨ・・・
 
 ――ヒメサマトイッショナラ、ソレデイイノ・・・
 
 「あなたたち・・・はっ!?」
 ドワーフ達を見ていたシャーロッテ姫が、驚愕の表情を浮べる。ドワーフ達の心に、復
活への喜び以外の・・・感情が篭っている事に気がついたのだ。
 
 ――ボクタチ・・・タタカイタインダッ。オネガイ・・・ツヨイカラダニシテ・・・
 
 その決意を、ハルメイルも気付く。
 「ま、待てよ・・・仕返ししたいお前達の気持ちはわかるけどさ、戦うなんて無茶だよ?
危ない事だよ?落ちついて考えなおし・・・」
 ハルメイルが懸命に説得しようとしたその時である。
 部屋が黒い光によって包まれ、暗黒に閉ざされる。そして、地の底から響くような声が、
シャーロッテ姫とハルメイルに響く。
 『シャーロッテ姫・・・怨みを晴らしたいか・・・民達を救いたいか・・・我が問いに
篤と答えよ・・・』
 全ての者を震撼させる闇の声・・・それを聞いたハルメイルが慌てて平伏した。
 「こ、これは闇の魔王様っ。」
 そして、恐るべき声の主がシャーロッテ姫の眼前に現れたのだっ。
 平伏しているハルメイルが、シャーロッテ姫に声をかける。
 「し、シャーロッテ姫っ、あ、あ、頭を下げるんだっ。あの御方は・・・闇の魔王様・・
・魔界の王であらせられるんだよっ。」
 「や、闇の魔王・・・さま・・・?」
 それはまさに(暗黒)の化身・・・そう、魔界の王だったのだ。




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