ネイロスの3戦姫


第7話その.4 ライオネットの反撃  

 時間は更に経過し、太陽が西に傾き始める時刻となった。
 セルドックの拷問室に囚われている2人の女の子は、絶望的な状況で悲しみに暮れてい
た。
 「う、うう・・・おばあちゃん・・・」
 「もう泣かないでよマリオン、余計に辛くなるわ。」
 「だって・・・だって・・・」
 涙を流しながら祖母の名を呼ぶマリオンを、親友のパメラが慰めていた。
 「ライオネットさん、まだ開かないんですか?」
 「・・・うん・・・ちょっと待ってて。」
 鉄格子の扉の所で、何かゴソゴソしているライオネット。
 彼は、持参したピッキングの道具を使って鉄格子のカギを開けようとしていた。
 ロクな身体検査も受けずに牢屋に閉じ込められたのが幸いしていたのだった。しかも昼
前にアルバートを連れ去った警備兵の気配が部屋の外から感じられない。いや、誰一人拷
問室の前を横切っていない。
 当然の事であろう。恐怖の拷問室に、どこの誰が好き好んで近寄るだろうか。
 セルドックと同様のサディスティックな性格の警備兵だからこそ、ここの警備を任され
ていたのだ。その警備兵が、昼前からいなくなっていた。
 もちろんライオネット達は、警備兵が復活したアルバートに倒され、ゴミ捨て場に放置
されているなど知る由も無い。
 アルバートの悲劇を目の当たりにしたライオネットの眼は、涙も涸れ果て真っ赤に充血
している。
 「警備兵がいないのはラッキーだ。さっさとこんなカギを開けて・・・この、クソッ、
なんて頑丈なんだ・・・」
 ライオネットは2時間近く扉のカギと格闘していた。
 複雑な構造の為、手先の器用なライオネットをしても、カギを開けるのは困難を極めて
いた。
 酷使されたライオネットの指先には、うっすらと血が滲んでいる。
 黙々とカギ開けに専念する彼の後姿を見続けているマリオンとパメラ。
 「ここを・・・こうして・・・よしっ。」
 ガチャッ、軽い音と共に・・・ついにカギは開かれた。
 「開いたぞっ!!」
 ライオネットの声にマリオン達は、わあっと歓声を上げた。
 「よかった・・・やっと出られる・・・」
 「あっ、今はダメだよ。」
 拷問室から出て行こうとするマリオン達を制するライオネット。
 「明るい内に逃げるのはまずい、夜まで待とう。皆が寝静まってから逃げるんだ。それ
に・・・姫様も、いつも夜にはここに連れてこられるんだろう?」
 「うん、そうです。」
 頷くパメラ。
 ライオネットは、再びピッキングの道具を持つと鉄格子のカギ
に細工を施し、内側から簡単に開けられるようにした。
 「これでよし・・・後は逃げるチャンスを待つだけだ。」
 牢屋の中に戻るライオネット。
 「ライオネットさん、これ。」
 マリオンの言葉に振りかえる。その手にはセルドックに蹴られた時に落ちていたビン底
メガネがあった。
 「あ・・・ありがとう。」
 ビン底メガネを受け取ったライオネットは、メガネをかけて周囲を見る。
 視力が戻ったライオネットの眼に、地獄の拷問室が鮮明に映し出された。
 「一刻も早くここから逃げなければ・・・待っててください姫様っ。」
 そう呟くとセルドックに悟られぬ様、鉄格子のカギを(仮に)かけた。

 そして、その日も夜はやって来た。
 月の光りが窓から差し込み、拷問室全体をボンヤリ照らし出している。
 「・・・うまく逃げられるかしら。もし捕まったら・・・」
 「今しか逃げるチャンスは無いんだ、失敗したら一生ここから出られなくなるよ。マリ
オン、悪いけど、また道案内を頼む。」
 拷問室の牢屋の中から、ヒソヒソ声が聞こえてくる。ライオネット達が何か話し込んで
いるのだ。
 「・・・こうなったら最後まで付き合いますよ、何でも言って下さい。」
 決心したような口調のマリオン。
 「シッ、静かに・・・あいつが来た・・・」
 牢屋の中で息を潜めていたライオネット達の耳に、セルドックの声が聞こえてきた。
 「なにぃ〜、エリアスが逃げたって?」
 「はい・・・さっき黒獣兵団の人から聞いたんですが・・・今総動員で探しているそう
です。」
 「ケッ、アホどもが・・・女1人に何やってんだよ。」
 セルドックは手下と話している様子だ。
 エリアスが脱出に成功した・・・ライオネットは思わず安堵の溜息をついた。そのまま
逃げ延びていて欲しい・・・ライオネットは内心そう思った。
 だが、エリアスの性格上このまま大人しく逃げるとは考えられない。十中八九、エスメ
ラルダとルナを助ける為に、ダルゴネオスの宮殿に乗り込んでくるだろう。
 いくらエリアスと言えど、助力も武器も無いままではどうにもならない。こうなったら
早急にエスメラルダを助けだし、エリアスと合流するしかない。
 再びセルドックと手下の声が聞こえてくる。
 「その件についてですが、実はダルゴネオス陛下が殿下に、エリアスを探すのを手伝っ
てやれと申されておりまして、至急、黒獣兵団のキャンプ地まで行く様にとの事です。」
 「はあ!?何で俺が・・・しかたねーな。オヤジの命令とくれば行くしかないか・・・
それより、拷問室の警備兵はどうしたんだ?」
 セルドックは警備兵の姿が見えない事に気が付き、手下に尋ねた。
 「さあ・・・知りませんが。」
 「ちっ。拷問室はお前が代わりに見張っとけ。」
 「ええっ、私がですかぁ。」
 「嫌か?」
 ジロリと睨むセルドック。
 「あ、いいえっ。実は私、暇だったんですよぉ〜。喜んでいたしますぅ。」
 「始めからそう言えばいいんだよ。ついでにエスメラルダも拷問室に閉じ込めとけ、手
ぇ出すんじゃねーぞ。」
 傍らで震えているエスメラルダの鎖を手下に渡したセルドックは、不機嫌そうにキャン
プ地に向かっていった。
 「何で俺がこんな薄気味悪い所になんか・・・」
 扉の不気味な彫刻を見て、身震いするセルドックの手下。しかしサド殿下に逆らえば何
をされるかわからない・・・渋々拷問室の扉を開けてエスメラルダを引っ張る手下。
 「なに座ってんだよ、こっちに来い。」
 「あうう・・・」
 「来いってのが判んねーのかっ!!」
 怯えるエスメラルダの首根っこを掴み、無理やり拷問室に連れていった。
 拷問室の中央には、エスメラルダを犬の様に拘束するための鉄の棒があり、手下はそこ
に鎖を繋いだ。
 「これでよし・・・あとは牢屋の点検だな。」
 手下はそう言いながらライオネット達を閉じ込めている牢屋のカギをチェックした。
(ライオネットの細工には気付いていない。)
 「ここにいたらオツムが変になるぜ。」
 文句を言いながら、地獄の拷問室に全裸のエスメラルダを放置すると、扉の前で見張り
についた。
 「うう・・・こわいよぉ・・・さむいよぉ・・・」
 彼女が身に着けている物といえば、頭につけている犬の耳を模した飾りと、腰につけて
いる尻尾のみで、暗闇に残されたエスメラルダは、恐怖と寒さでガタガタ震えながら座り
込んでいる。
 「今お助けしますっ。」
 ライオネットがカギを少しいじると、簡単にカギが開く。そして足音を忍ばせてエスメ
ラルダに近寄った。
 「姫様。」
 小声でエスメラルダを呼ぶ。そして彼女を拘束していた首輪を外した。
 「あう?あ・・・らいおねっと・・・」
 寒さに震えるエスメラルダに、ライオネットは自分の着ていた上着を着せた。
 「もう大丈夫ですよ。」
 「う・・・ありがと・・・」
 優しく笑うライオネットに、エスメラルダの顔から喜びが溢れた。
 「準備OKです、ライオネットさん。」
 扉の両脇では、手に手に棍棒やゴム製の鈍器を構えたマリオンとパメラの姿があった。
 「よ−し・・・姫様、今しばらくのご辛抱を。すぐにここから脱出します。」
 「あう・・・」
 心配そうに見つめるエスメラルダから少し離れると、扉の前に立つライオネット。
 「早く帰って酒でも飲みてぇな・・・ん?」
 扉の向こうで見張りをしているセルドックの手下は、拷問室の扉を叩く音に気が付いて
振り返った。
 「何の音だ。」
 不審に思った手下は、扉を開け拷問室に入っていく。
 ドカッ、ボコッ
 拷問室に鈍い音が響く。そしてしばらく静寂が続いた後、扉からライオネットが顔を出
して辺りをキョロキョロ見回した。
 「誰もいないよ、今のうちに早く・・・」
 手招きしながら拷問室から出てくるライオネットの後を、エスメラルダを支えながらマ
リオンとパメラが続いた。
 ライオネットの手には、万一、見つかった時の用心にと戦闘用のハンマーが握られてい
た。
 「とにかく宮殿の外に出よう。近道はどっち?」
 「こっちです。」
 宮殿内部に詳しいマリオンを先頭に、4人は暗い宮殿の廊下を歩いた。
 もはやライオネットには、昨夜の様な失態は許されなかった。 マリオンとパメラ、そ
して・・・愛するエスメラルダの運命はライオネットに委ねられているのだ。

 「のおお・・・こ、これは・・・」
 エリアスを探す手伝いを早々に切り上げて拷問室に戻ってきたセルドックは、頭を殴ら
れて気絶している手下の姿を見て声を失った。
 部屋の中央には手下が目を回して伸びており、肝心のエスメラルダも、牢屋に閉じ込め
ていたライオネット達の姿も無い。
 「おいっ!!これはどー言う事だっ!!起きろっ!!」
 喚きながら手下の胸倉を掴んで揺する。
 「う〜ん・・・す、スンマセン。や、やられました〜。」
 「この役立たずっ!!」
 セルドックは手下をブン殴ると、牢屋のカギを見た。
 「こいつはピッキングの道具・・・クソッ、あのメガネ野郎!!」
 床に転がっているピッキングの道具を悔しそうに蹴飛ばす。
 「如何なさいましたか殿下。」
 拷問室の外に控えていた女狂戦士のギルベロとラーガが声をかけてきた。
 「どーしたも、こ−したもあるかっ!?エスメラルダの奴・・・逃げやがったんだっ!!
まだ遠くには行ってない筈だ・・・おい、お前等・・・今すぐ宮殿内の手下どもに命令し
ろっ、この宮殿内を徹底捜査するように言うんだっ、絶対に奴等を逃がすんじゃねぇ!!」
 「了解ですよ殿下。」
 セルドックの声に、2人は命令を遂行するべく拷問室を後にした。
 「エスメラルダ〜ッ!!てめえ今に見てろ・・・この俺から逃げられると思うなよっ!!
」
 髪の毛を逆立て、全身を震わせてセルドックは怒り狂った。







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