プロローグ
毎日、毎日、飽きることなく。
戦い、略奪、蹂躙の繰り返し。
欲の侭に荒野をかけめぐるその姿は、
さながら我欲の化身、
獲物を求める空腹の狼のよう。
……というのが、どうやら僕――チンギス=ハーンの印象らしい。
本当は、人を傷つける毎日なんてあんまり好きじゃない。
争いごとしているより書物を読んでいるほうがいい。
話は数ヶ月前にさかのぼる。
この長い戦いが始まる前夜、近しい部下と側近を交えて、
秘密裏に話し合いが行われた。
曰く、僕の顔立ちがおとなしすぎるとか。
曰く、性質もおとなしすぎるとか。
曰く、ぶっちゃけて頼 り な いとか。
……ってこれ話し合いじゃなくないですか!?
駄目出し大会のごとく、へこむ事をさんざん言われたあげく、
いつのまにか、僕の影武者が用意される事になっていた。
戦場ではその人が僕の振りをしてくれるんだと。
ひげ面でいかつくて野性味溢れていて強そうでいかにも、「戦場で哮る獣」のようだ。もちろん、彼は忠誠を誓ってくれている、腹心とも呼べる部下の一人。
うん、彼ならちゃんとやってくれそうだ。
……まあ、でも。
まるで他人事のようだ。
ぼんやりと、自分を置いて進行していく話し合い。
僕、この場に居る必要、あるんだろうか……。
そこで、「しかしのぅ……」と側仕えの老師が眉を寄せた。
【老師】
「ハーン様、大国を築きあげるのに大事な物は何とお思いですか」
そんなの、小さい頃から耳にタコができそうなぐらい聞いてきた。
【チンギス=ハーン】
「血族(なかま)をふやすこと……ですよね」
【老師】
「そのっ、とぉ――りっ!
閨事(オルド)だけは、子孫作りは! 影武者というわけにはいかんのです!!」
ビシッと突きつけられた指、その先は僕の……下半身。
なんだか恥ずかしくなって思わず隠してしまう。
【チンギス=ハーン】
「そ、それはわかってるけど……! でも」
【老師】
「わかってらっしゃるなら宜しい!
これから征服してゆく先々の姫とこってりねっとりじっくり交わり、精を振りまき各地に血族を増やすのです……それが、貴方様の使命だとお心得頂きたい!」
【チンギス=ハーン】
「こっ……いや、だからちょっと……!」
【老師】
「以上! よろしいですな!」
全然聞いてな――い!!
老師の「人の話きかなさ」は幼い頃からよくわかっている。
【チンギス=ハーン】
「はぁ……」
気づかれないように深い深いため息をそっと漏らした。
憂鬱だ。
そう、僕はまだ……その、女性と交わるとか、
そういうコトをしたことがないのだ。
自分で慰めるコトはそりゃあないわけではないけど……。
でも、近いうちにその日はきっと来る。
やってくるのは、快感なのか、苦痛なのか。
緊張と、少しの怖れと、ない交ぜに小さな興奮を感じた。
これまでのように想像じゃなく、じかに女性の身体に触れたとき――
自分が抑えきれなくなりそうな予感すらした。