クレール光の伝説ミッドランド編
第2話 1
「おい!エル!耳寄りな情報が入ったぜ」
いつものとおりブライトが、ノックもせずにクレールの部屋に乱入してきた。
「・・・・ノックをしろと言っただろ!」
ブライトの魂胆はわかっている。まだ寝間着姿のクレールを見たいがばかりに乱入する。
その度に、恥ずかしい思いをさせられるのはもうこりごりだ。エル・クレールはすでに
着衣を整え、窓際のいすに腰掛けていたのだ。
「ちぇっ!もう着替えてたのか」
「なんだって?」
小声でうそぶくブライトに、すでにお見通しさと言わんばかりに、エルが聞き返した。
「い、いやなんでもない・・・」
あわてて言葉を濁すブライトの姿がおかしくて、エルはくすくす笑った。
「それより耳寄りな情報って?」
「・・・あ、ああ、それそれ実はな・・・」
ブライトの話はこの辺りの酒場で聞きかじったモノであった。
最近、ミッドランドの公国のいくつかに女をさらう化け物の集団があらわれていた。
とはいっても、実際に強盗や略奪を行うのは下っ端の人間の盗賊一味。それらの、盗賊
をブタの化け物が率いていると言うことだ。
「オークなのか?」
「ああ、もっとも、俺はまだその化け物にはあったことはないから良くはわからんが。話
はそんな感じだった」
「で・・・」
エルは、身を乗り出すようにブライトの言葉を待った。心中は穏やかであろうハズもな
かった。
「この村の領主の姫君が、侍女達と共にその盗賊にさらわれたんだそうだ。普通そう言う
のは金目当てが多いんだが・・・」
そこまで言うとブライトは言葉を詰まらせた。
「・・・わかってる!言えよ」
結末はわかっている。しかし、エルはその先を聞きたがった。
「・・・その、なんだ。侍女達を始め姫君まで傷物にされて帰ってきたそうだ。・・・ま
あ、それも良くある話だが・・・」
「・・・・」
ブライトは再び言葉を濁らせ、エルの顔色をうかがった。エルの表情は青ざめていたが
しっかりと聞き入っている。さらに続きをきかせろとばかり顎をしゃくり上げた。
「・・・姫様の処女を奪ったってのが、そのブタの化け物でな、おまけに、その姫様はそ
の化け物の子を身ごもっていたんだそうだ」
この時代。堕胎は違法な手術だった。医療技術が充分に発達していなかったためもあろ
う、姫様はその堕胎手術の失敗で、死亡したのである。
『ハーンの悪夢』が此処でも繰り返されるのか。エルは体中から怒りがあふれ出すのを
押さえることができなかった。
「その盗賊一味のアジトはわかっているのか?」
エルは突然立ち上がると、ブライトにくってかかった。ブライトはその剣幕にあわてて
エルを制止する。
「お、おいちょっと待てよ!」
「待てだと!こうしている間にも、酷い目に遭ってる女がいるかもしれないと言うのに」
興奮して大声を出すエルを、ブライトはやっとの事で押さえ込んで、いすに座らせた。
「・・・全く短気だなお前は。話は最後まで聞くモンだぜ」
「・・・・・」
ブライトはエルの呼吸が整うまで待つと、再び話し始めた。
「このミッドランドの首長国ミッドの領主もその話を聞いて大層嘆かれたそうだ。なによ
り、ミッドの姫君ギネビアにも、いつその魔の手が迫まらんとも限らないからな」
『ミッドのギネビア姫』その名はエルも知っていた。聡明にして知的。19歳にしてす
でに年老いた父王の国政に手助けすらするという才女である。
「そうだ姉さまがよく話していたっけ・・」 エルの頭を姉クラリスの笑顔がよぎった。
もう、あの笑顔は見ることはできないのだろうか・・・。
「・・・おい、聞いてるのか?」
「え!あ?ああ・・・」
エルは最近よく物思いに耽る。それは、悪夢であったり、なんのことはない日常の行い
だったりするのだが。
そんなとき、ブライトには自分の入り込めないエル・クレールの姿を感じるのだが。
「なんでも、ミッドの山に住む仙人がいて、こいつがオークに、その、されてもだな。妊
娠しない秘術を持ってるんだそうな」
「秘術?」
「アームという秘密の力を持っているんだそうだ」
「アーム・・・。アーム・・・」
エルはその言葉に不思議な感じを抱いた。どこかで聞いたような・・・。
「それで、ギネビア姫はその秘術を授かりに仙人の元に向かったんだそうな・・・」
「・・・・・」
アーム。秘密の力。仙人。それぞれの言葉がエルの中でクルクルと回り出す。
なにか気にかかる・・・。
「いってみようか?その山に?」
「あ、ああ。・・・何もしないよりましかも知れない」
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