陵辱カタルシス─王国の行方─ 第2話

隠者


【3】
 前線から毎日やってくる軍使は、エルトガとユガの交戦状態が予断を許さぬ状況で
あることを伝えていた。「○名死亡、○名負傷」「敵軍の損害は…」。軍使の言葉は
飾りがない分、リアルだ。王妃アプリクシャはその言葉を平然と受け流していたが、
傍らのユイリーンは心がえぐられる思いだった。
「戦争なんて…きらい」。そう口から出てしまいそうだ。軍使が下がると、姫の足は
自然、大聖堂へと向かってしまう。

「…どうも、姫さまは頼りないな。あれではいかん」
将軍であるヌーグは、あからさまに姫を非難した。無論、アプリクシャしかいない王
の間には反論する者もない。他国を攻める、敵兵を殺す。それは彼ら軍人にとって誉
められるべきことである。だが姫はそういった行為に顔をしかめる。それがヌーグに
は面白くない。
「放っておきなさい。別にあの娘に仕えるわけではないのだから」
そう言ってアプリクシャは玉座にあるまま、艶かしく足を広げた。その股間に、ヌー
グはゆっくりと頭を沈めていく。
「はぅっン……いいわ…ヌーグ」
アンブローズ王が王宮を離れて一週間、彼女とヌーグの淫らな行為はどんどんエスカ
レートしている。
今まではお互いに隠れてあっているという刺激があったが、その刺激が失われた現
在、二人はその淫らな振る舞い自体に、強い刺激を求めていた。その傾向は特にアプ
リクシャの方に強かった。より卑猥で、淫靡な行為を身体が欲しているのである。三
日前にはとうとう、拒みに拒み続けてきたアナルでの性交を許していたのがそれを裏
付ける。

「我々は密通を見せられたい訳ではないのだが…」

 突然の声にアプリクシャもヌーグも身体をびくつかせて驚いた。慌てて互いに離
れ、いずまいをただすが、いまさら隠しきれる状態ではなかった。
「貴様ら!いつのまに!」
半裸の、情けない姿とはいえ、ヌーグは流石に軍人である。すぐに剣をとった。みれ
ば純白の法衣に槍を掲げた五人の男がこちらをじっと凝視していた。
「侍従を通して何度も声は掛けてもらった。だが淫行にふける貴公らの耳に届かった
ようで、埒があかぬから、こうして参ったのだ」
五人の中から一人が歩み出て言う。密通だ、淫行だとはっきり言われ、アプリクシャ
の顔は瞬時に赤く染まる。
「だ、だが王の間に無断で入るとは無礼であろう!!」
五人を責めるアプリクシャの声には怒りがこもっていた。王とヌーグ以外の男に裸体
をみられたのは初めてなだけに無理もない。
「…無礼…。王の不在に将軍と通じるような礼儀を知らぬ人間から礼を説かれる筋合
はない」
「こ、こやつ…」
「我々は仕事をしにきたのだ。その仕事がないのであれば、帰らせていただく」
「あ…」
理性を取り戻したヌーグが剣を納める。アプリクシャもまた覚めたように目を丸くし
た。
「どうなのだ? アプリクシャ王妃、そしてヌーグ将軍。我々の仕事は本当にあるの
か?」
容赦のない冷たい眼光が五人から二人へ向けられる。
「えぇえぇ、ございますとも…」
ヌーグはさきほどまでとは打って変わって媚びるような仕草で五人に歩み寄る。
「とっておきの『お仕事』です。私どもでは何ともしがたい方なのです」
「ふん。それで、その者は今どこに?」
「皆様にとっては非常に不快に思われるかもしれませんが…」
「前置きはいい。どこだ?」
「聖キュリアトス大聖堂でございます」
「むぅっ!!」
五人の顔色が一瞬にして変わった。冷静沈着、どちらかといえば無表情に近かった顔
に憤怒が沸き起こる。五人は法衣を翻すと、大聖堂に向かって駆け出した。
「あ、もういかれるのですか?!」
「聖堂はキュリアトスさまのお住まいに等しい! その神聖な場所が汚されるのは我
慢ならぬ!!」
五人は自ら名乗ることもないまま、慌しく王の間から去った。


「…真正直というか…堅いというか、私はあの手の人間は苦手だわ」
アプリクシャは密通を目撃されたことなど、すっかりと忘れてしまったかのように平
生と変わらぬ口調となっている。
「好きな者などおりますまい。だから誰にも相手にされないのです」
やや呆れ顔のヌーグもまた同様だ。
「ま、これであの生意気な小娘が片付けば、文句はないわ」
「十分でしょう。彼らは純白でない限りは白と認めませぬ。彼らにとって『白っぽ
い』は黒なのです」
「………恐ろしいものね」
「はい。それが彼ら………『異端審問官』です」
ヌーグは歯を剥き出しにして、にぃと笑った。

【3】(了)




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