魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第14話  深き悲しみと共に、復讐の雪は降る
ムーンライズ

 バーゼンブルグ襲撃から一昼夜過ぎた後、青ひげ一味は自分の屋敷にまで戻っていた。
 先に屋敷に戻る手筈になっていた青ひげと一部の手下は、民の処刑のためにバーゼンブ
ルグ残っていた残りの手下達の帰りを待っている。
 中々戻らない手下達に苛立ってはいたが、どうせ街の女でも漁っているのだろうと思い
込んで、そのまま待つ事にしたのだった。
 全ての金品を奪った青ひげは、大漁の祝いとばかりに、手下も交えての酒盛りに興じて
いる。
 「いや〜、諸君の働きで今回も無事仕事が片付きました。今夜は存分に飲んで食べて楽
しんでくださいねぇ。」
 大きなテーブルには、街の酒や食料が並べられており、同席した手下や傭兵のボスであ
るブラック・オークのアブドラも、上機嫌で酒を飲んでいる。
 「う〜いっ、ぶひひ〜。ちょろいモンでしたねぇ男爵様〜、ヒック。でも白雪姫だけじ
ゃなく、適当に女も何人か連れてくればよかったれすね、ぶっひ〜。」
 「ふふん、良いではありませんか。どうせ直ぐに手下が戻ってきます、若い娘を連れて
ね。」
 金貨をジャラジャラと掴みながら、青ひげは暖炉に目をやる。
 火は勢い良く燃えているのに、どうしたわけか寒さが身に染みる。
 「それにしても寒いですね〜。今夜は雪が多く積もりそうだ。」
 窓の外には、白い雪が深々と降り続けている。
 この雪が寒さの原因だと・・・青ひげは単純に思っていた。
 身も心も凍るほどの、恐ろしい(恐怖)が直ぐそこまで迫っているとも知らずに・・・
 
 屋敷の外では、見張りの手下が寒さに文句を言いながら焚き火を燃やしている。
 「ああ〜っ、くっそ〜。寒いったらねーぜっ!!どーして今夜はこうも寒いんだよおお
お〜っ。」
 足をドタドタ踏み鳴らして騒いでいる手下は、焚き火がいきなり消えたのに気付いて、
慌ててライターに火を灯す。
 風で火が消えぬ様、注意して焚き火に火を点けようとするが、なぜかすぐに火は消えて
しまう。
 カチカチとライターを鳴らし、不機嫌そうにしていた手下は、不意に背後から(恐ろし
い)気配を感じて振り返った。
 「・・・なんだ?だれかいたような気がしたんだけど・・・」
 後ろには誰もいない・・・しかし、気配は確かだった。
 いや・・・(後ろにはいなかった)のだ・・・
 空から降りしきる雪と共に、(恐ろしい)気配がゆっくりと舞い降りてきた・・・
 暗闇に、真っ白な人影が降り立ち、手下は唖然とした顔で舞い降りた人物を見た。
 そして・・・驚愕の表情を浮べる。
 「あ・・・あわわ・・・お、お前は・・・生きてたのかっ!?」
 腰を抜かした手下は、一体何を見たというのか?その恐れ様は只事でない。
 そして、背後から更に恐ろしい声が響く。
 「・・・オマエモ、ヒメサマヲイジメタノカ?」
 「・・・イジメタダロ?ヒメサマイジメタダロ?」
 カチャカチャと足音を鳴らし、手下に迫るのは・・・
 「ひ、ひいえええ〜っ!!」
 手下の絶叫は、静かに降り続く雪の中に消えて行った・・・
 
 そして屋敷の中、青ひげは激しくなる寒さに身を震わせ、大声で外の手下を呼びつける。
 「暖炉の薪が足りませんよっ、さっさと持ってきなさいっ。」
 しかし、いくら呼んでも手下はこない・・・
 そして、アブドラが急に大声を出した。
 「だ、男爵様。暖炉の火が消えちまいましたぜっ。」
 その大声に、青ひげは怪訝な顔をする。
 「はん?誰かが酒でもかけたのですか?」
 「あ、いや・・・そーじゃなくて・・・いきなり消えたんスよ・・・シュッて・・・」
 キツネにバカされたようなマヌケな顔で驚いているアブドラ。
 他の手下も驚いた顔をしている。
 「なにバカ面して呆けてるんですか君達は。早く火を点けなさい、ホラ早く・・・」
 その時である。
 
 ――ギイイイ〜
 
 耳障りな音と共に、部屋の扉が開かれた。そして・・・外にいた手下が、ヨロヨロと入
ってきた。
 その姿を見て、部屋にいた一同はギョッとした。
 なんと・・・体が半分凍った状態になっているではないかっ!!
 凍っているだけではない・・・鋭い刃物で切り裂かれた様に、全身がズタズタになって
いるのだ・・・
 「・・・ざ、ざむいいい・・・だ、だ、だ、だんじゃぐざま・・・だずげで・・・じ、
じらゆぎびめが・・・がああ・・・」
 よろめいた手下が、乾いた音を立てて床に崩れ落ちる。
 そう・・・粉々になって崩れ落ちたのだっ。
 「ひいっ!?こ、これはっ!?」
 真っ青になって飛び退く青ひげ。
 後ろにいるアブドラも、黒い顔が鉛色になって驚愕している。
 「ぶひひ・・・な、なんの冗談だよ、こりゃあ・・・」
 命知らずの狂暴な黒ブタですら恐れさすこの事態・・・
 他の手下も酔いがすっかり醒めて怯えている。
 「あ、あわわ・・・ぼ、ボス〜、なんなんですか、一体何が・・・」
 「ば、ば、ばかやろっ!!ビビってンじゃねえ〜っ。俺たちゃ無敵の黒ブタ傭兵団・・・
だ・・・ろ・・・」
 アブドラの声が詰まる。
 どう言う訳か、部屋に深々と雪が降ってきたのだ・・・
 「へっ?なんで部屋に雪が?」
 窓を開けた訳ではない。そう、天井から雪が降っている。雪は徐々に多くなり、やがて
手下達の足首まで積もった。
 突然の(異変)に、青ひげもアブドラも、そして手下も・・・ただ唖然としていた・・・
その時・・・
 天井に黒い光が出現し、そしてその中から・・・驚くべき人物が出現した。
 青ひげの目が、大きく開かれる。
 「そ・・・そんなバカな・・・死んだはずなのに・・・」
 現れたのは、なんと・・・バーゼンブルグの姫君シャーロッテ姫だった・・・
 散々に嬲り、ドワーフ達ともども虐殺した筈の白雪姫が・・・青ひげ達の前に出現した
のだっ!!
 「あ、あわわ・・・ゆ、ゆ、幽霊だ・・・白雪姫の幽霊だあああ〜っ!!」
 手下の1人が絶叫し、逃げようとした・・・が。
 「は、早くにげ・・・あれ?逃げないと・・・あれ?」
 足が動かない。先ほど降り積もった雪が、セメントのように固まってしまったのだ。
 動けない一同の前に、白雪姫は降り立つ。全ての怨みを晴らすべく、白雪姫は地獄から
舞い戻ってきたのだっ!! その瞳は・・・冷たく、そして・・・悲しく沈んでいた。
 身も心も・・・あらゆる怒りも欲望も・・・すべて凍てつかせ、粉々の氷に変える、悲
しき氷の瞳・・・
 その瞳から、つう・・・と涙がこぼれる。
 「・・・どうしテ・・・あなた達ハ・・・あんな悪いことヲしたノですカ・・・なゼ・・
・悲しい事ヲ・・・したのですカ・・・」
 それは・・・深い悲しみを込めての言葉だ・・・
 怒りも憎しみも怨みも、他の感情など一切ない、純粋な悲しみだけを湛え、白雪姫は青
ひげ達を見つめた。
 「・・・あなタたちハ・・・償いヲせねばなりませン・・・あなた達ガ犯しタ・・・全
てノ罪を・・・背負っテ・・・地獄に行かねバ・・・なりませン・・・」
 そして黒い光から、7つの小さな影が飛び出す。
 それは、ダブダブの服に赤い三角帽子を被った7人の子供・・・否、子供を模した(ド
ワーフ)人形であった。
 無機質な表情の(ドワーフ)人形・・・それこそは、虐殺されたドワーフ隊の生まれ変
った姿なのだ。
 「・・・オマエタチ、ヒメサマイジメタ。」
 「・・・ボクタチヲ、イジメタ。」
 「・・・マチノミンナ、イジメテコロシタ。」
 「・・・ワルイヤツダ、ワルイヤツダ。」
 「・・・コンドハ、ボクタチガ、オマエタチヲイジメテヤル。」
 「・・・キリキザンデ、ヤルゾ。」
 「・・・カクゴシロ、カクゴシロ。」
 7人は、次々呪詛の言葉を呟き、そして・・・両腕から鋭い刃物を繰り出し、そして・・
・狂暴な牙を剥いたっ!!
 青ひげ一味は、完全に恐怖の虜となった。絶対的な(死)の恐怖の虜に・・・
 「うわあああーっ!!たすけてくれーっ!!」
 絶叫する手下達・・・しかし逃げる術はない。
 そして襲いかかるドワーフ達。血飛沫が飛び、悲鳴が上がる。
 キリング・マシーンとなったドワーフ達に、情けや慈悲など一切無い。自分達が青ひげ
にされたのと同じ事を、(機械的に)行ない、虐められた姫様と、虐殺された街の人々の
怨みを晴らすのみ。
 恐怖の虜になった青ひげは、錯乱して足を拘束する雪と格闘していた。
 「ひいいっ、こんな雪なんか・・・このこのこの〜っ!!」
 ブーツを履いていたのが幸いし、なんとか戒めから逃れる青ひげ。
 その傍らに、両足を切断されたアブドラが縋りついて来た。
 「ぶひいいい〜、助けてください男爵さま〜っ。」
 「じ、じ、邪魔ですよ君いいっ!!さっさと殺されてしまいなさーいっ!!」
 無情にもアブドラを蹴り飛ばし、血相を変えて逃げようとするが・・・白雪姫によって、
逃亡を阻止される。
 「・・・どこニ行くノですカ?・・・自分ノ罪から・・・逃げることハ・・・できませ
んヨ・・・」
 「のわあああっ!!ゆるして・・・ああっ?」
 不意に、青ひげの身体が浮き上がった。ドワーフ隊一の怪力であるヨハンが、青ひげを
持ち上げたのだ。
 「デェヤアアア〜ッ!!」
 ヨハンに投げ飛ばされた青ひげは、壁に叩きつけられ、そのまま壁に貼りつけられた。
 手足を広げた状態で、青ひげは身動きできなくなる。
 「あわわ・・・うごけない・・・ひいっ!?」
 その眼前に、悲しみを湛えた白雪姫が歩み寄る。全身を手下達の返り血で真っ赤に染め、
(血塗れの白雪姫)は青ひげを見据えた。
 「・・・目を背けルことハ・・・許しませン・・・見るのでス・・・これガ・・・あな
たノ・・・犯しタ・・・罪なのでス・・・」
 瞬きすらせず、じっと悲しい目で青ひげを見つめる白雪姫・・・
 その白雪姫の周囲に、白い霧が立ち上り、その霧を見た青ひげが驚愕する。
 「ひいいええ〜っ!!ままま・・・まさかあれは・・・ひいいっ!!」
 霧に、殺されたバーゼンブルグの民達の顔が浮かんでいるのだっ。
 
 ――ユルサンゾオォォ・・・アオヒゲェェェ・・・ジゴクニオクッテヤル・・・ワレラ
ノウラミ・・・ハラシテヤルウゥゥッ!!
 
 恐ろしい呪いの声をあげ、怨念の霧は空中に霧散した。
 霧散した霧が、細かく鋭い氷の結晶と化して手下に襲いかかり、手下の全身を細切れに
した。
 怨念のキリング・ゾーンとなった部屋に、手下達の絶叫と血飛沫が飛び散る・・・




次のページへ
BACK
前のページへ