魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 白い少女 第6話 
Simon


『掘り出し物』

――お忍びの貴族の姫君に違いない、と

そう報告を受けたものの、ラムズは当然話半分にしか聞いていなかった

厳重に守られた貴族が、そう簡単に隙を見せるはずもなかったし
報告の二人は(ラムズたちからすれば)あまりにも無防備だったのだから

せいぜい富商の娘とその御付だろうと高をくくっていたのだが

それでも態々ラムズ自ら出向いたのは、常であれば遠目にしかお目にかかれない貴族とい
うものに、知らず期待をしていたからかもしれない

だがその二人を目の当りにしたとき、ラムズは柄にもなく高ぶる己を意識した

互いの魅力を引き立てあうように寄り添う二人は、この道で長く生きてきたラムズの眼に
もひどく魅力的に映ったのだ

けして華美に走るわけではないが、見る眼があれば明らかに極上だと分かる仕立物をごく
自然に着こなした少女と

金で雇われただけの者にはありえない、敬意と慈しみに満ちた眼差し
主より3つほど年嵩だろうか――凛とした空気を纏う少女

今までラムズが売りさばいてきた女たちなど、この二人に比べたら牝と言っても過言では
ない
そう思わせるほどの気品であり美貌だった
自分がこの眼で見たのでなければ、人間がここまで澄んだ空気を身に纏うことができるな
ど信じられなかった

――これが……本物の貴族ってヤツなのか

己が下衆であることなど百も承知していたラムズだったが、その裏には誰もが五十歩百歩
の、自分の同類だという開き直りもあった

――貴族や王族と言ったところで、所詮は俺らと同じに飯を食って糞をするんだ

酒の席でよくそんなことを口にしたのも、貴族制度に対する不満よりも、高貴な血という
ものが実在することに対する本能的な憎悪を抱いていたからだ

そう自分では思っていた

だが実際に二人を前にして、ラムズの中で膨れ上がった憎悪は、姫君ではなく侍女にこそ
向けられた

貴族に対しては、所詮流れる血が違うという諦め――逃げ道があった
自分の汚れた血を卑下することで、暗い愉悦に浸ることもできた

だがコイツは、俺らと同じ下賎の血のはずだ
それなのに、俺とは違う空気を纏ってやがる

絶対に許せねぇ

「――どうですラムズさん あんな上玉、お目にかかったことないですよ」
「ざっと探ってみましたが、護衛の影はなかったっすよ」

精々並の上というランクの宿の食堂
それが二人の少女の周りだけ空気が違う
甲斐甲斐しく主のグラスに果汁を注ぐ侍女の繊手に、無骨なゴブレットも輝いて見える

隅のテーブルに陣取るラムズたちの手元にあるのと同じものだとはとても思えない

獲物に警戒させないよう視線を逸らしながら監視する技術を身につけているはずの男たち
が、今度ばかりは視線を逸らすこともできない
普段なら肌を粟立てさせる筈のドロリと濁った視線も、食堂内の視線が全て自分たちに向
けられる中では逆に違和感を抱かせないのか、少女たちに警戒の色は伺えない

その無防備さが、ラムズの中の危険なモノを更に逆撫でする
自分たちに邪な視線を向けるものがいるなど、欠片ほども思ってもいないのだろう

――上等じゃねえか 手前らにゃ想像もできない世界があるってことを、この俺が思い知
らせてやるぜ

酔ったような熱っぽい視線を、侍女の胸に 腰に 這わせながら

「……お前ら二人と俺が連れてきた五人で陣を張る」
「他の組に眼をつけられる前に、速攻でカタぁつけるぞ」

煮えくり返る腸と高鳴る胸――これも一目惚れと言えるのか

ラムズは酒盃を乾すと、二人を従えて食堂を後にした


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