魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 白い少女 第7話 
Simon

 


ふっとユウナの肩から力が抜けた
眼を向けなくても、隅の方からの舐るような視線が消えたのが分かる

酒の勢いで絡んでくるかとも思ったが、どうやら杞憂だったらしい

いざとなれば力をふるうことに躊躇いはなかったが、今は心優しい主に心配をか
けずに済んだことが素直に嬉しかった

「ねぇユウナ このおまんじゅう、おいしいねぇ」

にこにこと屈託のない笑みを浮かべる主
その年相応の笑顔が、ユウナにとってなによりの宝だった

「リンス様 いくら美味しいからと言って、3個は食べすぎですよ」
「3個じゃないもん まだ2つ半だもん」

ぷっと頬を膨らませるそのあどけなさ
思わずその柔らかい頬をつついてしまいそうになって――その感触を思い出して、
ユウナはほんの少し頬を染めた

「ではその半分で終わりにしましょうね 明日は早めにここを発つつもりですし」

あんな連中がいるなら、これ以上この町に長居はすべきではない
主の笑顔を曇らせるような事態は極力避けたかった




二人が宿泊しているのはこの宿でも一番上等の部屋で、この規模の宿にしては珍
しく、小さいながらも寝台が二つ備え付けられていた
ユウナは素直にそのことを喜んだが、リンスは少々不満気だった

ベッドが一つなら、最初からユウナと一緒に寝られるのに
と言うことらしい

実はユウナは寝ている間、何かに抱きつく癖があり(目覚める前には放してしま
うので自分では気づいていない)、一緒に寝れば彼女に抱きしめてもらえるのだ

ユウナが自分のことを心から大切に思ってくれているというのは疑う余地のない
ことで、リンス自身彼女のことを姉とも母とも慕っているのだが
侍女としての自分に誇りを持つユウナに抱きしめてもらえる機会というものは、
案外少ないのだ

それでも夜中にふと眼が覚めたときなどは、寝ぼけたふりをしてユウナのベッド
に潜り込んで至福の一時を味わうことができる
ユウナの警戒心がリンスに対して発揮されることは絶対にありえないので、勝率
は7割といったところか

その都度ユウナは朝になってから頭を抱えることになるのだが、慕われているこ
とを実感できる瞬間に彼女自身小さからぬ喜びを感じているために、あまり強く
はたしなめることもできず

と言うより

「もう リンス様 いけませんよ」
「えへっ」

という甘々なやりとりが、三日に二回のペースで繰り返されるのだ

今夜もまた、運良く目を覚ますことができたリンスがユウナのベッドに潜り込ん
だのも当然の成り行きであり
優しい抱擁と甘い香りにうっとりしながら眠りについたのは、すぐその後のこと
だった




――ユウナの警戒心がリンスに対して発揮されることは絶対にありえない

その夜に限っては、それがあまりにも危険な行為であることなど、二人には知る
由もなかったのだ



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