魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫3)


  第2話 誓いのイヤリング
原作者えのきさん

 
 アリエル率いるノクターン軍が城を出陣したのは、さらに3日が経過してからだっ
た。
 隣国バーンハルドを救うため、そして宿敵ガルダーン軍を完全に倒すため、最大規
模の軍勢が組織された。
 剣を翳し、アリエルは兵士に檄を飛ばす。
 「この戦いにはノクターンとバーンハルドの未来がかかっています、総員一丸とな
って戦いましょうっ!!」
 その声に、兵達は一声に気勢を上げる。
 おおっと言う掛け声が城に響き、戦意が波のように伝達する。
 今度こそ、今度こそ宿敵ガルダーン帝国を倒し、真の平和を手にするのだという覇
気がノクターン軍を突き動かす。
 先の戦での勝利もあってか、兵士達は確実なる勝利を信じていた。故に、総大将で
あるアリエルへの信頼も厚い。
 兵達の信頼に応えるべく、アリエルは己の士気を奮い立たせ、凛とした姿勢で馬に
跨った。
 しかし・・・美しい顔が、緊張で強張っている。いくら戦女神と称されるアリエル
であろうとも、やはり年若き姫君なのだ。
 若き肩に背負わされたプレッシャーと、戦いへの激しい不安が、否応無しにアリエ
ルを責めている。
 
 ――キリ、キリキリ・・・ズキ・・・ズキィ・・・
 
 針で刺すような痛みが走る。
 いつの戦いでも、強い意思で恐怖を跳ね除けてきたが、今回は、いつもと違ってい
た。
 不安なのだ・・・妙に胸騒ぎがする・・・
 激しい不安によって、覇気に陰りが射す。このままでは、指揮にも差し支える。
 額を押さえて表情を曇らせるアリエルに、側近の将兵も心配そうに声をかけた。
 「姫様、御気分が優れぬようですが・・・大丈夫でありますか?」
 「え、ええ。心配かけてごめんなさい。少し・・・頭痛がするだけですわ。」
 なんとか心配ない姿勢を保ってはいるが、やはり心労は隠せない。
 「それはいけませぬ、すぐに医師を呼びましょう。姫様の御身に事あれば戦いもま
まなりませんゆえ・・・」
 だがアリエルは医師を呼ぼうとした将兵を制する。
 「まって、大事はありません。気遣いは無用です。」
 「しかし・・・そんな御様子では・・・」
 アリエルと将兵のやり取りの最中、城から1人の男の子が、アリエルの元に走り寄
って来た。
 それは・・・アリエルの最愛の弟マリエルだった。
 「姉上、あねうえーっ。」
 マリエルの声に気がついたアリエルは、慌てて馬から降りて弟に近寄った。
 「まあ、どうしたのマリエル・・・城にいなさいって言ったでしょう?」
 姉の言葉に、マリエルは手に握っていた物を差し出す。
 「あのね・・・これを姉上に渡したかったの。」
 差し出されたそれは、白い貝殻で造ったイヤリングだった。
 高価な代物ではない。質素な手造りの白い貝のイヤリング・・・
 イヤリングを渡され、アリエルは戸惑った。
 「これを私に?」
 「うん、お守りなの。ゆうべ、ぼくがつくったんだよ。姉上が無事に帰ってきます
ようにって、お祈りしてつくったの。」
 イヤリングを渡すマリエルの手から温もりが伝わる。そして、アリエルの胸に、熱
いものが込み上げてきた。
 思わず目頭を押さえ、愛しい弟を抱きしめるアリエル。
 「まあ・・・ありがとうマリエル、うれしいわ。大事にするわね、そして・・・必
ず無事に帰ってくるから、約束するわ。」
 「約束だよ、姉上。」
 抱き合い、約束を交わす姉弟・・・
 それを見た将兵も安堵で胸を撫で下ろす。
 「王子さまの御声援あれば、我が軍も百人力であります。勝利は目前ですね。」
 頷くアリエル。
 「ええ、必ずや勝利してみせましょう。」
 仰ぎ見たその先に、父と母の姿もあった。マリエルと共に愛娘を見送りに来ていた
のだ。
 「アリエル、無事を祈っているぞ。」
 「必ず帰ってくるのですよ。」
 現れた母の姿にアリエルは驚いた。母マリシアが、戦装束に身を固めているのだ。
 かつて、ノクターン王国で最強の女戦士だったマリシア王妃。その母が、勇ましく
剣を携えて父の傍らに立っている。
 「母上・・・」
 それは夫を息子を、そして民を守らんがためのものか、それとも戦地に赴く娘に、
心は共に戦う事を告げているのか・・・
 アリエルには母の心が全てわかる。
 女性特有の第六感とでもいうのか、母マリシアもまた、アリエル同様に不安を抱い
ているのだ。
 2人は互いの心を受け取りあい、沈黙の了解で頷く。
 そして、手を振る父アルタクス王に、アリエルは笑顔で応える。
 「父上、後の事をお願いします。母上、マリエル・・・行ってきます。」
 馬に跨り、軍を率いて出城するアリエルの胸中に、(無事に戦いを終わらせ、必ず
帰る)との誓いがあった。
 父も母も弟も、身を千切られる想いであろう。それを払うためにはガルダーン軍を
倒さねばならない。
 アリエルは弟にもらったイヤリングを耳につけ、勝利と無事なる生還を祈った。
 (神よ・・・我等を守り給え・・・)
 正義は我等に有り・・・神は我等を見守ってくださる・・・
 いつになく神妙な面持ちのアリエルは、ただ静かに祈る・・・
 だが、神への祈りが露と消え、恐ろしき悪夢が迫ろうなどとは今のアリエルには思
いもつかない事だった・・・
 
 丸1日進軍したノクターン軍は、バーンハルド国の領域に到達した。
 バーンハルド国からの報告では、国の南側にガルダーンの軍勢が迫っているとのこ
とだった。
 バーンハルド軍と合流し、ガルダーン軍を迎え撃つ準備は整っている。連日の軍の
会議で入念な作戦が練られ、確実な勝利は間違いないとの見解がなされている。
 
 作戦の詳細が漏れていない限り・・・そして、バーンハルド軍の支援がある限り・・
・勝利は確実である・・・(はず)
 
 全て順調に進んでいると見るアリエルは、先程までの不安を振り払い、戦いに備え
た。
 戦いに先立って、バーンハルド国王リスカーとの謁見を求めるアリエルがバーンハ
ルドの将軍に声をかける。
 「リスカー陛下は城におられるのですか?作戦について伺いたい事があるのですが・
・・」
 すると、将軍は少し落ちつきない態度で返答した。
 「申し訳ないのですが・・・陛下は急遽ノクターンへ出向かれまして御不在です。」
 どうやら、行き違いになっていたようだ。仕方なく、アリエルはバーンハルド軍の
指揮官達と会議を始めた。
 会議は滞りなく進んだが、指揮官達は将軍同様、落ちつきがない。
 ガルダーン軍の総攻撃に怯えているのだろうか・・・アリエルはそう考えた。
 いや、軍人たる者が、恥かしくも敵を前にして怯えるなどもっての他だ。
 では・・・別の理由が?
 アリエルが疑おうとしたその時、伝令の兵が騒がしく会議室に飛び込んで来た。
 ガルダーン軍の動きを伝えに来たのだ。慌しい空気が会議室に篭り、アリエルの疑
いも霧散した。
 余りにも忙しないため、将軍や指揮官達の思惑を探る余地すらない有様であった。
 やがて会議は終わり、アリエルはノクターン軍に作戦の指示を出すべく会議室を出
た。
 
 そして・・・後に残った将軍と指揮官達は、声を殺して秘密裏の話し合いを始める・
・・
 「・・・では、ノクターン軍の動きは、あの(内通者)の言った通りだったのだな?
」
 「・・・はい。こちらの思惑もバレておりませんし、(内通者)の密告通りの行動
を起こすと思われます。」
 その話し合いは・・・まさにノクターン軍を陥れるものに他ならなかった・・・
 無論、その話し合いがアリエルの耳に入る筈もない。
 さらに小声で指揮官は呟いた。
 「まさか、自軍が孤立無援だとは思わないでしょうね・・・我が軍の一兵卒まで、
誰もノクターンには手助けをしない、ノクターンの兵達は、皆殺しにされるでしょう・
・・」
 辛そうに話す指揮官に、将軍は険しい顔で応える。
 「仕方ない。姫様と民の命には代えられん。我が軍の兵には詳細は伝えておらん。
良心の呵責は、我々が背負わねばなるまい。」
 そう言うと、黒い皮袋を指揮官達に渡した。
 「将軍・・・これは何ですか?」
 「うむ、そいつは昨日、ガルダーンから来たズィルク参謀とか名乗る男が置いてい
った物だ。良心の痛み止めとか言っていたな。」
 指揮官達が皮袋を開けると・・・そこには大量の金貨と宝石が入っていた・・・
 見た事もない金銀財宝に指揮官達は色めく。
 「うおお・・・こりゃあスゲエ・・・50年兵役を務めても手に入らないだけの金
があるぜ・・・」
 「こ、この宝石一個だけでも一生遊んで暮らせるぞ・・・へへ、気前がいいじゃな
いか・・・」
 邪悪な策略によって、指揮官達の心に良心の咎めが消えていく・・・
 欲望の虜となった彼等に、もはや情けも愛もなかった・・・
 そんな欲ボケしている指揮官達に、将軍は自分の分け前を投げて遣す。
 「そいつはお前達にくれてやる、好きに使え。」
 「い、いいんですか!?そいつはどうも・・・これだけもらえりゃ、ノクターンと
アリエル姫を裏切っても損はねえ・・・」
 ヘラヘラ笑う指揮官達に背を向けた将軍は、窓の外からアリエルを見て呟いた。
 「・・・アリエル姫、あんたに怨みはないが・・・我が国のため、悪魔の生贄にな
ってもらおう・・・」
 そう、今まさにアリエルは敵の真っ只中にいるのだった。
 薄皮1枚を隔てて、邪悪な陰謀がアリエルのすぐ傍を流れ行く。
 美しき戦女神のすぐ後ろに、邪笑いを浮べる悪魔達が欲望を滾らせて潜んでいる・・
・
 しかも、その悪魔の気配にアリエルはまったく気がついていない・・・
 強大な邪悪と、脆弱な正義を隔てる薄皮は、間もなく・・・破られる・・・


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