魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)後編


  第9話  シャーロッテ姫、魔界へ
ムーンライズ

 バーゼンブルグを突如襲った悪夢・・・
 残虐な青ひげ男爵と、配下のブラック・オークことアブドラ一味の襲撃により、バーゼ
ンブルグは壊滅した。
 そして・・・囚われとなった(バーゼンブルグの白雪姫)ことシャーロッテ姫は、卑劣
な策略によって陵辱され、奈落に堕とされた・・・
 愛するドワーフ隊達の命をも奪われたシャーロッテ姫の悲しい叫びは魔界に届き、美し
き闇の姫君がそれを聞き届けた。
 闇の姫君、その正体は・・・



  暗闇の中、シャーロッテ姫はドワーフ達や祖父、そしてバーゼンブルグの人々の名を叫
んでいた。
 決して返る事の無い返答を求め、ただ名前を呼びつづけていた・・・
 「おじいさま・・・みんな・・・どこにいますの?どこに・・・」
 シャーロッテ姫は寝台の上に寝かされていた。
 その場所は診察室と思しき部屋で、医療器具が所狭しと並んでいる。部屋にある窓から
は、仄かに赤い光が射し込んでおり、それがベッドの上のシャーロッテ姫を映し出してい
た。
 シーツ1枚かけられただけのシャーロッテ姫を、紅い髪と瞳の姫君が献身的に治療を行
なっている。
 意識が朦朧とし、しきりにうわ言を呟くシャーロッテ姫を、姫君は心配そうに見つめな
がら治療を施す。かなり医療技術に長けた人物らしく、その手際は見事なものだ。
 やがて、大きく息をついた紅い瞳の姫君は、医療道具を置いてシャーロッテ姫の頬に手
を当てる。
 「・・・酷い目にあったのですね。」
 紅き瞳に深い慈悲を宿す姫君は、シャーロッテ姫の境遇を想い、辛そうに呟く。
 その呟きには、姫君自身に秘められた悲しき過去が宿っていた・・・
 
 シャーロッテ姫と紅い瞳の姫君がいる場所は、深い(闇)が支配する場所であった。
 明らかに(生身の人間がいられる場所)ではないのがわかる。そう、(異世界)なのだ。
 その中にあって、シャーロッテ姫は今だ悪夢の中をさ迷っている。悲痛な悪夢は、やが
て恐怖の悪夢へと変わって行く・・・
 「はあはあ・・・やめて・・・こないで・・・いや・・・」
 夢の中で、獰猛なブラック・オークのアブドラが迫って来るのだ。終わらぬ陵辱、果て
ぬ欲望の嵐・・・
 「いやあああーっ!!」
 それが絶頂を向えた時、ようやくシャーロッテ姫は目覚めた。
 「はあっ、は・・・あ・・・ここは・・・?」
 悲鳴を上げて飛び起きたシャーロッテ姫は、自分が今、どう言う状況に置かれているの
か判断に労した。
 心身ともに激しく堕とされた状況で・・・自分は、ドワーフ達と共に森に捨てられた。
そして、そして・・・
 闇から現れた(姫君)の手で助けられた・・・
 
 ――あの姫君は一体?
 
 どうも記憶がはっきりしない。僅かに、狂暴な巨人のアンドレが、姫君の手で処刑され
たのを覚えている。
 思案に苦しみながら、ふと、傍に紅い瞳の姫君が心配そうに立っているのに気がついた。
 「・・・あなたは何方ですの?ここは何処ですの?」
 困惑するシャーロッテ姫を、姫君は目を潤ませて見つめる。
 「気がつかれましたのね。どこも痛いところはありませんか?苦しいこととかはないで
すか?」
 手を握って聞いてくる姫君に、シャーロッテ姫は戸惑った。
 「あ、あの、ですから・・・ここはどこですの?」
 「あ〜っ、ご、ごめんなさい。ここは、その・・・たぶん信じてはもらえないかと思い
ますが・・・ここは魔界ですのよ。」
 「ま・・・かい?」
 シャーロッテ姫が次の言葉を発するまでに、少し時間がかかった。
 
 ――まかいって・・・悪魔の世界の魔界?
 
 
 「では、あなたは魔女ですの?」
 シャーロッテ姫の心を察したか、紅い瞳の姫君は口を開いた
 「ええ、人は私や仲間を(魔女)または(悪魔)と呼びます。えーっと、正確には(元)
人間の姫君と言った方が良いかもしれませんけど・・・あ、申し送れました。私は魔戦姫
の1人で、名前はエーデル・フォン・ワイゼッカーと言います、ヨロシク。」
 にこやかに笑顔を浮べる(紅い瞳の姫君)こと、エーデル姫。
 (魔女)(悪魔)との言葉に、シャーロッテ姫は自分を助けてくれた姫君の事を思い出
す。
 そう・・・彼女達は間違い無く、人間でない・・・そして眼前で佇む紅き瞳の姫君、エ
ーデル姫も・・・
 
 ――私を助けてくれたのは悪魔・・・たす・・・たすけ・・・て・・・
 
 ボンヤリとしていたシャーロッテ姫は、突如目を開いてエーデル姫に言い寄った。
 「ど、ドワーフ達はどこですかっ!?私と一緒でしたのっ。御存知ありませんかっ!?」
 酷く興奮した様子のシャーロッテ姫に、エーデル姫は驚く。今の彼女に、魔界がどうの、
魔女がどうのなど全く関係ない事だった。
 「お、落ちついてください。ドワーフって誰ですの?私はあなた以外の人を見かけませ
んでしたが。」
 「そ、そんな・・・みんな何処に・・・」
 うなだれるシャーロッテ姫に、部屋に現れた人物が声をかける。
 「シャーロッテ姫、ドワーフ達はここにおりませんわ。あの子達のダメージは深刻でし
たので、別の部屋で治療を施しておりますの。」
 その声に振り向くと、入り口から黒衣の淑女が歩み寄って来た。シャーロッテ姫を闇に
迎えた淑女だ。
 その姿を前にして、エーデル姫が慌てて一礼した。
 「り、リーリア様、シャーロッテ姫の治療は済みました。問題はありませんわ。」
 「そうですか、ご苦労でしたわ。」
 エーデル姫と話している淑女に、シャーロッテ姫はドワーフ達の安否を問うた。
 別の治療を施している・・・と言う事は、ドワーフ達が生きているに違いなかった。
 「別の治療ですって!?あのっ・・・ドワーフ達は、あの子達は、い、生きているので
すねっ?」
 「ええ、魔界での蘇生術をもってして復活させる手筈になっておりますのよ。」
 「魔界・・・」
 再び耳にする(魔界)の言葉・・・
 戸惑うシャーロッテ姫に、黒衣の淑女は全てを話した。
 ここは人外の地、そして(魔)の世界・・・人間が、悪魔の住まう恐怖の世界と呼ぶ場
所。
 そして・・・自分達は魔力をもってして戦う闇の姫君(魔戦姫)であること・・・
 青ひげの手下を倒した2人の姫君、そしてシャーロッテ姫を治療したエーデル姫も、魔
戦姫なのだ。
 ようやく落ちついた様子のシャーロッテ姫は、自分を助けてくれた事への感謝をようや
く述べた。
 「そうでしたの・・・私の叫びを聞かれて・・・ありがとうございます。」
 深く頭を下げるシャーロッテ姫。普通なら(魔界)(悪魔)などと聞けば恐怖で震えあ
がるものだが、今の彼女は恐れる事無く全てを受け入れていた。
 なにしろ・・・青ひげやアブドラ以上に凶悪な存在など、シャーロッテ姫には考えられ
なかったから・・・
 聖母の如き優しき笑顔で、黒衣の淑女は返答した。
 「礼には及びません。それよりも、ドワーフ達の様子が心配なのでしょう?あの子達の
元へ案内してあげますわ、ついていらっしゃい。」
 「は、はいっ。」
 魔戦姫の長、リーリアに促されてシャーロッテ姫はベッドから起き上がる。一糸纏わぬ
姿だったので、ガウンを着せてもらった。
 アブドラ達に受けたケガも全て癒え、あの悪夢がウソであったかのようだ。
 エーデル姫に支えられ、シャーロッテ姫はリーリアについていった。




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