『騎士で武士な僕と皇女様004』(12)

小さい人間


カトリーヌ達がすでに動き出して半日後……。

「皇女様がこちらに向かっていますだと!?」

 柄になく激昂した僕は、伝令に掴みかかっていた。
「貴様! なぜお止めしなかったのだ! なぜ!?」

「も……申し訳ありません……皇女様が……」

 僕は背中から血の気の引いて行くのを感じていた。
「皇女様へ付ける護衛は?」

「いっ、重兵一個中隊です!」

「馬鹿な……」

狼狽する僕に、副官のマックスが必要な措置を促す。
「ただちにお迎えの兵を……」

「『黒髪』よ、ここは戦場だ! 思ってもみないことの一つ二つなんてざらだ……」

 ロビン伯爵も僕に冷静になるよう諭した。

「……そうだったな……」

僕は大きく息を吸った。
新鮮な空気を肺から脳へ送り込む。
思考が活発になっていく。

「鉄騎兵一個中隊と軽騎兵一個中隊を出そう、僕も向かう、ロビン伯爵!」

「応!」

待っていましたと言わんばかりで伯爵が応じた。
「留守は任せとけ! 心配せんでもヨークのタコどもなんぞ幾ら頭数いても物の数じゃないわ!」

「ジェオフリー将軍は二千の兵でバラッハ子爵領へ……帰順を拒むなら……」

「拒むならどうする?」

 ジェオフリーが面白そうに参謀の騎士を眺める。

「断固殲滅! 子爵領民も将軍の判断にお任せします……」

「クックッ……面白いな……よし! 任されよ!」

 ジェオフリーは快く応じた。マックスが一歩前に出る。

「馬の準備は出来ています! 私も御供いたします!」

 その表情からは、であった当初の小男をさげずんだ瞳は見られず、一人の主を見る目になっていた。

「マックス! よくやってくれた! 共に来い!」

「はは!」

 僕はマックス少佐と共に皇女様の下へと急ぐ、後から手配しておいた騎兵団が追い付いてくる。
「ヤア! はあ!」

 馬を東へ飛ばす。
 額の汗が頬をなでるのを感じた。
 空には満面の星と三日月が輝いていた。



「ふぁぁぁ……まだかのう……」

 周りを武装兵で囲まれ、馬車の中、侍従頭のエリザと共に西の最前線に向かう。最愛の君に会うために……。
「もう……本当に片瀬さんに伝令を出さなくてもよろしいんですか?」

エリザが主の皇女に話しかける。
「いいのじゃ! こっそり向かう……目立たぬよう護衛など不要!」

「だから先ほどから何度も申し上げてるじゃないですか! クリス様は危機感がなさすぎます! 今回のことが知られて片瀬さんにどれだけ心配かけることになるか……」

エリザは皇女とともに自らを救ってくれた武士を、皇女クリスとの間だけ本名で呼んだ。 彼女もまた『黒髪の騎士』が心配だったのだ……。
 いけないと知りつつ、今回の旅に同行してしまう自分が情けなかった……。
「だから大丈夫じゃと言っておるだろう……余にはアイツがおる、何があっても何所であっても大丈夫じゃ!」

「もう……片瀬さんは怒らないお人だからって……」

「奴も怒るときはあるだろう……だからからかいがいもある!」

「そんなんじゃいつか愛想尽かされちゃいますよ?」

「……あいつに限ってそれはない……」

強く……胸の底からそう思っていた。 二年ばかりの間だが、片時も離れなかったのだ。どんな男か、少なくともこの世界のだれよりも知っているつもりだった。

馬車がいきなりピタリと止まった。
馬の蹄のような音が響く。
「ちっ、気取られたか……」

「クリス様!?」

「……大丈夫じゃ、奴は全て見越しとる……」

外で戦闘が始まる音がする。
鉄と鉄が織り成す音、音……。絶叫と、断末魔、すすり泣く声が聞こえた。
「何事か!」

側にいた衛兵が答える。
「敵襲です……数は我らの二倍、今のうちにお逃げを……」

「クリス様! 早く!」

隣でエリザも悲鳴のような声でクリスを促した。
「大丈夫じゃ! あいつは……あいつはきっと来る……」

「敵騎兵! 突撃を開始しました!」

刻一刻と状況が悪化する中、クリスには先ほどの言葉が反芻された。
(そんなんじゃ愛想尽かされちゃいますよ……)

(アイツは来る絶対来る……)

(いや……愛想を尽かされていたとしたら? 自分の下に彼は来るのだろうか……)

会いたい……その一心でここまで来てしまったのも。 離れたことで込み上げてくる何かに耐えきれなかったからだ。 それの正体はクリスにも解らなかったが、それは彼からの愛情の不安からだったのだろうか……。

その時だった……。 

「目標! 敵騎兵隊側面! 突撃ぃ!!」

「突撃!」

 甲冑に身を包み、槍で武装したアングリアの赤字に白鳳の旗一団が、歩兵の襲撃でがら空きになった馬車に突撃をかけようとするヨーク騎兵を捕捉した。
 此方に気づいたためか、一部が反転し向かってくる。
「鉄騎隊! 放て」

 聞き覚えのある声が戦場に響く。 クリスは思わず顔を上げた。

 鉄騎隊とはいわゆる馬上弓兵で、元の時代の騎兵をモデルに考案した。 遠方の敵を石弓で狙撃し、近くの敵には小型の弓の連射をおみまいする。
 甲冑をつけ馬上の状態でのその戦術は鐙の存在なしでは不可能だった。 狙いが安定しないためだ。 アングリア軍はそれを解決している。

 反撃しようとする敵の騎兵は石弓の一斉射撃で足を止めた。 騎兵戦ではそれが命取りになる。
 援軍の到来のためか、護衛の重兵中隊も息を吹き返したようだ。

「クリス様! 御顔をお下げてください!」

 エリザが懇願するように主にしがみついた。

「五月蠅い! あいつが……総司が余のために戦っておる!」

 興奮したのか息が荒くなっているのが解る。
「本っ当に子どもなんだから……」

 エリザが何かつぶやいた……。 何時もなら子供言うな! …と返して膨らんで部屋にこもるのに……。
 幼いころより世話を任され十六年、出会った当初はクリスは三歳、エリザは五歳であった。精神的な面で全く成長しないクリスに手を焼かされる毎日はそれなりに充実していた。 片瀬という青年が来て以来、随分成長したものだと思ったのだが……。

皇女は一人の騎士を一心に見つめていた。
そしてその姿は一人の大人の女にエリザの瞳には映った。

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