『騎士で武士な僕と皇女様004』(10)

小さい人間


「マーシア公王からの休戦の申し出だと?」

 『秋の月』三十三日、バノックカーンにてアングリア皇国とマーシア公国軍主力は最初の衝突をした。 野戦での投石器の使用や騎兵戦術などで三千の敵を撃破したアングリア軍は当初の予定どおりマーシアの要塞をことごとく無視し、公王コッリの主力の残存兵を追撃した。
「首都を落とされることを危惧したのでは?」

 横から副官のマックス少佐が意見を挟む。
「首都防衛戦で逃亡はできませんし、敗れれば国家が崩壊します」

「確かに……敵は怖気付いたと考えていいだろう」

 ヨーク軍が迫ってきている以上、早めにマーシアとは切り上げたいはず、そういった安心感のような条件が随所に見られた。 なめられているのだ……。
「で? どうする?」

 ロビン伯爵が参謀の僕に意見を求める。
「交渉している間にヨークの連中が来ちまうぞ?」

「……無視します」

 僕はそう決断した。 交渉に使っている時間はない。 それよりもこのタイミングで休戦を申し入れるなどという絶妙な手を使ってきたことに疑問を持ったからである。
 それに……。
「戦う気を無くした連中には胸ぐらつかみ上げ、とことん追い詰める……マーシアには降伏の黒旗以外交渉はない」

 マックスが口に手をあて思案しながら質問する。
「要塞の使用と兵糧ですね……」

「そうだ、おそらくヨークの例の戦姫が入れ知恵したのだろう……」

 ヨーク軍の総司令官、カトリーヌ=ヨークはヨーク北方ロンタギリア伯国制圧戦で勇名を馳せた、『白銀の戦姫』、彼女以外このタイミングでこれだけの手が打てるものは敵陣営にいない。 この段階の休戦では、皇国軍はマーシアの要塞や物資を使用できないのだ。


「なるほど、大した玉だ!」

 ガハッハッハッとロビン伯爵が豪快に笑いこけた。 これからぶつかる敵がこの上なく強敵であることに、恐怖はおろか楽しみでしかたないようだ。
「先頭が敵公都を視認しました! 前方にマーシア軍五千が展開中!」

 伝令の声が走る。 いささか興奮しているようだ。
「よし! では作戦どおり行動するよう諸将に伝達を……どうやらヨークと楽しむ前に終わりそうですね?」

 僕はロビン伯爵に話しかけた。
「今回も先頭に立たれる御積りで?」

「当たり前だ! 魚には水、武将には戦場だ!」

「敵首都攻略戦です……敵も必至になるでしょう……」

「なぁに! マーシア軍の最後の絶叫ぐらい聞いとかんと奴らに失礼だろう?」

 これなら大丈夫だな……おそらく絶対に死なないタイプだ、この人は……。
 僕は柄にもなく、つられて笑みを零しそうになった。



「伝令! 伝令!」
 甲冑に身を包み、馬を走らせた兵がアングリア皇都ルーアンの『カーン城』に飛び込む。
「マーシア公都陥落! 公王コッリ以下公家並びに貴族たちはことごとく捕えました!」

 厳かだった謁見の間はその一言で活気だった。
「馬鹿な! 開戦してたった一月半だぞ?」

「皇リュール二世万歳! 皇女クリステーナ様万歳!」

 貴族たちが騒ぎたてる中、一人泰然としていた皇女クリスは伝令に開口一発質問を発した。
「それで……皆は無事なのか?」

 一番気になる人物の名を言えないのは、皇国の枢機卿たる所以であろう。 とにかく自らの騎士が無事か、それだけが気がかりであった。
「損害は総計二百ほど、諸将、幕僚団、全員健全……大勝利です!」

 その一言に、肩の力がドッと抜けたのがわかった。 嬉しさからか、頬も緩む。
「そうか! よく知らせてくれた! 帰って休むがよい」

 それだけ言うと、クリスは一人部屋にこもり神々に感謝の祈りを捧げ、鍵をかけた。
「あいつが帰ってこないと疼いてならん!」

 頬を膨らませ、いつも側にいた騎士の顔を思い浮かべる。 彼の声、彼の指、彼の舌…。
 気がつくと、行為を行うためとミソギ以外で脱ぐことのないドレスを一枚、また一枚と自らの手を彼の手と重ねて剥いでゆく。
「はぁ……うん……」

 湿り気の増したその部位に、その細い指を挿し入れる。 そこは既に洪水が起きていた。
「ああん……ん……んん……」

グチョグチョ……と、波立つ音が豪華な装飾品が並ぶ一室に響く。
「ああぁ……お主……は……早く……おおぅ」

 柄にもないそのか細い声に、切なさが響く。
「この……お主が『ばいぶ』のようと言っていた木根……つかわさしてもらうぞ……」

 『黒髪の騎士』はこの世界に衛生という概念をもたらした。 性に関する知識は彼の世界とも正直、引けは取らないだろう。 が……、羊の腸を使ったコンドームや木根のアルコール洗浄などなど……。 この世界にある種の革命をおこしたのだ。
 その為か、アングリア皇国は近年猛威をふるった奇妙な伝染病から助かり、出生率やその後の生存率も跳ね上がったのだ。
 
クリスはいつの間にか、ベットの屋根を支える柱にしがみ付き、その装飾品の部位と自らの突起したものを幾度となく擦り合わせていた。
 ひんやりとした感覚が、腹から乳房にかけて走る。 長いプラチナを左右に揺らした。
「ああ……もう……」

 くちゃ、ぐちゃ……丸く太いソレがクリスの中をかき乱した。
 こめかみに力がこもり出す。

「……っ、我慢できるか!」

 そう……、クリスは一見すると甘美な感覚に酔いしれるように見えた。 が……それではどうあっても絶頂を感じるまでには達せないのだ。
「やはり……余も行く! 賢者どもがなんだろうが政務が滞ろうが知ったことか!」

 その賢者たちが聞けば卒倒しそうな言葉を発し、鈴を鳴らした。


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