魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀23


   モルレムの裏切りと卑劣な罠   
ムーンライズ

 魔戦姫と八部衆が城内で戦いを繰り広げているその頃、デスガッドは自身の野望を遂げ
るべく、地下で賢者の石を自ら操作していた。
 地下室の最下部、そこに設置された巨大な賢者の石・・・
 そこから発せられる強力な波動が、バーゼクス城のみならず、周辺の町まで飲み込もう
としていた。
 操作パネルを操りながら、町の様子を映し出すスクリーンに見いているデスガッド。
 「フフ・・・町の人間も次々魔人に成り果てておる。いずれはバーゼクスのみならず、
大陸全土・・・いや、全ての地を波動で覆い尽くしてやる。フッフッフッ・・・神王の慌
てふためく顔が目に浮かぶわ・・・」
 神王に恨みを抱く堕ちた神族のデスガッドの野望は、神王の絶対的権威を地に堕とし、
世界の全てを牛耳る事である。
 その悪しき野望は、刻々と進んでいた。
 デスガッドの傍らでは、同様に邪悪な欲望を巡らせているゲルグ司令も、凄惨な町の状
況をニヤニヤと笑いながら見ている。
 「ドクター、これであんたの野望も1歩前進した訳だ。それにしても、全てが魔人によ
って支配される世界・・・そいつはまさしく修羅の世界ってわけだな。血に飢えた魔人ど
もが争いあう世界こそ、俺の目指す究極の世界だ。」
 生粋の軍人であるゲルグは、この世の全てが争いに染められる事を強く望んでいた。戦
いの中でこそ、彼の真髄が発揮されるからである。
 そんなゲルグに疑問を問い掛けるデスガッド。
 「なるほど、君は権力には余り執着しておらんようだな。世界の王になってみたいとは
思わんのかね?」
 その問いかけに、ゲルグは両手を軽く上げて笑う。
 「フッ、権力なんぞクソだよ。権力に溺れた奴はチヤホヤされるうちに戦いを忘れ、そ
のうち力のある奴に食われる。それが権力を追い求めた奴の末路さ・・・だが戦いを望む
奴は違う。常に自分を鍛え上げ、より強い世界へと上り詰めて行く。その世界を造ってく
れるのが、ドクター、あんただ。」
 デスガッドは、その言葉に頷く。
 「君らしい意見だ、それについては私も賛同するよ。私も権力に溺れた神王に辛酸を舐
めさせられた身だからな、権力なんぞクソ食らえと思っておるさ。私は権力ではなく、恐
怖をもって世界を支配するつもりだ。争いと恐怖・・・畑は違うが、私達は同じ考えを持
つ同士と言う訳だ。」
 「フフ、そうだな。」
 邪悪な意見を交わすデスガッドとゲルグの元に、弟子達が血相を変えて走り寄ってきた。
 「た、大変ですっ。城のホールで大多数の魔人達が何者かにやられましたっ!!」
 その声に目を吊り上げるデスガッド。
 「なにィ!?それは本当かっ!?被害状況はっ?」
 デスガッドに尋ねられた弟子が、声を震わせて詳細を告げた。
 「は、はい・・・電撃魔人兄弟と雪男、それに下っ端の魔人達が20名ほど・・・いず
れもかなりの手だれによって倒されている様子でした。それにセカンドチームのメンバー
とモルレム国王もホールから姿を消しております。」
 告げられた詳細を聞き、デスガッドは眉間にシワをよせる。
 「ううむ・・・そこには魔戦姫どもを捕らえていた筈だ、では奴等が魔人達を?いや、
奴等は魔力を奪われて戦う事はできない筈・・・」
 思案しているデスガッドに、腕組をしながらゲルグが口を挟んだ。
 「ひょっとして、何らかの方法で魔力を回復させていたんじゃないのか?たとえば、新
手の仲間が助けに来ているとか。」
 「それも考えられるが・・・」
 無論、魔族がバーゼクスに潜入しているという疑いは、デスガッドの思慮に入っている。
 しかし解せないのは、どうやって魔族がここへ潜入できたか、であった。
 その疑問を解き明かすデスガッド。
 「そうか・・・奴だ・・・闇の魔王だっ。奴が尖兵を潜入させ、魔戦姫どもに力を与え
たに違いないっ。」
 その言葉に、ゲルグも弟子も驚いた顔をした。
 「闇の魔王だって?」
 「ああ、そうだ。魔戦姫が倒された事により、闇の魔王が本腰を入れてきたという訳だ。
そうだとすれば、我々の計画も奴に知れたと言う事か・・・フフフ、面白い展開になって
きたではないか。」
 デスガッドの思惑には、闇の魔王を倒すと言う事も含まれている。闇の魔王の力は強大
だが、賢者の石の力をもってすれば恐れるに足りない。勝算は十分にあった。
 だが、潜入した魔族の存在は捨て置けない。計画の邪魔にならぬよう、早々に始末する
べきだ。
 そう考慮したデスガッドは、邪魔者を一掃するべくゲルグに協力を要請した。
 「ゲルグ君、どうやら君の出番となったようだ。魔人兵士を従えて魔族どもを一掃して
きてもらいたい。」
 その言葉に、口元をニヤリと歪めるゲルグ。
 「そいつを待っていたぜ。いいとも、魔族どもを蹴散らしてこようじゃないか。」
 嬉々とした声でそう言うと、魔人兵士に収集をかけた。
 「さあ戦いの時が来たぞっ!!最強の魔人兵士となった貴様等の実力を魔族どもに思い
知らせる絶好の機会だっ、行くぞっ!!」
 「イェッサーッ!!」
 ゲルグの檄に、手下の魔人兵士達が片手を掲げて応える。
 そして軍靴を高らかに鳴らし、ゲルグは魔人兵士を従えて城へと向かった。
 ゲルグと魔人兵士を見送ったデスガッドは、再び賢者の石を操作するパネルに向き直っ
た。
 「クックックッ・・・賢者の石の力は絶対的だ。闇の魔王よ、神王を地獄に堕とす前に、
貴様を血祭りに上げてやる。」
 邪悪な思惑を秘めたまま、デスガッドは野望の進行を急いだ。
 
 ゲルグが魔族の殲滅の為に出陣したその頃、ミスティーア達よりも先にホールから逃げ
出していたモルレムは、逃げ場を求めて城内をウロウロしていた。
 「コンチクショーッ、じょーだんじゃないぞ。なーんで僕がこんな目に遭わなきゃいけ
ないんだ?デスガッドもなんだいっ。あれだけ面倒を見てやったのに裏切りやがって、ブ
ツブツ・・・」
 不平を並べながら廊下を歩いていると、その向こうに鼻歌を歌いながら歩いているサイ
魔人の姿を見かけた。
 それを見て、慌てて隅に隠れる。
 「うわっとと・・・危ない危ない・・・バケモノどもに見つかったら大変だよ、まった
く・・・」
 胸を撫で下ろしていたモルレムは、窓の外から聞こえる使用人達の悲鳴を耳にして飛び
上がった。
 「な、なんだ一体・・・」
 恐る恐る窓の外を伺うと、そこには・・・
 「ヒイいっ!?たスけてーッ!!」
 「ウわアアアッ。ダレか〜ッ!!」
 絶叫を上げてのた打ち回る使用人やメイド達が、恐ろしいバケモノに変貌しているのが
見えた。
 「あわわっ、み、見てはイケナイものを見てしまったよ〜。ど、どーしよう〜。」
 ガタガタ震えているモルレムは、ふと、なぜ自分はバケモノになっていないのか?と言
う疑問を持った。
 そこで、もう一度外を見てみる。
 使用人達は、建物から放たれている異様な光を浴びてバケモノになっているのだ。その
光は城の近くにある町にも及んでおり、町の人々が悲鳴を上げて逃げ惑っているのが見え
た。
 どうやら、城の中にいる限りバケモノになる心配はないようである。
 でも、それはもう1つの絶望をモルレムにもたらした。
 「と、ゆーことは・・・僕は城から1歩も出られないって事じゃないか〜っ!!」
 頭を抱えて泣き喚くモルレムの後ろから、何者かがポンと肩を叩いた。
 「これはモルレム国王〜、ここで何をしておられるので?」
 声をかけてきたのは・・・サイ魔人だった。
 「ぎょええ〜っ!!で、でたーっ!!」
 真っ青になって逃げ様とするモルレムの腕を掴んで引き戻すサイ魔人。
 「ワタシの顔を見て逃げる事はないでしょう〜。別に取って食おうってンじゃありませ
んよ〜。」
 「離して〜っ!!バケモノいや〜っ!!オバケこわ〜いっ!!」
 「オバケ怖いって、お子チャマですかアナタは・・・んっ?」
 ジタバタ暴れるモルレムを、呆れた顔で見ていたサイ魔人だったが、なぜモルレムがこ
こにいるのか?と言う疑問がサイ魔人の脳裏を過った。
 「ちょっと待ってくだサイ・・・ホールで囚われの身になっていたアナタが、どーして
ここにいるのです?」
 どアップで尋ねてくるサイ魔人に、半泣き状態で答えるモルレム。
 「いや、あの〜、バケモノにイジメられてた女の子たちが〜、変な黒い光でお姫様に変
身して〜、でっかいハンマー振り回して、腕から針を出して、口から火を吹いて〜。」
 訳のわからない事を口走られ、サイ魔人は頭が混乱した。
 「もー少しわかるように言ってもらえませ〜ん?ぜんっぜん話しがわかりませんよ〜。」
 「だ、だからその・・・お姫様が変なリボンを使ってバケモノをバラバラにしたんだよ
〜。」
 最後に言ったその言葉に、サイ魔人は驚愕する。
 「ちょっと・・・今なんといーましたか?バケモノがバラバラになったとは・・・まさ
か、魔人達がお姫様とやらにやられたと、ゆーのでわ・・・ちゃんと説明しなサイッ!!」
 物凄い形相で迫るサイ魔人に、モルレムは首を縦に振って答える。
 「そ、そうなの、ホールにいたバケモノ全員、お姫様にやられたの〜。」
 「な、なんですとおーっ!?」
 サイ魔人の絶叫が辺りを揺るがす。そしてモルレムの肩を掴んで揺さぶった。
 「どーして、そんな大事な事を先に言わないのです〜っ!?アンタはアホですかーっ!!
」
 「あうう、ぼ、僕はチミの方がアホだと思う〜。」
 大声を出して喚いていたサイ魔人だったが、急に我に帰ってホールの方向を見据える。
 「こ、こーしてはいられないっ、急がねば〜っ!!」
 そう言うや否や、モルレムを掴んだままモーレツな勢いで走り出すサイ魔人。
 その勢いに翻弄されるモルレムの声が、ドップラー効果状態で城内に響き渡った。
 「きゃ〜っ!!す、スピード出しすぎいいぃぃぃ〜っ!!たーすーけーてええぇぇぇ〜
っ!!」
 土埃を巻上げて走るサイ魔人の行く先は、ミスティーア達が囚われていたホールであっ
た。
 
 サイ魔人が魔戦姫の逆襲を知った頃、ホールでは魔戦姫によって倒された魔人達の残骸
が運び出されていた。
 雑用係に残骸の搬送を指示しているヒトデ魔人の耳に、どどどっ、と言う騒々しい足音
が聞こえてきた。
 「あの足音は・・・マッチョだな。あの野郎、今頃ノコノコ来やがって。」
 足音のする方向を見ると、土煙を上げながらマッチョこと、サイ魔人が物凄い勢いで走
ってくるのが見える。
 「のお〜っ!!退いてくだサーイッ!!」
 ずっど〜んっ!!
 減速せずに突っ込んできたサイ魔人は、そのままの勢いで壁に激突して止まった。
 「う〜ん・・・早く助けてくだサ〜イ・・・」
 壁にめり込んでしまったサイ魔人を、呆れて見ているヒトデ魔人。
 「ったく、何やってんだよ筋肉バカがっ。」
 文句を言いながら、サイ魔人を壁から引き出した。
 「おおっ、やっと出られた〜。むっ!?そうだ、ホールの様子は・・・」
 キョロキョロと辺りを伺ったサイ魔人は、山積みになっている魔人の残骸を見て驚愕す
る。
 「のおお〜っ!?こ、これはぁ〜っ!?な、なんとゆー事にっ!!」
 頭を抱えて喚くサイ魔人に、コメカミに血管を浮き立たせたヒトデ魔人が詰め寄った。
 「よう、マッチョ。随分とお早いおこしじゃねーか。テメエがフラフラ遊んでいるうち
に、サド兄弟どもとゴリ公と、下っ端20人がやられちまったンだよっ!!」
 声を張り上げて怒鳴り散らすヒトデ魔人。その横では、腕を組んで立っている毒バチ女
がいる。
 「怒ってもしょうがないでしょ?やられた奴の事をどうこう言ってるよりも、魔戦姫達
を探すのが先決よ。」
 妙に冷静な顔で語る毒バチ女に、ヒトデ魔人は怪訝な顔で文句を言う。
 「じゃあ何か?奴等を探す良い方法があるってのか?教えてくれや。」
 「簡単じゃない、あいつ等はセカンドチームを引き連れて逃げてンのよ。いくらバーゼ
クス城が広いって言っても、大人数で逃げ切れる訳がないわよ。それより問題は、魔力を
復活させたあいつ等をどう始末するかよ。」
 その言葉に、とりあえず納得して聞き入るヒトデ魔人。
 「た、確かにな。でもゲルグが魔戦姫を倒すために向かったんだ、俺達が出る幕じゃね
えだろう。」
 だが、毒バチ女は不満そうに首を横に振った。
 「あんた、なンにもわかってないわね〜。前にあいつ等を倒せたのは、あいつ等が油断
してたからよ。魔戦姫達も今度は本気で向かってくるだろうさ。でなきゃサド兄弟達が、
あんなにアッサリやられる訳ないじゃん。ゲルグもかなり苦戦する筈さ。」
 そう言いながら、魔族の残骸を見る。その中には毒針で倒された者も含まれている。そ
れを見る毒バチ女の目には、苦々しい感情が宿っていた。
 「・・・あの毒使い、魔力だけじゃなく武器と視力まで回復させやがったね・・・」
 彼女は天鳳姫とのリターンマッチに燃えているのだった。その意図を察したヒトデ魔人
が尋ねる。
 「じゃあ、やる気だな?魔戦姫どもと。」
 「ああ、戦争狂のゲルグに獲物を横取りされてたまるもんですか。あいつ等はあたし達
で始末をつけるのよ・・・ん?あれは・・・」
 何気なく、サイ魔人が突っ込んでいた壁に目をやった毒バチ女は、壁の横に大の字状態
で張りついているモルレムを見つけた。
 「どうしてモルレム国王がここに?」
 不思議そうに呟きながら、モルレムを壁から引き剥がした。
 「せえの・・・それっ。」
 毒バチ女に壁から引き剥がされ、モルレムは目を回しながら起きあがる。
 「う〜ん・・・ここはどこ?僕は何してるの〜?」
 寝ぼけた目を凝らすと、目の前にハチの姿を持つ女の魔人が立っている。
 「ひえ〜っ!?ハチのオバケだ〜っ!!コワイよ、ママ〜っ。」
 「失礼ねっ、誰がオバケよ。」
 幼児退行を起こしてしまったモルレムをアホらしい気持ちで見ていた毒バチ女だったが、
ふと、何か思いついてニヤリと笑う。
 「そうだ。こいつ、使い道があるわね。」
 そう言うと、ヒトデ魔人を手招きして呼んだ。
 「あン?なんだ。」
 「コイツを見てみなよ。」
 毒バチ女の指差す場所に、ピーピー泣いているモルレムがいる。
 「おい、なんでアホ国王がいるんだ?確か、魔戦姫やセカンドチームと一緒に囚われて
た筈だよな。」
 「マッチョ君が連れてきたのさ。マッチョ君は多分、コイツから魔人達がやられたのを
聞いて、素っ飛んで来たんだと思うンだよね。」
 そう詮索している毒バチ女だったが、ヒトデ魔人はいまいち要領を得ない顔だ。
 「で、コイツをどうしようってんだ?クソの役にもたたんアホだぜ。」
 「クソの役ぐらいにはたつわよ。つまり、コイツを使って魔戦姫どもを罠に嵌めようっ
てことさ。」
 ククク・・・と含み笑いをする毒バチ女。彼女の頭に、陰湿な悪知恵が巡っているのだ
った。
 そして、やけに愛想の良い口調でモルレムに話しかける毒バチ女。
 「国王陛下、ご機嫌は如何ですかぁ?陛下に是非ともご協力を頂きたい事がありまして。
」
 魔人の姿で言い寄られ、思わず硬直するモルレム。
 「な、ナハナハ・・・ぼ、僕に一体何の御用でしょうか〜。」
 軟弱アホ国王のモルレムに、魔人達の要求を断る勇気など無く、必然的に魔人達の言い
成りになってしまうのだった・・・
 
  同じ頃、セカンドチームを伴ってバーゼクス城内を移動していたミスティーア達は、
ゲルグ率いる魔人兵士が攻めてきた事を知り、一時的に城の最上階で身を潜める事になっ
た。
 敵襲を監視する目的で作られた狭い場所に、十数人のセカンドチーム達と監守が押し込
められており、気弱な監守が半泣きで文句を言っている。
 「狭いよ〜、暑苦しいよ〜。こんな所で隠れてるのやだ〜。」
 「うるせーっ、今度文句言いやがったら放り出すからなっ!!」
 大声を出すセカンドチーム達を見て、指を口に当てて静かにするよう諌めるミスティー
ア。
 「しーっ!!静かにしてくださいっ、魔人兵士に見つかったらどーするんですかっ。」
 「あ、ゴメン、ミィさん・・・」
 慌てて口を塞ぐセカンドチーム達。
 今のところは見つからないだろうが、いずれここにも魔人達が攻めてくるだろう。それ
に・・・城の外へ出れば、賢者の石の光を浴びて恐ろしい魔人に成り果ててしまう。どこ
にも逃げ場がないのだ。
 不安はセカンドチーム達に色濃く現われている。とりあえずここに隠れていれば安全だ
と言い含めたミスティーアは、仲間の魔戦姫と共に階下へ降りてゆく。
 リーリアがここに来ている事を闇の魔王から聞いているので、リーリアとの合流が急が
れた。
 しかし携帯端末が通じないので連絡の取りようがない。
 「心配だわ・・・リーリア様は何処に?」
 焦りを隠せないミスティーアに、天鳳姫が少しだけ笑顔を浮かべながら話し掛けた。
 「心配してても始まらないアルよ。とにかく、魔人を倒して前に進むしかないのコトね。
」
 その返答に、とりあえず納得するミスティーア。
 「まあ、コソコソ隠れてるよりはマシですわね。」
 「そーゆーコトね。そうと決まれば魔人達をやっつけて・・・うっ?」
 不意に、天鳳姫が目を押さえてうずくまった。それを見たミスティーア達が血相を変え
て駆け寄る。
 「ど、どうしたのですかっ!?」
 ミスティーアがオロオロしながら天鳳姫の顔を覗き込む。天鳳姫はかなり苦しそうにし
ており、顔色も良くない。
 それを見たミスティーアは、天鳳姫の視力が再び失われている事に気が付いた。
 「天鳳姫さん・・・また目が見えなくなったのですね。」
 毒バチ女の猛毒が、彼女の身体を執拗に蝕んでいるのだ。天鳳姫が毒バチ女に痛め付け
られた事を知らないレシフェが、ミスティーアに説明を求めた。
 「どうしたの天鳳姫は?目が見えなくなったって、どういう事なの?」
 「じつは・・・」
 その問い掛けに、悲痛な面持ちで今までの経過を話すミスティーア。
 毒バチ女も含めた魔人達の陰湿な責め苦が、魔戦姫達に悲痛な苦しみをもたらしている
事を知って、レシフェは怒りを露にする。
 「そうだったの。私も酷い目に遭わされたけど、天鳳姫やミスティーアはもっと酷い目
に遭っていたのね。魔人どもめ、許さないわっ。」
 そんなレシフェに、天鳳姫は心配をかけまいと声をかける。
 「す、少し目が痛くなっただけアルよ。もう、大丈夫のコトね。」
 だが、苦しそうにしている様子から、彼女がかなり無理をしていることが伺える。
 そんな天鳳姫の目の前に指をかざすレシフェ。
 「本当に大丈夫なの?これは何本に見える?」
 「・・・3本。」
 正確な返答に安心するレシフェ。
 「よかった。でも無理をしちゃダメよ、エル、アル。天鳳姫を支えてあげなさい。」
 「「はい、ですわ、の。」」
 レシフェに言われ、うずくまる天鳳姫をエルとアルが両脇から支えた。
 「天鳳姫様しっかり、ですわ。」
 「私達がお守りしますの。」
 気遣う2人に、ニッコリ笑顔を見せる天鳳姫。
 「ありがとう、エルちゃんもアルちゃんも優しいのコトね・・・」
 2人にそう言う天鳳姫の眼は、とても悲しげであった。罠に嵌ったリンリンとランラン
を思い出しているのである。
 その辛そうな顔を見て、ミスティーアとレシフェは小声で言葉を交わした。
 「あんな辛そうなのに、大丈夫だなんて言って・・・」
 「ええ、天鳳姫はいつもそうだわ。どんなに辛い事があっても、その事を口にしない。
私達に心配かけたくないのよ。」
 「そうですわね・・・私達の前でぐらい弱音を吐いたっていいのに。」
 2人が複雑な顔で呟いてた、その時である。
 「うわ〜、誰か助けて〜。」
 何者かが、情けない悲鳴をあげながら魔戦姫達に向って走り寄ってくるのが見えた。運
動不足の肥え太った身体を揺らして走るその男は・・・
 「あれは・・・モルレム!?」
 それは間違いなくモルレムであった。彼は魔人兵士に追われて逃げ惑っているのだ。そ
の後ろから、3人の魔人兵士が追い掛けてくる。
 「おらおら〜、早く逃げねえと食っちまうぞ〜。」
 猫がネズミをいたぶるかのように、鈍足のモルレムをゲラゲラ笑いながら追い回す魔人
達。
 それを見て、助けようか否か迷うミスティーアだった。
 「仕方ありませんわね、見捨てるわけにもいかないし・・・」
 余り乗り気にはなれないが、このままでは可哀相なので助けてやる事にした。
 エルとアルを促して、モルレム救出に向かうミスティーア。
 「では、行きますわよ。」
 「「了解ですわ、の。」」
 モルレムをイジメる事に専念している魔人達は、ミスティーア達が迫ってくるのに気が
付かない。
 「走れ走れ鈍足デブッ。ダイエットさせてやるぜダイエット〜。」
 「あーれー、勘弁してー。」
 妙にわざとらしい口調で許しを請うモルレムへ、さらに蹴りを入れる魔人達。
 「それもう一発っ。」
 その時、足をあげた魔人の体を真っ赤な炎が覆った
 「のわーっ!?あちちちっ!!」
 火ダルマになった魔人が、悲鳴をあげて逃げまわる。そして驚く他の魔人達の前に、ミ
スティーア達が立ち塞がった。
 「モルレムをイジメるのをやめなさいっ。」
 「な、なんだテメーはっ!?」
 睨む魔人に、今度はエルの転がす巨大鉄球が迫る。
 「潰れなさいっ、ですわっ!!」
 「のおっ!?ふんぎゅっ。」
 逃げる間も無く鉄球でペチャンコにされた。
 そして、いきなりやられた仲間を見て、脱兎の如く逃げ出す残りの魔人。
 「ひえええ〜っ、化け物だっ。げっ!?」
 「バケモノはあんたですの。」
 アルのピコピコハンマーが炸裂した。壁に叩きつけられ、大の字状態でめりこむ。
 速やかに魔人達を粉砕したミスティーア達が、イジメられていたモルレムに駆け寄った。
 「ほら、しっかりしてっ。」
 「あーれー、だれか助けて、って・・・あ?」
 不意に我に返ったモルレムが、速攻で倒された魔人達を見て呆気にとられる。
 「な、なーんだ・・・もうやっつけたの・・・」
 そんなモルレムを、少し不機嫌な顔で見ているミスティーア。
 「モルレム国王、遅れ馳せながら助けに参りましたわ。」
 「おお〜っ、君はさっきの・・・助けてくれてありがとう〜。君は命の恩人だ〜。」
 わざとらしくそう言いながら、ミスティーアの肩をポンポン叩く。
 「あの・・・ドレスに触らないで頂けます?」
 大事なドレスを触られたミスティーアの眉間に(ピキッ)と血管が浮き上がっているが、
モルレムはそんな事お構いなしにレシフェ達にも愛想を振り撒いている。
 「いや〜、助かった、助かった。感謝するよ本当に〜。」
 そんなモルレムを、怪訝な目で見ているレシフェ。
 「別にお礼などいりませんわ。それよりモルレム国王・・・あなたは今まで何処へ行っ
てたんですか?1人で勝手に動き回られては困るのですが・・・」
 「ナハハ、悪い悪い。勝手に逃げてたのは誤るよ、ノホホ。」
 愛想笑いしていたモルレムだったが、不意に何か思い出した様子で魔戦姫達に向き直っ
た。
 「あ、そうだ・・・じ、実はその〜、えーっと・・・き、君達の仲間がデスガッドに連
れ去られるのを見たんだ。その事を言おうと思って君達を探してたらバケモノどもに見つ
かってしまって・・・」
 モルレムの言葉に血相を変える魔戦姫達。
 「な、仲間ですってっ!!」
 そしてレシフェがモルレムの両肩を掴んで激しくゆさぶった。
 「ど、どこで見たのっ!?早く言いなさいっ!!」
 「のおおっ、い、言うから揺らさないで〜。見かけたのは・・・」
 ゆさぶられながらモルレムは、一階の廊下を逃げる途中で、連れ去られるお姫さまの姿
を見たと話した。
 「連れて行かれた先は・・・確かその・・・地下室の方だったと、思う。」
 変に曖昧な口調で話すモルレムに、横からミスティーアが口を挟んだ。
 「そのお姫さまは、白いドレスを着ていましたか?」
 その質問に、モルレムは少しの間考え込んでから答えた。
 「白いドレス?えーっと・・・う、うん、着ていた、と思う。うん間違いない。」 
 それを聞いた魔戦姫達は、全員同時に呟いた。
 「スノウホワイト・・・よっ。」
 そして全員でモルレムを取り囲んで詰め寄る。その目は真剣そのものだ。
 「今すぐ地下室まで案内しなさいっ!!大至急っ!!」
 「は、は〜いっ。今すぐ案内します〜。」
 (半ば脅されながら)モルレムは、魔戦姫の先に立って歩き始める。だが、魔戦姫を案
内する彼の挙動はおかしかった。やけに落ち着きなく、ソワソワと辺りを伺っている。
 冷静に判断できる情況であれば、彼の言動が怪しいと感付いたであろうが、スノウホワ
イトが地下室に連れ去られたと聞いて、一同は冷静な判断力を欠いてしまっていた。
 途中、ゲルグや魔人達と遭遇するかもと警戒したが、(幸か不幸か)何者とも遭遇する
ことはなかった。
 スノウホワイトを助けなければ・・・強い焦りを堪えて地下室へと急ぐ魔戦姫達。
 だが、スノウホワイトは地下室へなど連れて行かれていない。とっくにリーリアに助け
られているのである・・・
 
 魔戦姫達が(無事?)城の階下に着くと、モルレムはキョロキョロとしながら彼女等を
案内した。
 「こ、こっちだよ。」
 彼が案内したのは、昨夜ミスティーア達が潜入した地下室の入り口ではなかった。
 そこは一階の端にある、人気のなく薄暗い部屋だった。
 部屋に入った魔戦姫達は、明らかに怪しい部屋の様子に戸惑い、そして・・・疑惑を抱
き始める。最初に口を開いたのはミスティーアだった。
 「ここ・・・地下室じゃありませんわよ・・・昨日私達が入った場所とも全然違う方向
ですし・・・」
 その言葉にドキッとするモルレム。
 「あ、その〜、ここでいいんだ。うん、ここへ入っていくのを見たんだよ。」
 しどろもどろに答える態度に、不信感を露にして詰め寄るレシフェ。
 「ウソおっしゃいっ、この部屋からどうやって地下室にいくのっ!?」
 その剣幕にビックリしたモルレムは、恐る恐る部屋の奥を指差した。
 「だ、だ、だからあそこだよ・・・あの奥にある扉から地下室に・・・」
 そう言いながら奥の扉を開けるモルレムに、天鳳姫が声をかける。
 「一つ聞いてもいいアルか?さっき話した白いドレスのお姫様、髪の色は栗毛色だった
アルね?」
 「え、え〜っと・・・うん、栗毛色だった。」
 その返答を聞いた魔戦姫達の表情が険しくなる。
 「モルレム、あなた・・・」
 「私達を騙したアルねっ、白いドレスのお姫様は髪も純白のコトよっ!!」
 天鳳姫に見抜かれたモルレムは、慌てて部屋から飛び出る。
 「えへへ・・・悪く思わないでよっ。」
 そう言うや否や、扉を閉めて鍵をかけてしまった。レシフェが扉を開けようとしたが、
すでに遅い。
 「何をするのバカ国王っ!!、ここを開けなさあーいっ!!」
 レシフェが扉をドンドン叩いていると、先程入ってきた扉も、外から何者かによって閉
じられてしまった。
 「扉が開きませんですわっ。」
 「閉じこめられたですのっ。」
 エルとアルの悲痛な声が部屋に響く。部屋の扉が閉じたことにより、部屋は真っ暗闇に
なってしまう。
 「罠に嵌められたわ・・・早く逃げないとっ!!」
 ミスティーアが叫んだ、その時である。
 ・・・ズズズッ・・・
 頭上から耳障りな音が響き、それを聞いた一同が絶叫した。
 「天井が落ちてくるわっ!?」
 「吊り天井よっ!!」
 「あいやーっ、ペチャンコにされるネッ!!」
 そして、ズシーンッという凄まじい轟音と共に、重厚な吊り天井が床に落ちた。
 僅かな沈黙の後、何者かが部屋の外でゲラゲラと高笑いを始める。
 「ギャハハッ!!まんまと罠に引っ掛かりやがったぜバカどもがっ。」
 「ウフフ・・・これであいつ等もオダブツね。」
 「んん〜、それにしても呆気なかったですね〜?最初からこうしてれば良かったンです
か。」
 部屋の外にいたその者達は、部屋の扉を開けて中の様子を伺う。埃の舞う部屋の床をコ
ンクリート製の吊り天井が覆い尽くしており、この状況から考えて、ミスティーア達が生
きている可能性は全く無い。
 部屋に入ってきた者達は、ヒトデ魔人に毒バチ女、そしてサイ魔人の3人であった。
 「へへへ・・・こりゃ酷ぇや〜。死体を確認するかい?」
 ヒトデ魔人に尋ねられた毒バチ女が、苦笑いをしながら首を振る。
 「やめとくわ、ミンチになったお姫様なんか見たくもないね。」
 そして反対側の扉に歩み寄ると、その外で隠れていたモルレムに声をかけた。
 「国王、もう出てきてもよろしいわよ。」
 毒バチ女の声に、恐る恐る部屋に入ってくるモルレム。
 「お、終わったのかあ〜?」
 臆病な目で部屋の状況を見ているモルレムに、ヒトデ魔人が声をかける。
 「ああ、終わったぜ。それにしても名演技だったじゃないか国王様よ。」
 「えへへ・・・そ、そうか?」
 (名演技)と言われてヘラヘラ笑うモルレム。彼はヒトデ魔人達に(脅されて)悪事の
片棒を担いでいたのだった。
 そして、後ろにいたサイ魔人がヒトデ魔人達に声をかける。
 「で、これからどーするんです?とりあえずドクターに報告しますかね。」
 返答するヒトデ魔人。
 「そうだな、ゲルグの野郎を出し抜いて魔戦姫どもを倒したんだ、ドクターも高くご評
価くだされるだろう。おいマッチョ、ドクターに報告してこいや。」
 その言葉に怪訝な顔をするサイ魔人。
 「ヒトデ君〜、ワタシはパシリじゃないですよぉ〜?それぐらいキミが行きなサイよ〜。
」
 「ケッ、しかたねーな。3人で行くとするか。」
 そして魔人の3人は、報告に向かうべく部屋を出る。
 部屋に残されたモルレムが、慌てて3人の後を追った。
 「お〜い待ってくれ、僕との約束を忘れてないよね〜?」
 その声を聞いた毒バチ女が振り返る。
 「ああ、そうだったわね。魔戦姫を倒した見返りに、ドクターにお願いして国王の座を
保証してもらうって事だったわね。」
 「そ、そうだよ〜。忘れてもらっちゃ困るよ〜。」
 モルレムが、そう言いながら部屋を出ようとした・・・その時であるっ。
 ・・・ズッ・・・ズズズ・・・
 不意に彼の足元が揺れ、床に落ちていた吊り天井がゆっくりと持ちあがり始めた。
 そして・・・その下から怒りの篭った声が発せられた。
 「・・・聞こえましたわよモルレム・・・そこまでして国王の座に縋りたいのですか・・
・」
 「・・・この程度で私達を倒せると思って?甘いわね・・・」
 「・・・全員あの世行きのコトねっ。」
 「絶対に許さないですわっ!!」
 「覚悟するですのっ!!」
 その声と共に、吊り天井が物凄い勢いで持ちあがり、赤い炎の剣戟がクロス状に走った。
 グワッ!!
 轟音と共に吊り天井が爆ぜ、衝撃で部屋全体が破壊される。
 「なにぃっ!?」
 驚愕する3人の魔人達の前に、弾き出されたモルレムが転がってきた。
 「どひ〜っ!!」
 廊下の向こうまで転がって行くモルレムに一瞥をくれた魔人達は、崩壊した部屋に視線
を移す。
 そこには・・・瓦礫を踏みしめて現れた魔戦姫達の姿があった。





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