魔戦姫伝説(アンジェラ外伝) 初代アンジェラ編・ノクターンの伝説(6)


第18話 最強者ダーク、その正体は・・・!!
原作者えのきさん


 平穏な魔族の集落を後にしたダークは、飛行のスピードを上げて進みました。
 彼は私に魔界の真実を見せるため、わざと遠回りしたのでありました。
 無言で飛ぶダークの視線は、はるか彼方を見つめています。彼が向う目的地とは?
 穏やかだった風景は、徐々に暗闇の支配する世界へ目まぐるしく変わり、やがて殺風景な景色へと変貌しました。
 草木も生えぬ険しい山々が連なる場所は、闇の波動が濃厚に漂う場所である事を告げています。あまりにも闇の力が強いゆえに、生ある者が住まう事はできないのであります。
 光の属性の神族である私の裸身に、強い闇の波動がビリビリと静電気のように伝わりました。闇に覆われた世界ではありましたが、陰鬱たる気配はなく、暗く静かで荘厳な雰囲気が漂っていました。
 周囲は完全な暗闇であるため、どこをどう飛んでいるのか全くわかりません。ただ、顔に当たる風の強さから考えて、相当のスピードで飛んでいると思われます。
 その凄まじいスピードでどれだけ飛んだでしょうか・・・
 地獄の果てまで行ったかと思うほどの長距離を飛び、ダークは目的地へと辿り着きました。
 それまで真っ暗闇だった空間に、ぼんやりと大きな建物の影が浮かびました。
 良く見れば、それは巨大な城です。とてつもなく大きく、そして闇よりもはるかに黒く恐ろしい巨城が、私の前に現れたのです・・・
 その巨城は、まさに恐怖の大王が住まうに相応しい城・・・
 圧倒的な権威を誇る巨大な建造物は、驕り高ぶる者を押し潰すかの如き重厚さを醸し出し、黒い無機質な壁と禍々しい造形は、悪しき者を容赦なく打ち砕く恐怖に満ちていました。
 暗黒の城を前にすれば、誰もが怯え震えるでありましょう。命知らずの勇ましい戦士であろうとも、厳しい修行で精神不動の境地を極めた高僧であろうとも、激しく萎縮し泣いて許しを乞うでしょう。
 ダークはその恐ろしい城に私を連れて行こうとしているのです。
 私はミルミルを抱きしめて震えました。
 「・・・み、ミルミル・・・めをあけちゃだめ・・・こわい・・・こわい・・・」
 そんな私の耳に、フッと笑うダークの声が聞こえてきました。
 「怖がるのはかまわんが、小便なんぞもらしたら承知せんぞ。」
 からかうような言葉を聞いて、ふとダークの顔を見ると・・・口元に少しだけ笑みが浮かんでいます。
 私は恐怖が少しだけ和らぐような気がしました。ダークが心配するなと言っているかに思えたのです。
 そしてダークは、城の真正面にゆっくりと降り立ちました。
 深い堀で隔てられた城門から、軋む音を立てて跳ね橋が降りてきます。そして城門が主を待っていたかのように開き、ダークは城内へと進みます。
 広大な庭の中央に座する黒い城。強固な甲冑に身を包んだ数多くの衛兵が2列にならんで最敬礼し、その間を悠然とダークは歩いてゆきます。
 ダークが、この恐怖の城の主であるは明白となったのです。
 そして城の前に黒い装束を纏った老人が現れ、丁重なる一礼でダークを迎えました。
 「お帰りなさいませ、魔王様。」
 黒衣の老人が発した言葉・・・私は驚愕で全身を硬直させました。
 「・・・ま、ま、おう・・・さま?」
 老人は東洋人らしく、細面の顔に白く長いあご髭を生やした容姿は中国の仙人を連想させます。
 いや・・・本当に(仙人)なのかもしれません。
 悟りを極めた聡明なる面相。そして穏やかなる好々爺の振る舞いは、まさに東洋の伝説に登場する仙人でありました。
 ただ・・・この好々爺の発する気配は紛れもなく(暗黒の魔力)であり、老人が(闇の仙人)であろうは明らかであります。
 ついでに彼が(魔)であって(悪)ではない事も付け加えておきましょう。老人の穏やかなる瞳には、全ての者を見守る慈悲が宿っているからであります。
 ダークは闇の仙人に尋ねました。
 「黒竜、俺がいない間に変わった事はなかったか?」
 「はい、万事滞りなく執り行われておりまする。」
 「そいつは良かった。お前が俺に代わって魔王の座についているかと思ったぞ。」
 「ほっほっほ、またお戯れを。私めに魔の王など勤まらぬといつも申しておりましょう。」
 冗談を言い交わす2人の姿は、深い信頼で結ばれた若き主君と老家臣といった感じです。
 どうやら老家臣は(黒竜)という名前らしく、絶対的権威を持つダークに次ぐ実力者である事がわかりました。
 (黒竜)と呼ばれた老家臣は、ダークに抱かれている私の顔を覗き込み尋ねました。
 「ふむ・・・この者が(闇の姫君)に相応しい者でありますか?どう見ても平凡なお姫様にしか見えませぬが。」
 あご髭を撫でながら尋ねる老家臣に、ダークは呆れた声で返答します。
 「フン、お前は俺より長生きしてるくせに、こいつの本質を見抜けんのか?魔界仙人ともあろう者が人を見る目も無くすほどボケたか。」
 その言葉に老家臣は慌てました。
 「おお、これは軽薄な検分でありましたぞ。あんまりにも可愛いので魔王さまを疑うような事を申してしまいまして・・・おや?御目をどうかなされましたか。」
 閉じられたダークの片目を見て怪訝な声で尋ねる老家臣に、ダークは平然とした口調で応えます。
 「こいつの目がアホどもに潰されたらしいから、かわりに俺の目をくれてやったのだ。」
 その返答に老家臣は大いに驚き、そして私とダークの顔を交互に見つめました。
 聡明な仙人の顔に浮かぶ驚愕の表情・・・ただならぬ事があったのです。
 「なんとっ、(魔眼)を与えられたとはっ!!魔眼を持つに値する者でありますか、ううむ・・・可愛さなら天下一品で・・・あいや失敬(汗)。」
 「可愛い外見に萌えている場合かエロジジィ。こいつは魔界と天界の両方に影響を及ぼす重大な使命を背負った姫君だ。そうでなければ俺が直々に人間界になど赴くものか。わかったらさっさと玉座の間の人払いでもしろ。」
 狼狽していた老家臣は、すぐに襟を正してダークに一礼しました。
 「ははっ、すぐに準備をいたしますっ。」
 (準備)とは一体なんの事なのか?小走りで城の中に戻る老家臣を、私は唖然と見ていました。
 戸惑うまもなく、ダークは私を抱いて城内に入ります。
 重く分厚い鋼鉄の扉が私達の背後で閉じられ、眼前に城の中央へと続く回廊が現れました。
 先が全く見えぬ回廊は、終着点が地獄の底であるかのように思われます。
 カツン、カツンと闇に響くダークの足音が、私の心に大きな恐怖をもたらしました。
 「・・・わ、わたし・・・これからどうなるの・・・なにをされるの・・・?」
 私の脅えなど意に介さぬ表情で、寡黙にダークは歩み続けます。
 永い、永い歩みの果てに、回廊の終着点に辿り着きました。
 ゆっくりと開かれる地獄の門・・・
 その先は、広大な・・・あまりにも大きな(玉座の間)でありました。
 天井は見上げるほどに高く、奥行きも信じられないほどの広さがあります。
 そして大いなる部屋の中央に、とてつもなく巨大な玉座が鎮座していたのです。
 神話の巨人が何十人座っても余るほど、その玉座は大いなる物でありました。これに腰掛ける究極の帝王は如何なる者か?
 凄まじいほどの権威と圧倒感を漂わせる玉座に、ダークは私とミルミルを抱いて平然と歩んで行きました。
 そして玉座に到着すると、威厳ある声で告げました。
 「もう判っていると思うが・・・お前は魔界の王たる俺に見込まれた姫君だ。そして・・・闇の姫君となる存在なのだっ。」
 言い終わった途端、部屋全体から闇の波動が押し寄せ、ダークに集約しました。いや・・・ダークが闇の波動を吸い込んでいるのでしょう。流れ込む波動の勢いは凄まじく、まるで狂った竜巻のように渦巻いています。
 そして闇の波動を飲み込んだ身体が急激に増大し・・・大いなる玉座へ座るに相応しい存在へと変貌します。
 天地を粉砕する怒濤の雷鳴が轟き、ダークは真の姿を現しました。
 『・・・我は魔王・・・魔界の支配者、闇の魔王なりっ!!』
 ・・・ダーク・・・闇・・・
 そう、彼こそは、魔界の王・・・闇の魔王だったのです!!
 私はダークの・・・闇の魔王の巨大な手に乗せられ、高い位置に持ち上げられました。
 眼前に迫るは、地獄の業火が燃え盛る巨眼です。
 魔王の眼で見据えられた私は、裸体を石のように硬直させて怯えました。
 「・・・あ、ああ・・・わたしになにをなさるので・・・すか・・・」
 魔の王の手中に囚われた私に術はありません。握り潰すなら一思いにしてほしい・・・そう観念致しました・・・
 そんな私から視線を逸らした魔王は、部屋の隅で一礼している(黒竜)老人を一瞥しました。
 『黒竜、準備は良いか?』
 「はい、魔戦姫生誕の儀、整いましてございます。」
 魔王は静かに頷き、再び私に視線を戻します。
 最高主権を持つ裁判官が罪人に問うが如く、魔王は私に尋ねました。
 『では改めて問う。戦女神アンジェラ、お前は魔の最強の力を求めうるか否か、篤と答えよっ。』
 萎縮している私は、すぐに答えを出せませんでした。
 戸惑う私に、魔王は語ります。
 『力を求めぬなら、忌まわしい記憶を全て消して天界に帰してやろう。正気を失った姫君であろうとも、武神の王も民も快くお前を慈しんでくれよう。遺恨を忘れ残りの余生を恙なく過ごすが良い。だが・・・悪しき者どもを倒す最強の力を求めるなら、全てを捨てて魔に身を委ねよ。華やかな過去も安らかな日々も捨て去り、闇の姫君として新たなる人生を歩むのだ。』
 ・・・まさに究極の選択でした。
 倒された武神の兵団やノクターンの民の事を忘れ、穏やかな人生を送るか・・・安らぎを捨てて悪を倒す最強の存在になるか・・・
 こんな正気を失った姫君であろうとも、父や母は優しく愛してくれるでしょう。武神の民達は慈しんでくれるでしょう。
 天界で静かに暮らす自分の姿を思い浮かべましたが、恐ろしい現実を思い出して我に返りました。
 ノクターンでは、天界の侵略を企むバール・ダイモンが邪悪な牙を研いでいるのです。
 下賤なチンピラ集団に過ぎぬバール・ダイモンとその配下ですが、武神の兵団を壊滅させた力は侮れません。天界で数多の血が流されるは必然です。それを防ぐには、私が最強の存在となって悪党どもを倒すしかないのです。
 でもその代償は大きく、私は不安に怯えながらミルミルを見つめました。
 「・・・ミルミル・・・わたし・・・どうしたら・・・いいの・・・」
 私の胸に抱かれたミルミルは、潤んだ眼で答えました。
 「ミルミルはどこまでもひめさまについていきます。ひめさまといっしょです・・・」
 友の優しい応えに、私は決意しました。最強の存在となる決意を!!
 「ありがとう・・・ミルミル・・・だいすきよ・・・」
 愛する親友にキスをした私は・・・魔王に向き直りました。
 「・・・わたしは・・・さいきょうのちからを・・・もとめます・・・あくとうをたおすちからをさずけてくださいませ!!」
 これによって私の運命は決まりました。
 魔王の荘厳なる声が響きました。
 『その決意や良しっ。汝に最強の力を授けようぞっ!!』
 大いなる声と共に、部屋全体が暗黒の異次元空間へと変貌を遂げました。
 そして光すら飲み込むブラックホールが暗黒世界に出現し、私とミルミルを飲み込んだのです!!

 ---わたしはさいきょうのひめぎみになるの・・・かならず・・・らむぜくすたちのむねんをはらしますわ・・・

 ミルミルを抱いたまま、私は闇の最深部へと向いました。
 無限の力に満ちた、暗黒の世界・・・
 そこは選ばれし最強の者だけが赴く事のできる場所なのです・・・




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