『騎士で武士な僕と皇女様004』(11)

小さい人間


「マーシアの公都が陥落しただと!?」

 ヨーク軍総司令官、『白銀の戦姫』ことカトリーヌ=ヨークは伝令の報告に唖然としていた。

「どうされます? ここはすでにマーシア公領内ですし、合流した地方兵五百をいまさら見捨てるわけにも……」

 幕僚の一人、アレキサンダー大尉がカトリーヌに現状の深刻さを告げた。 彼は下級貴族の出で、本来幕僚に抜擢される事などありえなかった。 幼少のころ失った左目や細かい性格のため味方も少なかった。 彼はヨークでアングリアの『黒髪の騎士』に着目していた唯一の人物のため、今回カトリーヌによって抜擢されたのだ。

「王命がある以上撤退はできない。我々はマーシアより敵を駆逐せねばならないからだ」

「付け入るすきを残すような相手ではありませんからね……それは不可能でしょう」

 『黒髪の騎士』はマーシアの占領と同時に地元勢力の帰化を、間を開けずに行った。 それによって、この戦争でのアングリア皇国の戦果を確実なものにしたのだ。
「地元勢力が反アングリアであらば付け入る隙もあるのだが」

「無理でしょう、マーシアの名だたる土豪貴族は中央官僚たちに不満を持っていました。 その上先手を相手にすでに打たれています」

「モローの『春』はどうした?」

「敵の近衛兵団の慰み者になったようです……鎖でつないで厠の横に放置されたとか…」

「………………」

 カトリーヌは焦っていた。 このままアングリアによるマーシア支配を認めれば、間違いなくヨークは敗退する。 それは最愛の妹姫、今年ようやく大人になりかけたアリスを同じ目に逢わせかねないのだ。
 カトリーヌの家族愛の深さは、この世界では有名だった。 そのためか、哀れな末路をたどったマーシアの姫君とアリスを重ねてしまうのだ。
「未だアングリアに与していない地区はあるか?」

「えっと……リーゼルバーグとバラッハ両子爵が頑固に抵抗しておりますが」

「両子爵の戦力は?」

「一千です……子爵たちの子飼いの兵ですが……」

 フム……と口に手を当て思考する。
 今いる軍勢と合流させ、反アングリアの心を持っている騎士たちを集結させれば条件が悪くとも戦えないことはないのでは?
「伝令です!」

カトリーヌが自らの考えをまとめている最中だった。
「アングリア皇女、出陣の模様!」

「な……」

幕僚も含め、全員唖然としてしまう。 主力とともに行軍するならわかる。だが、味方から数百ゼール離れている現状で、わずかな護衛で戦場を目指すなど、狙って下さいと言わんばかりであった。
「罠か?」

誰かがそういった。
「だが、たとえ罠だとしてもこれを無視するわけには行かないだろう?」

カトリーヌが言を挟む。
「状況的に不利な以上、あからさまではあるがこれはチャンスだ! それに、敵国の皇女にマーシア領内を自由に闊歩されては、わが陣営の士気は地に落ちる……」

考え込む一同を見回したアレキサンダー大尉が呟いた。
「……チャンスでしょう、『黒髪』が皇女を危険にさらすわけはないし、戦力を集中させる時間稼ぎぐらいにはなります」

「……時間稼ぎ?」

「ええ……ちょうどバラッハ子爵領近くを通行するようですし、中隊をいくつか応援にやればアングリアの皇女をさらえます……つまり、我々の勝利になります。敵は食いつかざるしかないでしょう」

「勝利?」

カトリーヌは今まで思ってもみなかった言葉にわずかに反応した。 勝利を考えられる状況はとうの昔に過ぎていたと考えていたためだ。
「どの中隊を送る?」

「馬上偵察隊一個中隊と機動力のある軽歩兵中隊一つですね……一応精鋭を選びましょう!」

「バラッハの戦力は?」

「弓兵が百、歩兵三百五十、騎馬偵五十……」

「フム……、よし! ただちに中隊を選別し送り出せ! 三十分で準備をすませろ!!」

 カトリーヌの決断は早かった。
「後は大国ヨークの威信をもってマーシアでの反アングリア傭兵をかき集めればいい。皇女誘拐が失敗しても時間が稼げる。 体制を整えれば……決選だ!」

「は!」

幕僚たちは一斉に動き出した。

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