お姫様舞踏会2(第8話)
お姫様舞踏会2

 〜新世界から来た東洋の姫君〜
作:kinsisyou
   
 時間を遡って、海上を大きな帆船が帆を全開にして進んでいた。
 その帆船は実に5本のマストを備え、しかも船体は鋼鉄製。大昔に見られたような派手な装飾ではないが、それでも随所に施された煌びやかな装飾はこの船が単なる商船などではないことを物語っている。寧ろただでさえその大きさで存在感を誇示しているのが煌びやかな装飾によって更に強調されていた。
 その帆船は、ミッドランドと並ぶ大国であるグランディア王室の所有する大型帆船であった。
 全長170m、幅18m、5800総トンを誇り、これは帆船としては新旧で世界最大を誇った。船体はハイテンション鋼製で全電気溶接構造。リベット打ちがまだ主流だった時代にあって画期的であった。しかし、旧世界にこれほどの船体を造る技術はないはず。
 そう、グランディアが友好国である日本皇国に発注した船なのだ。日本皇国では既に浅間丸を始めとした動力船が主流であり、帆船は練習線など特殊用途を除いて商業航海の舞台からは引退していた。グランディアも当初は動力船を発注する予定だった。しかし、旧世界の技術水準では持て余す可能性があり、加えて旧世界の世界観にそぐわないという特殊な事情から帆船に決まったという経緯があった。既にゲートを通じて日本の動力船が新旧世界を行き来し、そのための港湾設備なども整っているにも関わらずだ。
 船体は呉海軍工廠で造られ進水式から船として完成後、曳航されて装飾などの艤装はグランディアで行われた。
 女神の船首像をはじめ、船体を縁取るように施された装飾は派手すぎず、それでいて美しく、特に船尾部分の装飾は一際目を惹くものだった。この船尾部分がオラン及びグランディアの御一行が乗り込む特別船室にあたる。
 大型商用帆船の常として、海賊対策のため一列のみだが側面に大砲が並んでいる。また、一部は最上甲板に露出搭載され、側面の他には船首と船尾にも二門ずつ装備されている。実は元込め式で、しかも薬莢を固めた最新式の大砲であり、薬莢の量を加減することで威力を調節できるのと、装填が簡単且つこれまでより素早く行えるのが特徴だ。
 船体には新世界では当たり前のビルジキールが採用されており、このため復元性能が高く、旧世界の帆船と比べると乗り心地も隔世の感ありといったところか。
 多分旧世界の感覚で一番の驚きは恐らくこの船が鉄にも関わらず浮かんでいるという事実であろう。まあ、新世界でもつい最近までそうだったのだが。因みに鉄で船を作るにあたって一番心配されたことは沈むのではないかということよりも航海の命綱である羅針盤が狂うのではないかということだった。これは後に磁性を防ぐ金属ボールを羅針盤の近くに配置することによって解決された。それよりも何故新世界ではやがて鉄によって作るのが主流になったかといえば、木製では強度の関係上、2000トン前後が限界であること、そして貿易量の増加、より遠隔地への航海の増加などが重なり更に大きな船を必要としたからである。そうなると木よりもはるかに強度の高い金属を使う以外に選択肢はない。このため技術者たちが鉄でも船が浮かぶかどうか、というより鉄でも浮かぶ船の開発に真剣に取り組まざるをえなかったのである。沈むのではという技術者たちの心配は後に杞憂におわり、鉄でも浮かぶメカニズムが突き止められる(要は船の重量よりも退ける水の重量=排水量が上回ればそれが浮力ということで浮かぶことができる)と、より大型の船の開発が加速され、また、ちょうどこの時期に鉄よりも更に強度の高い鋼の開発、そして蒸気機関の性能や信頼性が実用に十分耐えうる水準に達したことも追い風となり、世界で初めての鋼鉄船であるグレートブリテン(約3000トンで、就航当時世界最大であった)が就航してから僅か70年後には4万トンに迫る豪華客船が就航していたのだから、鉄の船体と蒸気機関の組み合わせが船の歴史にもたらした革命の大きさのほどが知れよう。
 
 そんな新世界の技術で造られた鋼鉄船にて寛いでいるのはオーロラ姫、ファミーユ姫、トパーズの御一行であった。
 船尾区画にある特別船室ではオーロラ姫が図書室で読書に耽り、トパーズは甲板に出て涼風に当たり、そしてファミーユ姫は船尾の窓から過ぎ去る景色を眺めていた。しかし、見えるのは一面青い海。ファミーユ姫は退屈であった。
「う〜ん、見渡す限り広がるのは青い景色ばかり、とても退屈ですわ」
 この船はその巨大さを活かし、内部には貴賓室、図書室、ダイニングルーム、娯楽室、バーなどが設けられており、これまでの帆船と違い退屈とは無縁のはずであった。船室も豪華に仕立てられており、特別船室のほかゲスト用の船室もあり、合わせて120名の乗船が可能になっていた。
 しかし……たった一つ問題があった。それは、客人が3人のほかには侍女が数人しかいないことである。これではいくら設備が充実していても誰も相手にしてくれない以上、ファミーユ姫は退屈しても仕方がない。
「はあ……船旅は景色が変わらないし、かといって、娯楽室に足を運んでも誰も相手にしてくれませんし」
 ファミーユ姫は仕方ないので船尾の展望ラウンジを後にし、図書室に向かった。しかし、オーロラ姫はやはり本の虫と化していた。
「まあ、ファミーユ姫。見てくださいな、この本とても面白いですわ」
 と、オーロラ姫が嬉々としてファミーユ姫に薦めるのは飛鳥姫がギネビア姫に献上した『NIPPON』であった。巨大な船が表紙を飾っている。それは日本皇国が誇る新世界の巨大豪華客船、浅間丸だ。
 旧世界の帆船とはまったく違う新世界を彩る巨大な船。更にその船の内部に目を瞠った。その豪華な内装にファミーユ姫も目が釘付けになる。
「まあ、世界にはこんなスゴイ船がいるのですか。私も乗ってみたいですわ」
 その願いは程なくして叶うことになるのだが。
「こんな豪華な船で、愛しの人と旅ができたら素晴らしいでしょうねえ……」
 オーロラ姫が珍しく意見を述べる。乗ってみたいのだろう。表紙に写っている姿を見ただけでもその桁違いの大きさが伝わってくるようだ。そして宮殿のような内部。船旅が遠隔地に向かう主な交通手段であった当時、こんな豪華な船で旅が出来たらと憧れるのも無理からぬことかもしれない。
 そうこうしているうちに夕食の時間が来たことを侍女が告げに来た。

 夕食は船上ということもあり幾分制約があるものの、それでも5000トン以上もあることから調理設備も余裕があり当時の帆船で供されていたものよりはるかに豪華なものであった。
 前菜、メイン、後皿、デザート、壊血病予防のライムを含むフルーツ、コーヒーか紅茶へチーズとナッツにビスケットの組み合わせで旧世界の船上料理としては贅沢なものであり、そして宮殿で出してもそれほど見劣りしない内容であった。フルーツが豊富に出るのは航海期間が短いせいもあるが、海水で真水を冷やす原始的な冷蔵庫が設けられていて、その中にフルーツを沈めて保存できるためであった。

 食事も最後まで来たところで、ミッドランドに到着するのは何時頃になるのか、ファミーユ姫がチーズをつつきながら切り出す。
「そういえば、ミッドランドに到着するのはいつのことになるのでしょうか」
 既に出航から7日が経過していた。当時としては快適な船旅ではあったものの、さすがに退屈も我慢の限界らしい。それについてはトパーズが明瞭に答える。
「ファミーユ姫、このまま行けば明日の早朝には到着するはずです。なのであと半日ほどの辛抱ですよ。そうだ、あとで甲板にて天体観測でもしましょう。瞬く星空を眺めていれば退屈も紛らわせるはずですから」
 トパーズは夜になると天体観測でもしようという。実はここまで天候自体には恵まれ比較的穏やかな航海環境だったのだが、生憎雲が多く天体観測は無理であった。なので昨日までトパーズは姫君とトランプに興じていたのだ。トランプはルールが単純ながらも奥が深く、互いに駆け引きも絡むのでなかなか知的な遊びであり、この時代時間を忘れて熱中できる数少ない、そして最高の娯楽の一つであった。どういうわけか、船旅でのトランプは楽しい。これは現代でも変わらない。

 船は現在およそ8ノットのスピードで進んでいた。ミッドランドまで100キロを切っており、このまま順調に進めば明日の6時頃には到着できそうだった。
 現在天候は快晴。船も全てのマストに帆を目一杯張って優美な姿も誇らしげである。漆黒の空には無数の星が瞬いていた。
 このグランディアの巨大帆船は新世界の技術で造られたこともあり旧世界の船にはない数々の先端技術が使われていた。ハイテンション鋼に全電気溶接構造の船体もそうだし、ビルジキールを設け復元性能を高め、最上甲板まで水密隔壁が設けられ、7枚の隔壁によって8つの区画に分けられている。このため現代の観点から見てもかなり安全性の高い構造である。
 喫水線下には帆船として初めてのバルバス・バウが設けられ、全体にスリムなシルエットをしており、如何にも速そうに見えるが実際帆船としてはかなり速い。風がうまく吹けばこの巨大帆船が20ノット超のスピードで航行することが可能であった。
 船体のほか、バウスプリットやマストも一部を除いてハイテンション鋼で作られており、このため強風で折れる心配とは少なくとも無縁だった。マストなどは内部が中空になっていて、その中に発泡剤を充填して強度を高めている。上から1/5は木製とされた。
 帆船は普通、舵を直接動かすため操舵室が後ろにあるが、この帆船では最も視界の開けた前部にブリッジがあり、舵輪を使って操舵することができる。非常時には後ろの予備操舵室で直接操舵も可能だ。普段舵は舵輪から油圧を介して動かす。このため旧来の帆船よりはるかに操船しやすい。実際、乗組員もその扱いやすさに驚くという。乗組員は合計で80人余りが乗り組んでいる。この他にも大砲を操作する要員や衛兵も乗り組んでおり、こちらが合計で170人ほどであろうか。
 ブリッジの後ろには無線室と事務室、その後方には船長室と高級船員室があり、何かあってもすぐにブリッジに駆けつけられる仕組みである。

 快晴の中、星が瞬く漆黒の夜空に照らされながら巨大帆船は一路ミッドランドに向けて進む。ブリッジにいる船長を始めとした航海士官の制服が時代がかっている辺りが旧世界の船であることを感じさせる。因みに新世界では航海士官の制服はほぼ万国共通で夏は白の詰襟、それ以外は黒のダブルか詰襟というのが定番になっている。船長以下、ブリッジでは船や岩礁などの気配に細心の注意を払う。特に海賊船の気配には神経を尖らせていた。今のところ海賊船の気配はないようだ。
 船員はライムの他水分補給にグロッグと呼ばれるラム酒の水割りを飲む。というのも新旧世界問わず、海上では真水は貴重品。このため水よりもはるかに長持ちするラム酒を搭載し、水とほぼ半々に割って飲むのだ。大抵の場合そこへライムの搾り汁を加える。飲みやすくするのと壊血病予防の一貫である。食事が終わった後の御一行もこのグロッグを飲んでいた。水割りといはいえラム酒は強いお酒のため、酔ってはいないものの、全員頬がほんのり淡いピンクに染まっていた。
 壊血病はビタミンCの不足に由来する病気で、最悪の場合は生命にも関わる恐ろしい病気である。特に船乗りは航海中このビタミンCを摂る手段があまりないため壊血病に陥る者が多く、一体どれだけの船乗りがこの壊血病の犠牲となったか知れない。その後旧世界でもライムを始めとした柑橘類を食べることで予防できることがわかり、特に長持ちする上味も比較的酸味が穏やかなライムが好まれた。レモンは酸味が強烈なため直接食べるのは難しく、専ら搾り汁として使われた。当初はライムなどの柑橘類に壊血病を防ぐ魔法のような効力があると信じられていたのだが、後に新世界からの知識でビタミンCによる効果であることが伝わった。これを切っ掛けに旧世界でそれまではお座なりであった栄養学に関する本格的な研究と知識の導入が進んだ。その後ビタミンCを豊富に含むということで野菜の酢漬けなども船に持ち込まれるようになり、これなら長持ちするので船乗りはようやく壊血病の恐怖から解放されたのであった。
 
 しばらく歓談していた後、天体観測のため甲板に上がって涼をとるトパーズ。しかし……待てど暮らせどファミーユ姫が上がってくる気配がない。一体どうしたものか。一度船内に戻る。すると、グロッグを飲んでしばらくした後自室に戻りそのまま寝てしまったとオーロラ姫から聞かされるのであった。直後にはオーロラ姫も自室に戻ってしまった。懐中時計を見やるともう10時を過ぎようとしていた。無理もないかと思いつつ、二人の世話から解放されたからか緊張した表情を緩める。
 じゃあ、天体観測は自分だけで楽しむか、とブリッジの上に登り、予めセッティングしていた天体望遠鏡を覗く。当時天体望遠鏡は旧世界では貴重品で、非常に高価なものであった。この天体望遠鏡には優美な蒔絵が施されており、日本から贈られたものであることが一目瞭然だ。しかも日本工学と銘が打ってある。
「さて……どんな星が見えるのか楽しみだ」
 と、天体望遠鏡のレンズを覗く。そこには数々の星が瞬き、輝く。人間はかつてこの星空に星座を作り、更に想像力豊かな者がいたのであろう、星座を基にした神話が世界各地で誕生した。その神話は今でも数多くの物語に分岐して生き続けている。因みに星座は後の航海術で重要な指標となり、その後も船乗りを長きに渡って導く役割を果たした。
「うん……?」
 天体望遠鏡のレンズの向こう側の世界を堪能していたトパーズは、不意に高速で飛行している物体を発見した。決して流れ星ではない、かなりゆっくりした、それも規則的な動きだ。もしやと思って更に覗き込む。すると、ぼんやりではあるが星空に照らされ銀色に光っているのがわかる。更に、未確認だが赤い丸のようなものが見える。
「これはもしかして……日本皇国からやってきた飛行機か!?」
 トパーズにはそれ以外考えられなかった。今回の舞踏会には新世界からの代表として日本の姫君が参加すると噂で聞いてはいた。それに向かっている先は明らかにミッドランドである。とすれば先程見えた飛行物体の存在も辻褄が合う。
 案の定、その飛行機と思しき物体はあっという間にミッドランドの奥へと消えて行った。
「多分……間違いないな」
 そう独白した後も、一人天体観測を楽しむトパーズ。
 何故か気が昂ぶって寝られず、気が付けば夜が明け朝になっていた。そして早朝の5時、ミッドランドの港に到着した。船室では侍女たちの助けを借りながら二人の姫君は大急ぎで着替えに追われる。朝一番の大仕事だ。何しろドレスの下に着込む下着の量だけで大変なものである。
 程なくしてミッドランドから送迎の馬車も駆けつけてきた。

 新世界、日本皇国の姫君との邂逅は、それから間もなくのことだった……。

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