淫虐の罠(第8話)


海賊達の祝宴は一晩中続いていた。いつのまにか酒が持ち込まれ、酒宴となっていった。
酒を飲んでは、再び娘達に襲いかかって、激しく吐き出していく。
 
 やがて娘達の悲鳴さえも聞こえなくなってきても、それは、繰り返された。
 いつしか、オルフェ王子も睡魔に襲われて眠りの中へと落ちていった。


「おい!おきねえか小僧!」
オルフェは、激しい罵声で目を覚まされた。

 地の底というのに、潮の香りが漂っている。さらには波の音さえも・・・。
 オルフェはあたりを見回した。
そこは、洞窟の中の入り江とでも言ったらよいのだろう。天井は恐ろしいほど高く、思っ
た以上に広いそこには、あのおぞましい海賊船があった。砲撃で沈んだはずの船が何故。
いや、この悪賢い海賊のことだ、ここにもう一隻、同じ船を隠し持っていたとしても不思
議ではない。
「くっ・・・・・!」
オルフェは身体を起こそうとして自分の姿に気付いた。首と手は枷がはめられ。身動きす
ることすらできない。
「いつまでぐずぐずしていやがる。さっさと歩きやがれ」
後ろで海賊のがなる声が聞こえる。一人の女が引き立てられてきた。
「・・・・ファ!ファミーユ!」
 オルフェは、一瞬それがファミーユであることに気づかなかった。
 美しいブロンドの髪は乱れ、申し訳程度に身体を覆った布きれを羽織っただけの女。
 それが、昨日まであの輝くばかりに華やいだファミーユと同一人物とは思えなかった。
唯一、髪を飾るテイアラをのぞいては、ファミーユであることを確認することは不可能に
思えた。
「ファミーユ!ファミーユ!どうした!なにをされたと言うんだ!ファミーユ!」
オルフェは手足を拘束され、身動きできないながらも、ファミーユの名を呼んだ。しかし、
ファミーユはオルフェの声に反応しない。
そのうつろな瞳は焦点さえあわないのか、オルフェの声にも反応を示さない。
「小僧!相変わらず威勢だけはいいようだな!
」
バラクーダが目の前に立っていた。出航を前に、あの、船長服を着込んでいた。あちこち
痛んではいたが、多くの人命を奪ったこの男には勲章だとでも言わんばかりだ。
 当然のように、バラクーダにはあの、裏切り者のトパーズが腕を組んで、寄り添ってい
た。
「おのれ!この悪魔どもが!」
  今のオルフェにはこうしてののしる以外になすすべとてない。
「悪魔か!それはいい響きだ!・・・まあいい。オマえら兄妹は、これから奴隷として売
られるのだ。こうして悪口をたれられるのもいまのうちだけだ!」
バラクーダはあわれな兄妹を一瞥した後、離れたところにいた赤鼻に合図をする。
「・・・・・・・」
「これがなんだかわかるか?王子様」
赤鼻が木箱の前に立っていた。それは・・・。
「あっ!」
オルフェは悲鳴に近い叫び声をあげた。
そこには、あのオーロラ姫の棺があったのだ。
「・・・・なにを!なにをしようというんだ!」
バラクーダは棺に近づいた。腰の刀をトパーズに預けると、上着を脱いで、棺をこじ開け
にかかった。
「やめろ!棺までも暴こうと言うのか!やめるんだ!」
バラクーダの恐ろしい企みに気付いたオルフェは、せめて出せる限りの大声でこの海賊を
罵倒する。しかし、怨念に凝り固まった、バラクーダを制止する力などなかった。
「やかましい!オーロラは俺のものだ!たとえ死んでいようとも!オーロラの棺がお前の
手にゆだねられていたなど考えるだけでも煮えくり返るわ!俺がこの亡骸を再び盗み出し
てやるのだ!」
それはまるで狂人のたわごとであった。気が狂ったように棺の蓋をこじ開ける。
ぎぎぎいいいいい・・・・・・・。
不気味な音を残して、棺の蓋はこじ開けられた。
「な、なにいいいい・・・・・・」
中を覗き込んだバラクーダは奇妙な声を上げるとそのままの姿でまるで時が止まったよう
に身動き一つできずにいた。
 そのときだ。涼やかで、そして威厳をもった命令が下された。
「トパーズ!いまです!」
「承知!」
「なにっ!うごおおおお・・・・・!」
オルフェには一瞬なにが起こったのかわからなかった。
 バラクーダが棺を開けたとたん、閃光が走り、視力を奪われたからだ。
気がつけば、トパーズが、バラクーダの心の蔵を後ろから一突きにしていた。赤鼻にとり
ついていたコニーもまた、赤鼻の首をかっきっていた・・・。
「お、おのれ・・・・トパーズ・・・・あれほど・・・あれほど・・・」
深々と剣を突き立てられながらも、バラクーダはトパーズを睨み返す。
 今度は船の方で鈍い爆発音が2〜3度響き一斉に火の手が上がった。みるみる海賊船は
炎に包まれていく。
「オルフェ王子、そして姫様!これまでのご無礼お許し下さい!全ては姫の仇をとらんが
ための策略でございました」
「トパーズ!」
オルフェは、トパーズを振り返った。その顔はあのりりしい戦士の姿そのものだった。
「にっくき海賊をたおさんがため。村娘に化けた女兵士が、海賊船に火を放ったのです。
これで、これで姫様にご恩返しが・・・・」
精一杯の思いを込めて、コニーが絶叫する。
「姫様!オルフェ国王様!これでお別れです!」
トパーズがバラクーダを、コニーが赤鼻を伴って、火の海と化した海に次々と身を投げて
いく。謀略とはいえ、君主を辱めた自分自身を許せなかったのだろう。
激しい、爆発が辺り一面を焦がし、あの悪魔達を浄化していく・・・。
  ふたりのあまりに壮絶な死にざまに、オルフェは言葉を失った。
「オルフェ様・・・・」
その声にオルフェは我に返って、振り向いた。
そこには妹ファミーユがいるはずだった。
・・・が、
「オーロラ!オーロラなのか!」
オルフェは目を疑った。そこにはあの優雅な青いドレスをまとったオーロラが立っていた
のだ。
「はい、オルフェ様・・・・」
「ど、どうして・・・・・・」
オルフェは言葉にならない。死をもって引き離された愛しい姫が、目の前に現れたのだ。
「・・・皆の忠臣が、オルフェ様の失意が私をこうしてよみがえらせたのでしょう・・・
でも・・・・」
「・・・でも・・・・・」
オーロラの目が寂しそうに笑った。
「こうしていられるのは。今この時だけ、そう、今はファミーユ様の身体を借りているの
ですから・・・・」
「オーロラ・・・・」
それは、オーロラのなせる技だったのか。オルフェを拘束していた首輪は消え去り。戒め
は解かれた。
オルフェはオーロラを抱き寄せると熱い口づけをかわす。
「・・・なはすものか・・・何処へも!・・・何処へもいかないでくれ!・・・お前は!
お前は・・・・」
「うれしゅうございます・・・オーロラはこんなにも愛されて・・・・うれしゅうござい
ます・・・・・オルフェ様の温もりが・・・・」
  少しづつ、少しづつ・・・オーロラの身体が透き通っていく。そして温もりも・・・。
「・・・だめだ!いくな!オーロラ!いくんじゃない!」
「・・・ファミーユ様を、ファミーユ様をお大事になされませ・・・ファミーユ様は、オ
ルフェ様を慕っていらっしゃいます・・・・
そして・・・・ファミーユ様の中に私が・・」
「オーロラ!」
オルフェはしっかとオーロラを抱き留めようとする。しかし、すでにそこにはオーロラ姫
の姿はなく。気を失ったままのファミーユ姫がいた。
「・・・お、お兄さま・・・・・・」
「ファミーユ・・・・?」
正気を失ったかに見えたファミーユが、突然
目を覚ました。
「お義姉様に、オーロラ様に、お会いになられたのですね・・・・」
「・・・お前、気付いていたのか?・・・」
「私、地獄のような所におりました・・・でも暖かな光が・・・オーロラ様がいらっしゃ
って・・・そして・・・・」
ファミーユは涙をぽろぽろと流しながら、何かを訴えようとする。オルフェは、ファミー
ユをしっかり抱きしめるとファミーユの頭を撫でてやる。
「もういい、もういいのだ。全て終わったのだ・・・」
そのとき、城の兵隊が一斉になだれ込んできた。爆弾をしかけ、まんまと抜け出したメア
リ達が、城の兵士達を引き連れてきたのだ。

こうして、オルフェ王子と、ファミーユ姫は無事に城へと戻ることができた。
そしてオーロラの棺は再び手厚く葬られたのだった。




終わり



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