魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫10)


  第36話 アリエル姫、洗脳からの解放
原作者えのきさん

マリーの手引きにより、辛うじてガルダーンから逃れたアリエル姫。
 しかし、長時間に渡る陵辱と拷問によって、アリエルの心は完全に闇に堕ちていた。
 悪夢を抱えたままのアリエルを連れ、マリーと、そして同行する奴隷の娘達は艱難辛苦
の逃亡を続けている・・・
 
 街道は全てガルダーン軍に制圧されているため、彼女達は道無き道を進まざるをえない
状態であった。
 馬車を使って逃亡している彼女達だったが、脱出した際には着る物すらなく、全裸で逃
げまわる訳にもいかないので、無人の廃屋から衣服や食料を持ち出していた。
 廃屋は酷く荒れており、侵略の爪痕が色濃く残っている。住人は逃亡したか連れ去られ
たか、人影すらない。
 徹夜で逃げていた事も考慮し、廃屋でしばらく休む事にした。
 「ああ、やっと服を着られるわ。ずっと裸だったものね・・・」
 久しぶりに服を着た娘達が、アリエルを看護しているマリーに声をかける。
 「マリーさん、火事場ドロボウしているみたいで気が引けますね。」
 「しゃあないですやろ、家の人もわかってくれはりますわ。姫様の事もあるし。」
 マリーは、眠っているアリエルの髪を撫でながら、白い首にはめられた黒く凶悪な首輪
を見つめた。
 重厚な鉄の首輪は留め金を溶接されており、外す事は絶対不可能となっていた。おまけ
に恐ろしく強固な材質であるため、ヤスリで削り切ることもできない。
 外すには、アリエルの細い首を切り落とすしか方法がない。
 そう・・・アリエルは一生、この屈辱たる奴隷の首輪をして生きて行かねばならないの
だ・・・
 マリーの心は痛んだ。
 そして、疲労困憊しているアリエルを気使い、優しく抱きしめた。愛する主君の、そし
て友の苦痛が少しでも和らぐようにと思いながら・・・
 マリーの暖かい胸に抱かれ、アリエルは束の間の眠りに身を委ねていた、が。
 「う、うう・・・わたしがわるいです・・・ゆるして・・・ううっ。」
 無情の悪夢がアリエルを襲い、安穏の眠りは引き裂かれた。
 「いっ、いやああーっ!!こ、こないでえええーっ!!」
 絶叫したアリエルが、痙攣を起こしながらマリーに縋りつく。
 見開かれた視線の先には誰もいないが、悪鬼でも見ているかのように虚空を恐れている
アリエルの様子に、マリーは戸惑った。
 「ど、どないしはったんですか?誰もおりませんよ?」
 「ひいいっ、あ、あそこにへいしのゆうれいがいるの・・・ま、まりいい・・・こわい
い・・・こわいよおお・・・」
 兵士の亡霊に化けたガルアの手下に嬲られたために、アリエルは存在しない悪霊の幻影
に苛まれているのだ。
 まるで子供のように怯え、失禁するアリエル。
 手足の筋を切られ、身動きすらできない彼女は、ただ震えて姿無き陵辱者の恐怖に怯え
るより術は無い。
 「姫さま、ここには姫様を虐める奴はいませんよって、うちが守りますよって、安心し
てください、ね?」
 優しく宥めるが、洗脳は深刻にアリエルを蝕んでおり、身体を強張らせて萎縮している。
 「あうう・・・みんなわたしがわるいのですわ・・・わたしがみんなをころしてしまっ
たの・・・わたしはじごくにおちてしまうのですわああ・・・た、たすけてええ・・・」
 「姫さま・・・」
 マリーは、洗脳によって正気を失ったアリエルに唖然とする。何とかしてアリエルを元
に戻さねばならない。
 それには荒治療しかなく、もはや戸惑っている余裕は無かった。
 「姫さまっ、堪忍っ!!」
 突如、マリーは何を思ったか、アリエルを抱えて近くの小川に向けて走る。そしてアリ
エルを冷たい流水に投げ込んだ。
 冷たい雪解け水が飛沫を上げ、アリエルの裸体を急激に冷やす。
 アリエルは手足が動かない上に、重い鉄の首輪をされているため、そのまま水中に沈ん
だ。
 そしてマリーは、素早く川に飛び込んでアリエルを引き上げる。
 突然の事に驚いた娘達が、顔色を失って駆け寄って来た。
 「ま、マリーさんっ。いったい何を!?」
 「姫様には悪いけど、こうでもせんかったら洗脳は解けまへんから。」
 至って冷静なマリーの口調に娘達も事態を理解し、速やかにタオルでアリエルとマリー
を覆った。
 雪解け水で裸体が冷え、気絶したアリエルを、すまなさそうに抱きしめるマリー。
 「姫さま、大丈夫ですか?気をしっかりもってください。」
 マリーの問いかけに、アリエルは目を開く。
 「う・・・あ・・・ま、マリー?私はいったい・・・?」
 開かれた目には、明らかに正気が戻っていた。今のショックで洗脳が解けたのだった。
歓喜するマリーと娘達。
 「よかったーっ、姫さまが元に戻ったーっ!!」
 一同の抱擁を受け、ポカンとした顔になるアリエル。正気の回復と同時に、喜びの感情
も取り戻された。
 「わ、私・・・マリーッ。」
 アリエルもマリーを抱きしめようとしたが、腕が全く動かない。立ち上がる事もできな
い・・・
 泣きそうになるアリエルを、再度マリーは抱きしめた。
 「姫様、今は辛いでしょうけど、もうじきリケルト領からノクターン軍が迎えに来てく
れます。それに、王子様もへインズ提督と一緒に合流する手筈になってるんですわ。」
 王子様との言葉に、アリエルはさらに喜びを高める。
 「えっ、マリエルも無事ですの!?よかった・・・また、あの子に会えるのね・・・」
 動けない悲しみも、陵辱者の恐怖も、マリエルと会える喜びと、マリーに抱かれる温も
りによって和らいで行く・・・
 今だ、アリエルには男に対する恐怖感は拭えていないが、ささやかなる束の間の安らぎ
にアリエルは喜び、動かない身体をマリーの柔らかい胸に委ねるのであった・・・



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