黄金の日輪*白銀の月2〜陰陽の寵賜〜
第4話/華燭
Female Trouble
婚姻の発表があってからわずか1週間。明日が結婚式となる、祭の中日。
国民はこぞって王女姉妹の「結婚」の意図を汲んで、お祝いムード一色だった。
結婚式場になる神殿大広間に、シーマは一人佇んでいた。すでに深夜。他には誰もいな
い。
超越者であるシーマは、己れが超越者たる存在になった遙か過去を思い出している。
人生は短く、芸術は長し。
宇宙の真理を知るために、人間の一生はあまりに短いうたかたの泡である。シーマは
「知る」ための時間を求めた。多くのクエストを乗り越え、シーマは長い旅路の果てに、
遙
か世界の果ての「秘密」を蔵した「泉」を見つけ出した。
そして、望んだ。
シーマは時間に朽ちぬ命と肉体を得た。無限の時間の中、無限の魔力を駆使して、思う
さまに好奇心を満たし続けた。
だが、万にも及ぶ年月の末にも、宇宙の秘密に至ることはできなかった。海の砂粒の順
番を決めていくかのような果てしない思索。すぐに溶けてしまう雪の降った数を数えるよ
うな探求。だがそのどちらも、シーマの心を満たすような成果を与えてくれることはなか
った。
慰みに政治に介入したり、経済を操ったりしたこともあった。それにも飽きると、闇に
身を潜め、迷宮を営み、悪魔すら手玉にとって、竜を飼ってもみた。しかしそれも、退屈
のための退屈を産むものでしかなかった。
だが…。
シーマは何か、さっぱりしたような顔になると、杖をかまえた。
「明日は、晴れるといいな…」
そう呟き、姿を消した。
シーマは、結婚式には出ないつもりだった。あの二人なら、きっとうまくやっていくだ
ろう。
たとえ、自分がいなくても…。
*
「こんなバカなことがあるかね?!!この結婚が茶番であることは明白だ!」
「わざわざ言わなくてもわかっているとも。しかしうまい手を使われたものだ。茶番だろ
うと狂言だろうと、婚姻の誓約を交わされてしまえば、我ら他国が政略結婚でこの国を手
に入れようという手段は完全に封じられてしまう」
「わかっていて、打開する方策はないのか?このまま手をこまねいて結婚式を迎えさせて
しまえば、我々は王の不興を被ることは確実。どんなお咎めを受けるかわからんのだぞ!!
」
「それはお互い様だ。しかし今さら結婚を中止させることはできんだろう。ならば、方策
を変えるべきだ」
「方策を変える?」
「うむ。むこうが茶番の結婚式を仕掛けてきたのなら、その茶番をまことにしてやろうで
はないか」
「どういうことだ?」
「今回のことは神殿も一枚噛んでいるらしいが、教義を厳密に適応すれば背教行為になる
ことは確実だ。…総本山をダシに使うか」
「法王を?しかし今からでは…」
「告発自体は後でも良いのだ。総本山に恐れながらと正式に訴えれば、この結婚に異議が
入ることは明らか。それだけは避けたいはずだ」
「何が狙いだ?結婚を阻止することではないのか?」
「言ったろう。方策を変えるのだよ。…あの王女姉妹を抹殺してやるのだ。神の摂理に背
く同性愛者で、しかも近親相姦さえも犯す忌まわしき『魔女』としてな」
「!」
「…女同士で結婚など出来るのか、と迫って、それを神と民草の前で実証せよと要求する
のだ。我が国と我が王を愚弄した報いに、あの姉妹には死ぬ以上の辱めを与えてやろうで
はないか」
*
悪意ある陰謀が秘かに進んでいることも知らぬげに、婚礼の朝がやって来た。
アーヴェンデールの人々は祭気分もそのままに、王宮前の広場に集まっていた。美しい
王女姉妹の一世一代の「舞台」を目に焼き付けようと、多くの人々がこぞってお祝いにや
って来た。
やがて、正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。それが、ウェディングベル。
鐘の余韻が街中に反響し、人々の喧噪が一瞬静まり、息を詰めた。
盛大なファンファーレの斉奏に合わせ、打ち上げ花火が連続して撃ち上がり、同時に城
門が重々しく開いた。礼装用のきらびやかな甲冑に身を固めた騎士十騎が、各々二人の従
者を従え、2列になって進み出る。
蹄の音が軽やかに響く中、城門の上から花吹雪が一斉に降り注がれ、その下を王室の真
っ白い馬車が、これも4頭の白馬に引かれて現れた。おとぎの国の使者がやって来たかの
ような光景に、人々からどよめきが沸き起こる。
そして、天蓋のない馬車に座っていた二人が、ゆっくりと立ち上がった。
豪華な純白のウェディングドレスには、太陽のごときと称えられる姫君にふさわしい純
金のレースがあしらわれていた。その光り輝く聖衣に身を包んだ王女クレアは、これも金
の糸であしらわれた薄絹のヴェールの下、その玉のかんばせをほんのり赤く染めてはにか
んでいた。
その隣には、漆黒の生地にこれまた絢爛たる純銀の装飾と、そして数多くの武勲を示す
勲章、肩章で綺羅星のごとくに彩られた軍礼装に、これは目にもまぶしい純銀のマントを
羽織った騎士姿の姉姫アンヌが、まさに太陽を輔弼する月さながらに立っていた。
舞い散る桜吹雪の中を馬車に運ばれていく美しい新郎新婦に向かって、歓声とともに多
くの溜息が漏れた。町の女たちは一人残らず、凛々しい伴侶にエスコートされる姫君に自
分を重ねていた。男たちもまた自分が女でないことを呪いすらしつつ、美しい花嫁の手を
とる女性の花婿に嫉妬した。
大路の両側から祝福の花が投じられる中、騎士団に先導された馬車が神殿に到着した。
赤いウェディングロードを晴れやかに進む姉妹は、満員の招待客が詰めかけた神殿大広間
に迎え入れられた。
衛士が両脇に並ぶ中央通路を歩むクレアとアンヌに、場内から静かな拍手が湧いた。そ
して二人は、神殿奥の祭壇に進み出た。
五柱の善神を祀る祭壇に、それぞれの神に仕える神官と、それを束ねる光の法の神の神
官長が、厳かな祭文を唱え、この結婚が正式のものであることを承認した。
神官長の合図に、法官が恭しく王冠を捧げ持って現れた。それこそはこのアーヴェンデ
ールを統べる女王が戴冠してきたものである。それを神官長は両手に捧げ、跪く王女クレ
アの頭上に置いた。正式の戴冠式は後日に行われることになっていたが、結婚を正式なも
のとするために仮の戴冠を行ったのである。
そして立ち上がったクレアが、もう一人の法官が運んできたものを手に取った。それは、
姉アンヌを我が永遠の伴侶とするために新たに設けられた「アーヴェンデール護国公」
の宝冠だった。妹に王位継承権を譲るために自ら臣籍に降りていたアンヌを、数年ぶりに
王家に迎え直す儀典である。護国卿「ロード・プロテクター」から護国公「プリンキパル・
プロテクター」へ、名称は違えど、アンヌの存在は永遠にクレアを護るためのものである
ことを、改めて表明したのだった。
二人の戴冠がなされ、神官長たちに促されて王女姉妹は立ち上がり、列席の人々の側に
顔を向けた。その姿に再び拍手が湧く。そして、近づいた二人の神官が捧げる箱に、金と
銀の指輪。姉妹をそれぞれ象徴する指輪を、二人は手にとった。
クレアが己れのシンボルである太陽を象った黄金の指輪を右手に、そして最愛の姉の手
を左手に、そして、その薬指にそっと指輪をはめた。
アンヌが同じく、自分の分身たる銀の月の指輪を、その右手にとった妹の薬指に、はめ
る。
神官長が、二人の手をとり、厳かに宣言した。
「では…五柱の善神と、四大の精霊と、三鼎の大地と、二極の陰陽と、そして唯一の真理
たる愛の名の下に、未来の女王クレア・ボーソレイユ・デル・サン・アーヴェンデール聖
王女と、竜退治の英雄アンヌ・クレセント・デル・サン・アーヴェンデール護国公との婚
姻を…」
「この婚姻に、疑義がある!」
その声に場内が凍りついた瞬間、完全武装の重装歩兵の一団に護られた各国の使者たち
が姿を現した。
「神聖な結婚式に異議申し立てとは、なにご…!」
神官長の叱責が遮られる。
「その神聖な結婚が、女同士で、しかも姉妹で行われるとは前代未聞!教典、戒律、とも
に同性愛も近親相姦も禁じている!それを神殿までもが承認するとはいかなる所存か?」
場内は水を打ったように静まりかえった。使者が告発した事など、会場内はもとより国
中の人間がわかりきっていることである。皮膜虚実の舞台の緞帳を暴くような行為に、誰
もが鼻白みつつも、同時にこうして正面切って訴えられたことに戸惑いを隠せなかった。
「我々はこの結婚を異端審問にかけるよう、法王のご裁可を仰ぐ用意がある!あの謹厳な
総本山が、この事態をどう捉えるか、想像には難くないというものだ」
「それは…!」
神官たちに動揺が走った。狡猾な使者たちがその動揺を見逃さず、畳みかけた。
「神官諸君も、そしてもちろんアーヴェンデールの王女姉妹、おっと、今はご夫婦か、し
かしそれも終わりだ。良くて破門、悪くて…火刑台が待っていることだろうな」
顔面蒼白のクレアとアンヌ。こんな時に、シーマはどこに?そう、急な用事とかで、式
の前に姿を消していた。
いったい、どうすれば?
「もし、この結婚を我らに納得させられるというなら、証を見せて頂きましょうか?」
邪悪な笑みを浮かべた使者が、とどめとばかり言い放つ。
「証とは?」
クレアが、震える声で訊いた。
「果たして女同士でも結婚が成立するものかどうか、我らの目の前で、いや、戒律に訂正
を迫るほどのことだ、この国の民の前で、神もご照覧あれ!夫婦の房中の秘事を全ての立
会人の前で公にしていただこう!」