魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第10話  壊れたドワーフ達の心
ムーンライズ

 リーリアの後に続くシャーロッテ姫は、自分のいる建物が、大きな城の中だった事を知
った。
 その城は、派手さは無いが、シャーロッテ姫の知っているどんな城よりも壮麗で美しか
った。
 
 ――これが魔戦姫の城・・・
 
 そして、この城が男子禁制なのであろうか、男が1人もいなかった。全てメイドや侍女、
そして魔戦姫なのだ。
 いずれも多国籍で、多種多様な民族の侍女や魔戦姫が、巨大な城に住んでいる。
 悪党に陵辱され全てを奪われた魔戦姫が、魔戦姫の長リーリアに導かれ、悪魔と契約を
結び最強の魔力を得た。
 
 ――それが魔戦姫・・・
 
 城の魔戦姫は皆、女神の如く美しい。汚れなど一切無いほどに輝いている。
 しかし・・・皆、壮絶な過去を秘めた姫君ばかりなのだ。ある者は敵国に侵略を受け、
またある者は家臣に裏切られ、悪党に囚われて嬲られ・・・
 
 ――この方達は私と同じように汚された過去をもっている・・・
 
 壮絶な陵辱を受けたり、愛する人々を全て奪われたりしたこの魔戦姫達と自分自身に、
何か運命的な繋がりがあると感じていた。
 そしてそれは、直に現実となってシャーロッテ姫にもたらされる事となる・・・
 
 無言で歩くリーリアは、城の最も奥まった場所へとシャーロッテ姫を導いた。
 エーデル姫に肩を借り、その部屋に入ったシャーロッテ姫・・・
 そこには円筒状の水槽が7つ置かれ、コポコポと気泡のあがる羊水の中にドワーフ達が
1人ずつ入っている。
 それを見たシャーロッテ姫は、声を上げて水槽に走り寄った。
 「ヨハンッ、クラウスッ!!みんな・・・」
 名を呼ぶが返答は無い。でも、皆の身体は確実に蘇生していた。欠損していた指や、切
り裂かれた腹部も全て元に戻っている。
 蘇らんとするドワーフ達に、シャーロッテ姫は感涙を流して縋る。
 「よかった・・・みんな生き返るのね・・・よかった・・・」
 喜ぶシャーロッテ姫だったが、それを見ているリーリアの表情は暗かった。
 何か・・・問題があるのだ。
 シャーロッテ姫とドワーフ達の姿を見たエーデル姫は尋ねる。
 「リーリア様・・・あの子達は・・・悪党に暴行されて殺害されたのですね・・・」
 彼女の全身がワナワナと震えている。激しい怒りが身体を駆け巡っているのだ。
 その怒りを、リーリアの声が静かに制する。
 「気を静めなさい、ここで怒りを爆発させてどうするのです?」
 「はっ・・・す、すみませんっ。つい取り乱してしまいました・・・」
 怒りをリーリアに冷やされ、取り乱した様子でうろたえるエーデル姫。
 そして、リーリアは深刻な口調でドワーフ達の問題を口にする。
 「ドワーフ達の肉体を蘇生させるのは可能です。しかし問題は、あの子達の魂です・・・
幼い者が激しい陵辱と暴行に晒された場合、魂がどうなるかは、あなたが一番よく知って
いるでしょう。最愛の幼い弟を虐殺されたあなたなら・・・」
 リーリアの言葉が魔戦姫の心に染みる。
 エーデル姫にも、シャーロッテ姫同様の凄惨な過去があったのだ。その記憶が、魔戦姫
の心に暗い影を落としている。
 真紅の瞳から大粒の涙を流し、シャーロッテ姫の背中を抱きしめる。
 「・・・シャーロッテ姫・・・あなたに辛い事を言わねばならないの・・・この子達の
魂は・・・もう・・・」
 魔戦姫の言葉に、シャーロッテ姫は絶句する。
 陵辱された幼子の魂は元に戻らない・・・それは、ドワーフ達が生ける屍となる事に相
違ない。明るい笑顔が、永遠に失われた事でもあった・・・
 「そ、そんな・・・ドワーフ達はもう・・・そんな、ああ・・・」
 深い悲しみに打ちのめされるシャーロッテ姫。
 しかし、それに追い討ちをかける事実が迫る。
 悲しみの静寂を破り、2人の侍女が部屋に駆け込んで来た。
 バーゼンブルグに残った青ひげの手下を殲滅に向っていた東洋人の魔戦姫の侍女だ。
 全く同じ顔と容姿を持つ双子の東洋人姉妹の侍女達は、深刻な表情で報告を告げた。
 「リーリア様、御報告致します。バーゼンブルグに残っていた青ひげ一味は、姫様方が
全て殲滅致しましたが・・・一味に殺害された民達の蘇生が極めて困難な状況にあります・
・・」
 切羽詰った言葉に、リーリアの表情が曇る。
 「なんですって!?蘇生が困難と言う事は・・・まさか、魂が崩壊してしまったのでは・
・・」
 悪い予感は的中していた。
 「はい・・・バーゼンブルグの民は皆、極めて温厚な人物ばかりでした。ゆえに、壮絶
な虐殺の恐怖と怒りによって魂が崩壊寸前に陥っております。このまま蘇生術を使えば・・
・民は統べからずゾンビとなってしまうでしょう。」
 その場に衝撃が走る。そして・・・それが最も深刻にもたらされているのは・・・他な
らぬシャーロッテ姫だった。
 「民達が・・・みんなが・・・ドワーフ達と同じように・・・なっているのですか・・・
元に戻らなくなっているのですか・・・?」
 再び、シャーロッテ姫は絶望に晒される。そんな彼女を、リーリアは力強く励ました。
 「完全に希望が閉ざされた訳ではありません。民達の怨念が晴れ、全てが忘却されれば
民達の魂は救われます。確率は低く、時間もかかりますが、それが一番の道なのですよ。」
 そのリーリアの言葉を、シャーロッテ姫が制する。
 「待ってくださいっ、怨みが晴れれば民達は助かるのですねっ!?誰かが青ひげを倒し、
みんなの怨みを忘れさせる事ができれば・・・みんなは助かるのですねっ!?」
 大人しいシャーロッテ姫らしからぬ大声で叫んでいるため、エーデル姫も双子の侍女も、
驚きを隠せない。
 そして・・・リーリアはシャーロッテ姫の壮絶な決意を察した。
 「シャーロッテ姫・・・あなたは・・・民の怨みの全てを1人で背負うつもりではない
でしょうね・・・?」
 シャーロッテ姫は、リーリアの言った言葉そのままを実行するつもりだった。それが決
意と共に叫ばれた。
 「そのつもりですっ。あなた方は、悪魔と契約を結んで敵を滅ぼす力を手に入れたと仰
ってましたよね?私も悪魔と契約を結びますっ、どうかお願いします・・・私に青ひげ一
味を倒す力を授けてくださいっ、私を魔戦姫にしてくださいっ!!」
 泣き縋るシャーロッテ姫に、エーデル姫と双子の侍女が圧倒される。
 だが、リーリアはシャーロッテ姫の懇願を冷たく突き放した。
 「シャーロッテ姫・・・残念ですが、あなたを魔戦姫に迎えることはできません。あな
たは自分の言っている事を理解しているのですか?怨みや憎悪を背負う事は、口で言うほ
ど容易い事では決してありません。1人の怨みですら、凄まじいパワーとなって自身に跳
ね返ります。ましてや民の数は多大です、発狂どころでは済まないのですよ。」
 切々と悟すリーリアだったが、シャーロッテ姫は引かなかった。
 「構いませんっ!!私の魂が闇に堕ちてもいい・・・永遠に地獄をさ迷ってもいいっ、
それで民達の魂を救えるなら本望ですっ!!私を愛してくれた民を救う事・・・それが姫
君である私の使命なんですっ!!」
 その壮絶な決意・・・海よりも深く民に愛され、純粋に民を愛したシャーロッテ姫の決
意を覆す事は、もはや不可能だった・・・
 そんなシャーロッテ姫の叫びに、ドワーフ達が覚醒する。
 
 ――ヒメサマ・・・ヒメサマ・・・ボクタチモ、タタカウヨ・・・
 
 ――ヒメサマヲイジメタヤツ、ゼッタイニユルセナイ・・・
 
 ――コンドハ、ボクタチガ、アオヒゲヲイジメテヤルンダ・・・ミンナノウラミヲハラ
シテヤル・・・
 
 ――ヨワイカラダナンカイラナイッ、マジョノオヒメサマ・・・ボクタチヲ・・・ツヨ
クシテ・・・アオヒゲヨリモ・・・ズット、ズットッ!!
 
 一同の脳裏に、切なるドワーフ達の叫びが響く・・・暴行され、陵辱された怒りは、狂
おしいほどに高まっているのだ。
 純粋なゆえに激しく、そして幼いゆえに狂おしく・・・
 僅かの沈黙の後、リーリアは口を開く。
 「急ぎ魔界八部衆ハルメイル様に連絡をなさい。」
 突然の言葉に、エーデル姫も、双子の侍女も呆気に取られた。
 「まさか・・・本当にシャーロッテ姫に魔力を与えるおつもりでは・・・」
 「事態は急を要します、早急になさいっ!!」
 「は、はいっ。わかりましたわっ。」
 リーリアの命が飛び、エーデル姫も侍女もすぐさま指示に従った。
 そして、シャーロッテ姫を見つめながらリーリアは呟いた。
 「シャーロッテ姫・・・あなたの願い、必ず適えて見せましょう・・・必ずや、あなた
も、民もドワーフ達も、救ってあげますわ・・・」
 リーリアは、シャーロッテ姫の心に、(何か)を見出したのだ。たとえ艱難辛苦に晒さ
れようと、心を失わない(何か)を・・・
 シャーロッテ姫とドワーフ達の心を受け入れ、魔戦姫の長は行動を起こした。
 皆の走って行った方向とは逆方向に歩き出すリーリア。彼女はもう1人、シャーロッテ
姫を救える(人物)の元へと向ったのだ。そしてその人物とは・・・
 それは極めて危険で確立の低い(賭け)ではあったが、リーリアはそれに挑もうとして
いるのだ。一つ間違えば、全てが破滅に繋がる危険な賭けに・・・



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