魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫12)


  第57話 苦悩するヘインズ提督の虚言
原作者えのきさん

 グリードル帝の侵略によって北部ライザック領に追い詰められたノクターンの人々は、
侵略者の猛威に怯える日々を送っていた。
 山岳地帯のライザック領は侵略し難い地形であった事が幸いし、一時の安定を得る事が
できたノクターンではあったが、新たに編成された新ガルダーン軍による進撃は凄まじく、
最後の砦であるライザック領が陥落するのは時間の問題となっていた。
 絶望に苛まれる人々ではあったが、それでも希望が失われたわけではなかった。
 人々の最後の希望・・・それはノクターン王家の後継者マリエル王子であった。
 マリエル王子さえ存命ならば、王国の復帰も可能だ。人々はその希望に夢を託していた
が・・・でも、その希望はグリードル帝の巻き起こす暴風の前で揺らめく微かな灯火でし
かない。
 暗雲に飲み込まれんとしていたノクターンではあったが、人々は間もなく、この絶望か
らノクターンを救う救世主の降臨を知る事になる・・・
 
 戦々恐々しているライザック領に、1人のガルダーン兵が落ち延びてきたのは真夜中だ
った。
 その兵士は一体どう言う目にあったのか、酷く怯えた様子でノクターン軍の陣地に転が
り込んできた。その有り様は燦々たるもので、顔を恐怖で引きつらせ身体をガタガタ震わ
せてノクターン兵に縋り付く。
 「た、た、たすけてえええ〜っ。し、知ってる事全部しゃべるから首切らないでええ〜。
あ、アンジェラこわいぃ〜。」
 「うわっ!?な、なんだお前はっ!!汚いなっ、鼻水垂らすな引っ付くなっ!!」
 驚いたノクターン兵が大騒ぎする所に、ノクターン軍総司令のヘインズ提督が現れた。
 「こんな夜中に何の騒ぎだ?」
 「あ、提督。じつはガルダーンの兵士が陣地に押しかけてきて、訳のわからない事を言
ってるのですが。」
 部下の言葉に不可解な顔をするヘインズ提督であったが、とりあえずガルダーン兵士の
様子を見てみる。
 兵士の怯えようは哀れなほどである。頭を抱え、敵対すべきノクターン兵士に救いを求
めて泣き喚いていた。
 困惑している部下を下がらせ、ヘインズ提督はガルダーン兵士に声をかける。
 「一体何があったのだ。お前は何処の誰に怯えている?」
 恐る恐る顔を上げた兵士は、涙目でヘインズに訴えた。
 「あ、あ、アンジェラが・・・アンジェラとか言うおお、女が・・・せ、せ、先発隊1
00人を・・・」
 兵士の言葉を整理すれば、自分の部隊がアンジェラを名乗る者に(消滅?)させられ、
その事をノクターンに告げるよう強制させられたとの事だった。
 ヘインズも部下達も首を傾げた。アンジェラと言えばノクターンの昔話に登場する人物
であり、架空の存在である。初めは、兵士が恐怖で錯乱しているのだろうとも思ったが、
兵士の身に起きた事は事実であり、本当にアンジェラを名乗る者がノクターンを救いに現
れたのだと知る。
 泣いているガルダーン兵士を尻目に、ヘインズと部下達は話し合う。
 「なんでしょうね、そのアンジェラを名乗る人物とは。単に救世主を気取る輩ではない
ですか?」
 部下の言葉に頷くヘインズ。
 「うむ、昔話の主人公が実在するはずないからな。でも解せんのは、どうやってガルダ
ーン軍の一個中隊を(消滅)させたかだ。ガルダーン軍と戦える存在が他にあるはずはな
い。」
 「ですよね、わが軍が出撃した形跡もないですし、どこの誰がガルダーン軍をやっつけ
てくれたのか・・・」
 考え込む一同だったが、不意にヘインズが眼を見開く。
 「・・・まさか、ひめさ、ま・・・」
 振り返ったヘインズは、ガルダーン兵士の胸ぐらを掴んで尋問した。
 「おいっ、貴様はアンジェラを名乗る者の顔を見たのか?も、もしかして・・・」
 ヘインズの問いに、戸惑った顔で兵士は答える。
 「い、いや。顔は見たけど・・・全くの別人だよ。ぱ、パツキンの超美女だった。」
 兵士の言葉に、ヘインズは少し顔を曇らせる。心の底で芽生えた(ある期待)が儚く消
えたからだ。
 「そうか・・・違うのか・・・」
 溜め息をついたヘインズは、部下に向き直る。
 「こいつは牢屋にブチ込んどけ。アンジェラと名乗る者が真の救世主なら、我々は助か
るだろう。」
 ヘインズの言葉を聞いた部下達によって、怯えているガルダーン兵士は牢屋に連行され
る。
 残ったヘインズは、無言でアンジェラを名乗る者の事を考えていた。
 金髪の美女との事だが、それは正に伝説のアンジェラそのままであった。
 「ガルダーンの兵隊が来たのっ!?」
 背後からの声にヘインズが振り返ると、そこには剣を片手に持ったマリエル王子が立っ
ていた。
 今は深夜であり、子供が起きている時間ではない。だが7歳とはゆえ、国の運命を背負
わされたマリエル王子は安眠の時を失っていたのだった。
 驚くヘインズがマリエルを気遣う。
 「王子様っ、こんな夜更けまで起きてはダメですぞ。兵隊は牢屋に閉じ込めましたし、
ささ、剣など置いてください。危のうございます。」
 しかし、マリエルはヘインズの忠言を無視した。
 「ぼくがノクターンを守らなきゃいけないんだもん・・・寝てなんかいられないもんっ!
!」
 「王子・・・」
 とても子供とは思えないほどの気迫で叫ぶマリエルに、ヘインズは声を失った。
 国を追われ、家族を失ったマリエルに課せられたノクターンの後継者たる重圧・・・
 7歳という小さな肩に、それは容赦なくのしかかる。
 宥めようとマリエルを抱いたヘインズは、ふと・・・先程のアンジェラの事を思い出し
てマリエルに耳打ちした。
 「・・・王子様、先程のガルダーン兵の話でありますが、じつは・・・」
 「えっ、アンジェラって、あのアンジェラ?」
 「そうですよ、救世主のね。」
 先程の事を詳細に話したヘインズは、マリエルの驚きと喜びの顔を見ているうち、とん
でもない事を口走ってしまった。
 「そのアンジェラでありますが、その正体は・・・アリエル姫様だと思われます。いえ
っ、間違いはありませんっ。」
 無論、それは口から出任せであった。マリエル王子の心痛を少しでも和らげたいと思っ
た虚言であった。
 でも姉の名を聞いた途端、マリエルの顔は満面の喜びに溢れた。
 「それはほんとなのっ!?姉上がアンジェラになってガルダーン兵をやっつけてるのっ!
?」
 「シーッ。お、王子様っ、大声を出さないでっ。」
 大声を出すマリエルを制したヘインズは、自分が言ってしまった事の重大さを悔やんだ。
いくらマリエルのためとは言え、ありもしない虚言を労してしまったのだ。
 ガルダーン兵士の話からして、アンジェラ=アリエルとは考えられない。それ以前に、
兵士の言葉に信憑性がない。同一人物であろう可能性は0に近い・・・
 虚言と知れば、マリエルはきっと絶望するだろう、今まで以上に悲しむだろう。
 でも今更話を覆せない。マリエルの目は、最愛の姉が戻ってくるとの希望で輝いていた
から。
 「よかった・・・姉上は帰ってくるって信じてたもんっ。姉上はどこにいるの?ねえ提
督っ!!」
 興奮して問い詰めてくるマリエルの頭を、ヘインズは優しく撫でた。
 「そう急かないでください。姫様はきっと、生きておられるのをガルダーンに知られぬ
よう、アンジェラを名乗っておられるのでしょう。姫様の秘密を守るため、これは私と王
子様だけの秘密にします。全ての戦いが終わった暁には、きっと姫様は王子様の元に戻っ
てこられますよ。」
 その言葉、全て作り話であった。でたらめであった。しかし・・・姉を思うマリエルは、
ヘインズの虚言を全て信じた。
 「わかった、敵をだますなら味方からっていうもんねっ。みんなには内緒にするよっ、
姉上が帰って来たら、みんなをびっくりさせちゃうからっ!!」
 無邪気に喜ぶマリエル王子・・・ヘインズは安堵の溜め息を漏らすも、心境は甚だしく
なかった。
 いずれマリエルに虚言だったと告げねばならない。その事が辛い。
 「夜更かししては姫様も御心配なされますよ、もう休みください。」
 「うんっ、おやすみ提督。」
 喜んで寝室へと走るマリエル。今夜は安心して眠るであろう王子の背中を見つめ、ヘイ
ンズは悲しき呵責に苦しんだ。
 「お許しください王子さま・・・こうするよりあなたを慰める方法がないのです。」
 深く頭を下げるヘインズ。彼はアンジェラとアリエルは別人と思い込んでいるが・・・
これよりずっと後に、全ての戦いが終わりを告げる時、虚言は真実となる。
 大いなる平和の訪れと共に・・・




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