魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part12
Simon



「――じゃあ、またネ〜!」


手を大きく振りながら、弾むように通りを駆け抜けていく
そのまま角を曲がり、リンスの視界から外れた――瞬間、ユーデリカはガクリと
膝を折った
そのまま崩れそうになるのを何とか堪えて、目に付いた路地裏に、その身体を滑
り込ませる

溢れる涙――背中を壁に預け、口を押えて嗚咽を噛み殺す
ずり落ちるように蹲り、泣きじゃくりながら、ただ一言だけを繰り返す――

――ゴメンナサイ――ゴメンナサイゴメンナサ……ゴメンナサイ!

身を捩るような慟哭――右手を噛んで声を殺し、右肩に爪を食い込ませて震えを
堪える

――ゴメンナサイアリーシャ様

――アタシはこんなにキタナイのに! それなのに……あの人たちの前では、キ
レイでいたいんです!

醜すぎる自分――反吐が出る!

「――ニクンデクダサイ! 全部アタシが馬鹿だったんです!」

――護れると思ったんです――護ってるつもりだったんです――

――思い上がって――舞い上がって――いい気になって!――

――リンスちゃんと仲良くなって…自分が…自分も…キレイだって――――自分
だけが!



――――ジャ…リ…



足音――路地に入ってくる――二人

近づいて――ユーデリカの前で立ち止まる

薄暗い路地裏――涙で歪んだ視界には、ただ男とだけしか分からない
それでも、伝わってくる嘲りの気配が、彼らの正体を如実に物語っていた

「見てたぜ、ユーデリカ――」

顔を上げる気力すらない――でもこの声は知ってる

――マドゥ……いやらしいヤツ

「舐めたマネしてくれたなぁ――なんだよ、あのイイコチャンっぷりはよ」

――誰?――知らない……でも、どうでもいい

――どうせ、この男も――――敵…

「ひでぇ侍女だよなぁ! お姫様があんなに頼んでたってのに、遊ぶだけ遊んだ
らさっさとバイバイしちまうんだもんな」

――しょうがねぇから、ファズ様に叱ってもらうか

――ヤ…ダ!

「――お願い……お願いします――それだけは許して……」

歯がカチカチと鳴る――――怖い

もう虚勢を張ることもできない
自分がただの小娘であることを、思い知らされた

――だからもう――許してください

「おらっ! さっさと立てよ!」

両腕を掴んで引っ張り上げられ、幼い子供のように地団駄を踏んで泣き喚く

――やだな……みっともない……

麻痺したココロが、そう呟く――切り離されたカラダが泣き叫ぶ

「こいつ! 大人しく――」

「マドゥさん、俺がやりますよ――へへっ、俺ぁ前から――ヨッ!」

――――ドムッ!!

「――ゲ……ホッ…?」

――な…に?――今……

下を見ると、自分のお腹に、深々と男の拳がめり込んでいた

「――な…んで……ゲハッ――ゴホッ!」

「ありゃ? 失敗しちまった」

――話だと、簡単に気絶するのになぁ

「んじゃ、もう一発――」

ゲラゲラ――哂いながら――――それで分かってしまう

――わざとだ!

「や…め――!」

――――ドゴッ!!

「――うげぇっ!!」

「ん〜、また失敗かぁ――気絶させるのって、結構難しいなぁ」

「ゴホッ――も…許し……行くから――ゲボッゴホッ――おとなじく……ずるが
ら……」

息ができなくて、お腹が引っくり返りそう――涎を零しながら、何とか言葉を搾
り出す

「そうそう、素直が一番だよ――ホラ、涙を拭いて」

気力も何もかも根こそぎ奪われて――幽鬼のように一歩を踏み出し――


――あ……だめ…だ…





――ユーデリカの意識は、絶望の闇に沈んだ


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