魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 白い少女 第5話 
Simon


殴りつけるような怒声に、ヴィンはただ呆然と立ちすくんだ

「ラ……ムズさん どうして」

……どうして  俺は今、何を?


――あ〜ら 惜しかったわ 時間切れね

                                    ――だからあなたのやり方はまだるっこしいって
……

                      ――クスクスクス……


「俺は……」

手に持ったナイフが力なく揺れた時
ラムズのすぐ後ろにいた男が、一瞬で間合いを詰め

ドガッ――ダンッ!

「―ガ……ハッ」

殴り倒されたと思ったときには、もう腕がひねり上げられ
そして――

……ミ……チ……

……ボリッ!

「―ッぎゃぁぁァアァああァぁぁーー!」

ヴィンの右腕はなんの躊躇もなく圧し折られた

震える指の間からナイフ滑り落ちる

……お 俺の『牙』が

殴られたような痛みがこめかみを襲い、鼓動に合わせて視界が赤く濁る
ヒュウヒュウと鳴る喉の奥からは、血泡混じりのよだれが滴った

「ガアアァァア……アアァ!」

男が何の躊躇いもなく折れた腕を抉ると、ヴィンはビクビクと身悶え
耳障りな悲鳴が澱んだ空気をかき回した

抵抗どころではない
意識が混濁し、自分がどういう姿勢にあるのかも分からない

そこまでしてから男はヴィンのナイフを拾い上げ、その刃に舐めるような視線を這わせた

手入れの悪い脂にまみれたソレは、しかし鮮血を纏ってはいない

――やれやれ 最悪は免れたか

「ラムズさん、大丈夫です」
「そうか――おい、そっちはどうだ?」

小柄な身体を、更に小さく抱きかかえて震えている少女
覗き込めば、見開かれた瞳からただ静かに涙だけがこぼれている

「ちょっと……ひどいですね  この馬鹿野郎、いったいどういうつもりで」
「どうしやすか? いっそもう壊しちまって」
「ヒャハッ そんなら俺にヤラせてくださいよォ!」

口々に好き勝手なことを喚き散らす男たち

初めは顔をしかめていたラムズだが、場の流れには敏感だった

「そうだな……どうせもうペアで売り出すってぇ訳にはいかねぇしな」

少女を見る眼が、モノを見る冷静さを帯びる

「コレだけの上玉だ たとえ壊れてたって相当吹っかけられるしな」

ヴィンのような小物に予定を崩された苛立ちがモゾリと蠢き

――ピチャリ

無意識に舌なめずりをするラムズの中で、嗜虐心が頭を擡げてきた


――なるほど こりゃ確かに『掘り出し物』だぜぇ


次のページへ
BACK
前のページへ